6月1日より、中国長江にある三峡ダムが水をため始めた。 世界の潮流は、田中長野県知事ではないが、「脱ダム」だ。 さらには、三峡ダムができると、地球規模で気候が変わるだろう、全世界的な公害だ・・などといわれ続けたが、もちろん聞く耳持たぬ中国だった。 なにしろ、建国の父孫文がいいだしたことだからな・・・
1997年、香港が返還される前の4月、香港、船で広州、飛行機で重慶と移動して三峡下りをした。もちろんバックパッカーなので、外人客の利用する観光船ではなくて、人民船。 原始のままといっていいような港?(どろどろで、水の増減で位置が変わる)や、焼き畑農業らしき煙、ふるびてほこりっぽい長江沿岸の町や村・・の平和な気配。 人民船には、竹かごに詰められたブタがたくさん乗ってきてビヒン、ブヒンといっていたっけ。 町に着くと、必ず、ここまで水が来るという線があって、しかし、そんなことしらぬかのように人民のくらしはあった。 ホントに、みんな沈むのだな・・・ やがて沈むせいか、重慶からダムのある宜昌(イーチャン)は、中国政府も手抜きらしくて、近代化から取り残されていて、人々はのんびりとしていた。 広州のあまりの拝金と危険度の高さにうんざりして長江沿岸の船旅に行ったので、あちこちで「昔ながらの中国人」(私が初めて中国に行った83年に出会ったような人たち)にあって、優しくしてもらったので、嬉しかった。 あの人たち、みんなどこに行ったんだろうか。 奉節(フォンジエ)の白帝城では、あのショカツコウメイが、星を観た「観星亭」?があるのだが、そこの壁にここは「天然小島」になる、やがて索道(ロープウエイ)でつなぐか、水中道でつなぐだろう、とかって書いてあった気がする。 何が「天然」だ。人工だろうが、と思ったことだった。
それにしても、新聞でできあがった三峡ダムの写真を見ていると、何時か廃墟になる姿、決壊する姿が見えてしまう。 「長江」という大自然に中国政府はやがてすごいつけを払わされそうな気がする。 しかし、それは、一人中国だけでなくて、近隣の国(もちろん日本も・・日本の企業、工事でもうけている)にも及ぶ。 決壊したら、言い出しっぺの孫文のお墓(中山陵といって、皇帝みたいなでかい古墳?が南京郊外にある)も流れちまうだろうよなあ。南京は長江の中流域。宜昌から、1泊2日のところにある。 まあ、自業自得か。 という事で、三峡ダムを素直に喜べない私だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今日の昼、あきれた光景を見た。 うちの下の道路のカーブのところで(事故あったとこよ)で、近くの中学の若い男の先生がテニス部の女の子15人ほどを並べて説教している。 公道で、説教、にわたし、あきれた。生徒がかわいそうだ。(ガッコでやれ、やるなとは言わないから) それと、交通妨害だ。 思いきって窓から「先生、そこ事故があったとこですから止めて下さい、危ないです」 「すみません」と素直にいって中学に向かったが・・・今どきの先生(20代後半か30代始め)何考えているんだろうねえ。
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