福知山線の事故の死者が増えた。 まだ、集中治療室にいる人がおられるというし、ネエ。 秒刻みの時刻表の犠牲だと、わたしははっきり思う。 しんぶんによると、昔は管理職が直接同乗して指導をしたのに、今がお客を装って電車に乗って、チェックをする、オーバーランの研修も人格を否定する類のものだったとか。Jr西日本の体質の陰険なこと。 そりゃ、亡くなった運転手の素質の問題もあったかも知れないけど、こんなことされたら、おかしくなる。 因果応報、とはよくいったもの。 経営合理化で、働く人の人格否定のようなことをしてきた経営者(役人でいうと、いわゆるキャリアだ)たちのつけが沢山の方々の命が失われるという悲しい形ででてきた。 駅で、乗務員をけったり、駅員に人殺しという人がいるらしいが、いうところが違う。いうんだったら経営者だ。 社長や、役員さんをけんなはれ・・・ しかしねえ、けっきょくみんないそいで競争して、効率と合理性を追求して、日本の社会全体がしてきたことの行き着く先の事故だったとも言えるし、ある意味天にツバしたら自分にそっくりかえってきたということかも知れない。 お遍路でも、急いで急いで回数ねらいで、まるで暴走族のように飛ばして回る人がいる。歩いている人でも、ただひたすら、歩きの日数をちぢめるべく、周囲の景色や観光地に見向きもしない人がいる。 ある意味、これも質的には同じだ。 ミヒャエルエンデのモモは、時間泥棒に盗まれた時間を取り返しに行く話だが、私たちも盗まれて久しい。 で、探しに行けといわれても、途方に暮れてしまう人が大半だろう。 もはや、この社会では、時間泥棒さんはもう姿も形も見えない。 探せといわれても、手がかりもないかも。
もう犠牲者の方が増えないように祈りたい。
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