世界お遍路 千夜一夜旅日記

2002年12月15日(日) 久しぶりに文楽へ

今朝方、上にすむフィリピン人のおネエさんが大暴れ(多分酒乱?)で、きっちりと目が覚めて眠れず。まいったね。ナオミちゃんも寝不足の眼をしていた。

でも、9時にはご飯で、教会へ。
12時半近くに帰ってきて、ホットカーペットの上でごろ寝。すうすうと寝息で熟睡していた。まったく今朝は災難でした。またあったら、やっぱり大家さんに言わずばなるまいな・・・。迷惑だもん。

3時前、半蔵門へ。
12月になるとやる「文楽鑑賞教室」の当日チケットがあったら、それをみることに。
無かったら、銀座にでて歌舞伎座の天井桟敷席へ、という予定ででた。ほっといたら、夕方まで寝ていそうだった。
幸い、チケット、補助席だがあった。
私は「あぜくら会」の会員なのだが、このところ使っていなかったので、カードが見あたらない。その旨を話して、でも、会員番号はわかる、といったのがダメ。
そうか、融通がきかないのう、国立劇場は・・もうあぜくら会、やめよう。と決めた。2000円近い会費の無駄払いはばからしいよ、こんな融通もきかないのじゃ。
と、ぶりぶりしながら、トイレに行きたいという、ナオミちゃんを連れて楽屋の方へ。そしたら、受付にいたガードマン、彼女を「男性」とまちがえて「男性用トイレは・・・」とやってくれた。
私、厳重注意。「若い女の子ですよ、日本語も分かるし、きずつきます」
「いや、外国の方はわかんないですよ、悪気があった訳じゃ・・」
ふん、あほ。
確かに、黒い服きているし、スカートじゃないし・・肌の色も違うし、大柄だが・・でも失礼だぞ。「外国の人」だからこそ、早とちりで勝手に判断してはいけないのではないか、まったく。
会場が開くまで、皇居の堀端を散歩。
「コウキョ・・?」
とナオミちゃんはナニ状態だったが。

文楽の演目は「伊達娘恋緋鹿子」その後義太夫節や人形の使い方についてのレクチャー。
最後は「仮名手本忠臣蔵」の一力茶屋の段。
最後の演目は、前後左右のストーリーがわかんないと、わかりづらいと思うが、私は久しぶりの文楽、楽しんだ。
「忠臣蔵」のおかるの身をよじるような哀しみ、ああ、女じゃのう・・と思った。
昔、私がみていた頃、わきをやっていた人たちは中心の人形を使ったり、語りをしたり・・で、変遷を感じた。
でも、伊達娘のお七の「うしろぶり」の美しさは、簑助さんの右に出る人はいないし、大星蔵之助は玉男さんあたりのがみたいよ。
文楽も世代代わりをしつつある。
ナオミちゃんの感想「世話物と時代物で声のだし方がずいぶん違う、人形がよくできていると思った」

ネットでいろいろと調べたのだが、今月は、歌舞伎座、玉三郎様。夜の部がおもしろそう。
ヒマがあったら、行きたいな。
タマ様、命だった頃がありました・・久しぶりの文楽で、昔定期を買って芝居狂いをしていた頃の血がうずいた夕方でありました。





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