はや金曜日である。 それなりに忙しくて・・・というか、あれこれあって・・日記が書けなかった。 でも、思い出が遠くにならないうちに登拝記の記録を残さねばということで。
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木曽御嶽山登拝記
22日夕方、同行の弟が家まで迎えに来てくれた。 弟の中学時代の友人が神主さん(三ツ石神社という、中越地震で鳥居が倒れて大変だったみたいだ)が、連れていって下さる講で同行メンバーは22人だ。 8時過ぎにバスが来た。 次々に同行する人を拾って、高速道に乗った。 しかし時間はすでに9時過ぎ、夜中の道を、走って、木曽王滝村の宿に入ったのは夜中の1時過ぎであった。 バス車中ほとんど寝ていたのだが、深夜に目が覚めて外を眺めていたら、バスが徐行した。なんとブタの子どもみたいなヤツがトコトコと車の前を横切って、森には行った。はああ???なんな、あれは・・・と思わず独り言。 朝、運転手さんに尋ねるとウリボウくん、イノシシの子どもさんであった。 いやあ、マジにぶたっこでしたわ。イノブタとはよくいったもんだ、多分限りなく遺伝子は近いのだとおもう。
着いた宿の大広間に敷き詰められたお布団で、朝6時まで仮眠。 起床後、御岳神社里宮まで散歩がてらにお参りだ。 「木曽は山の中」って、藤村かだれかいっていなかったかな。 ホント、みあげるばかりの山の底に村はあるというのが、夜が明けてわかった。 深い森の切り立った崖の下に鎮まる里宮は、完全に神仏習合の古い日本の信仰の形を残していた。お不動さん、大黒様・・ 御岳神社の主祭神は、クニトコタチノミコト、オオナムチノミコト、スクナヒコナノミコト。 御岳湖に流れ込む川沿いには、宿とともに無数に磐碑が立ち水垢離場がある。 毎年来ている人たちの言葉「今年は異様に暑いどうしたんだろうか」 いつもだと、寒い位なのに、蒸し暑くてと。異常気象である。また地震かという話になった。(夕方、それがオオタリだってわかったが)
8時出発。 途中、八海山神社がある5合目で小休止するが、登り口の7合目まで直行である。 7合目から3,5キロを登って標高3067mの御岳山頂にたどり着く。 土曜なので、人出はかなりある。 5合目で休むのは神主さん(みんなは先生と呼んでいるが、わたしは中学生の彼を知っているのでどうしても名前で呼んでしまう・・・のだが)「一気に7合目まで行くと、具合が悪くなる人がいるんで、特に年配の人が・・・」ということであった。ちなみに神主さんは、神主装束にチカタビ、笠、お杖、さんや袋と独特のいで立ちだ。四国におけるお遍路装束みたいにこの御嶽山では違和感はなくて、むしろ「いとつきづきし」である。 7合目、涼しいし、やはり空気薄いぞてきな気配がある。 遙拝所で、全員がお参りして、登らないで下で待つ人と登る人に別れる。 登拝者は12人。この頃は登らない人が多かったのに、今年はすごいと、毎年行く人達が感激している。(弟も、毎年行くメンバーなんでオオといっていたが) なるほどねえ。 登り始めは木道だが、じょじょに岩がごろごろの急坂になってきつい。実にきついのだわ。1000m台の岩ごろごろ山の急坂だったら、なんてことはないのだが、歩くとわかる、空気の薄さが・・・ヒマラヤを思い出した。 特に、薄曇りの今年は、低気圧なんで、なおのこと薄い、らしい。 で、毎年登っている女性が、顔が蒼くなってグワイが悪くなった。 口だけ元気おじサンが、飲む酸素とやらを取りだしてみんなの飲料水にいれてまわって(わたしは遠慮したけど)、彼女もそれを飲んで、酸素を吸ってややげんきかいふくした。 うちの弟もそうだが、半数の人が酸素缶を持っているのにはビックリしたわ。 道はどんどんきつくなる。息はあがる。 ふふういいながら八合目を過ぎると、木がなくなって視界が開けるが、息はさらにきつくなる。 なんとわたしは、9合目手前の「一口水」なるところで、「餓鬼」(ダル)につかれて動けなくなった。 「うわ・・ダルだわ、ダルが憑いた、餓鬼が憑いたよ。お腹が空いて気持ちわるい、寒気がするし、力が出ない・・、ここでわたしだけおにぎり食べてから行ってもいいかな」 そうしたら、神主さん「いいですよ、ゆっくり来て下さい」 ということで。 遅いグループはまだ来ないし、わたしは座って宿でもらったおにぎりの1個を手にしてパクン。ほとんど、水が流れるように梅干しおにぎり、お腹に納まった。 いや・・・・・うまかった、というか生き返ったというか。 もう1個は頂上で、と思ったが、我慢できなくてまたパクン。これまた、あっという間にお腹へ。 ここに着く前、金剛童子という場所で、ちょこっとおやつを食べたのだが、それが返って胃を動かして、この事態を招いた、と思う。 というか、宿で2膳目を軽くなんていわないで、山盛りもらって食べればよかったのだわ、と反省。 元気が出たので、水を飲んで出発。 遅いグループはまだ来ない。 それにしても、すぐそこに、山頂の小屋が見えているのにいやはや着かない。しんどくて、しばらく行くと休んでの繰り返し。 「ヒマラヤ」状態であった。 それでも、一口自ら40分後なんとか宿の山小屋着。 先頭グループの5人も、部屋で食事中であった。 「オオ来たか、早かったな」 と意外な顔をされてしまったが、なに、腹ができれば元気になるわたしである。 ダルは消滅した。
さて、ふつうだったら、3000mのお山に着いてお参りした時点で終わりなのだが、ここからまだ先がある。 ごはん休止のあと、なんと、また延々2時間近くを歩いて「3の池」(3000mにある日本で一番高所にある神秘の池)まで、お水を汲みに行くのだという。 一瞬、ゲーと思ったが、知らないところはどこまでも見に行くわたしなので、行くことにした。 メンバーは、12人の半分、6人となった。 そりゃ、すごい強行軍だものねえ。 1時半過ぎに出発。 頂上社にお参りして(さらりとした気が流れる場であった)から、またまた、岩だらけの道を歩む。 シンドイ、シンドイ。 2の池のそばには万年雪、池の水の色はアイスランドを思い出した。 サイノカワラといわれる石積みがたくさんあるところは、まさに高山植物の宝庫で、シナノキンバイ、イワリンドウ、ガンコウラン・・などが見事だった。 さていよいよ3の池だ。 真下に見下ろす場所にある。 要するに、真っ逆様に3000Mまで下って、水を汲んだらまた登って戻るというわけなのだ、ヤレヤレ。 ここで、まだ2人離脱。 わたしも離脱したかったが、しかし、来年はさらに体力は落ちているだろうし、これるかどうかもわかんないので行くことにした。 でも、お水は500MLのペット2本。これが限界だ。 弟と、神主さんは、下で待つ人の分まで汲んで帰るから、二人して20リットルくらい持っていくようだだけど。すごいもんだわ。 以前3回ほど父親ときた甥が「人に汲んできてもらったお水って、ご利益あるのかのかねえ?どう思う?」と真剣な顔をして聞いてきたが、なるほどこの道を見るとわかるねえ。 上の3の池遙拝所でお参りをして、ドンドコ下る。 これまた岩だらけのすごい道だ。 お水を汲む前にまたお参り。 お水は、実にオイシイあまい水だった。 高所のお水、ご霊水。 腐らないという。 帰りは恐い、で、また登りだ。 途中、山用ストックの先っぽが取れて3mほど戻ったけど、これがたった3mだけどやだった。つらかった。
戻る途中、雛鳥を連れた雷鳥を間近に見た。 これは、がんばったご褒美かな。
5時宿。着 いやあ。ばてました、疲れまいたわ。 こんなに「参った」って感じは、久しぶりだ。
夕方うちに電話(携帯が通じるんですな、山頂は)したら関東地方の地震ニュース。 ビックリして、あちこちに問い合わせたら、川崎の親戚のパパが正確なニュースを入れてくれて「大丈夫みたい」とわかって一安心した。
夜、月と星がホントにきれいだった。 ビックリしたのは、深夜3時過ぎに、延々と7合目から灯りが続いていることだ。 御来光を拝もうと上がってくる人達の列だ。 日本て、もしかして、けっこう信仰心残っているんじゃないの?と思っていまうふしぎの景色だった。 早朝4時半、外へ。 4時50分、雲海より朝日がでてくる。 見事な、見事な。 ちなみに御来光がこんなにしっかとみえたのは7月、これが2回めとか。 運がよかった。
7時、下山。 これまた、膝も足も笑って大変だったが、8時半過ぎには7合目到着。 シンドイ思いをして登ったのに、あっという間に下りてきてやや残念。(笑) 帰りは、霧ヶ峰高原に寄り道してニッコウキスゲを見た。 やや終わりかけであったが・・・
いじょうでした。
帰ってきて、甥と「山頂についてさらに3の池まで行く根性って、フツーじゃないよな」という点で意見一致しました。 弟は、あのお山がシンドイ、お水がたくさん背負えなくなった時点で「年だなあ」と思うのであろうな・・・
//////////////// 地震雲情報 今朝も昨日も朝焼けがすごくて気持ち悪かった。 昨日は午後、北東から、南西へかけて天空を横切ってすごい地震雲だった。 今日も、同じ方向にでていた。 しばらく地震列島日本・・・かなあ・・
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