世界お遍路 千夜一夜旅日記

2005年11月30日(水) 山古志は雪

朝7時20分駅着。
うちに帰って、洗濯やら荷物の整理やらいろいろと。
その後、12時半より、「国道291号線復旧見学会」へ。
何と山古志は雪がこんこんでありました。
寒かった。
説明の国交省のお役人曰く、「土砂崩れを雪が隠して美しくなってしまいましたが・・・まだあちこち崩れっぱなしです」
圧巻は、まったく道が落ちてしまったところの復旧をあきらめて、対岸にトンネル(仮称山古志トンネル:772m)を24時間体制で掘り進めているところだった。
それにしても、10キロ、100億円の予算だとか・・・こうきくと、月旅行の23億って安いのかも思えてくるわ。
山古志役場は、50センチ以上も陥没。
以前訪ねて様子を知っているだけに・・・・・であった。
役場向かいの、棚田というか鯉の池だけど、崩落していた。
以前バス待ち時間に登って、景色を楽しんだ所だ。
とにかく、雪があっても至る所、今だ崩れっぱなしというのは、わかった。
山古志村内は何だか一種復旧ファクトリーのような。
住民がいないのに、工事関係者の不思議な熱気があった。
山古志村はきっと、工事が完成した後には、「新山古志」となるのだろう。
以前の「山古志村」ではない・・だろう。

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26日:破磐神社さんお参り・姫路のDさんやYさんに会えた。ありがとう。
午後から徳島へ。
27日:供養碑周辺へ菜の花の種まきと草取り。たまちゃんとたまちゃんママ、ヘンロ石さんのお手伝いいただく。感謝。作業しているあいだじゅう、降ったり止んだり、雷だったり。大歓迎されてしまった。コスモスがまだ美しく咲いていた。
サザンカはつぼみをたくさんつけていたし、ウメもつぼみをふくらませていた。沈丁花は元気そうで、春先には薫るだろう。
たまちゃん桜は一気に伸びすぎてやや傾いていたが、元気ではあった。
供養碑周辺に置いた石が減っていた。いずれ、補給しないといけないようだ。「記念」に持っていく人がいるらしい。
へんろ石さんに乗せていただいて、地主さんのお宅へ。お留守だったので、ご挨拶の品とお手紙を残して高松へ。高松からバスで、松山。ヒサコさんと会う。
28日:ヒサコさんと、宮崎さん宅へ、今年の御礼ご挨拶に。で、宮崎さんは、新しい本には「供養碑」の印を入れたといって見せて下さり、いただいてしまった。感謝。
午後は、なみちゃんママとヒサコさんと3人でお食事・おふろ。2日続けて道後温泉に入ってしまった。うれしかった。
夕方は今治のカノーさん宅へ。何と、何と、ネパールにいるはずの堀尾さんが見えていて、力いっぱいビックリした。
堀尾さんと私のカノーさん宅での偶然遭遇率はものすごく高い。
どういう縁なのか、謎だ。前世兄弟だった、という説あり。
29日:午前に、杖大師へおまいり。沖田さんのお仏前に手を合わせる。その後、鎌大師にお参り。「普山、おめでとうございます」とお伝えする。
午後から大阪へ。夜行北国で帰る。
とまあ、あっという間のお四国でしたわ。
それにしても四国は晴れの国。
いいなあ。
新潟はきょうもどんより、3時半には夕方が来ていましたわ。




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