| 2002年06月17日(月) |
またしても 非生産的な・・世良修蔵のこと |
今「世良修蔵」という本を読んでいる。 あのお遍路280回の中司茂兵衛さんの従兄弟。
茂兵衛堂を眺めに大島に行ったおりに、私は茂兵衛さんのお墓をさがして墓地に迷い込んだおりにひときわ立派な「招魂碑」ナルものがたっていた。 その人が世良修蔵。 きいたことがない。 この人誰?と調べたら茂兵衛さんの従兄弟で、明治維新期に名をなした地元有名人だということとが判明。
世良は天保六年、大島郡椋野村 中司八郎衛門の三男として生まれた。(茂兵衛さんちの分家さん、養子に行って世良となった) 文久三年頃から高杉晋作と交わり、奇兵隊書記となって活躍。 第二奇兵隊が結成され、世良は軍監となった。慶応二年六月、幕府の第二次長州征伐に際して奥羽鎮撫総督府の参謀となり、仙台より福島に入った。 奥羽諸藩から会津藩主松平容保の嘆願書が提出されたが、世良はこれを拒否し仙台藩士に恨まれ、明治元年閏四月二十日福島の宿舎において暗殺された。ときに三十四歳であった。 白虎隊が神話化されている会津若松地方では、世良は今も�畭膂�人�燹�でも、学者タイプの世良は「火中の栗を拾わされた」明治政府誕生のための�犲寮亅瓩鵬瓩�なかった、のだとか。 世良の本当のお墓は福島にあるらしいのだが、憎まれて削り取られたあとが生々しいのだという。
こういう人って興味がある・・と伝記、というか彼の足跡を追った本を山口県の本屋さんからネットで注文して購入。 本は、長年図書館の館長さんを勤められた方が書かれたもの、で、しっかりと書いてあるのだがもう一つ面白くない。・・・つまんない。 恐い、と思う。 本の行間がかもし出している何かに「おもしろ」がないのだ。 これって、破綻のない人生を過ごされた著者の雰囲気かも知れない。(著者は亡くなっておられる) どうも、没入できない。 そんな訳で、またしても午後、読みながら入眠。 ちょうどいい温度で、よく眠れるのだ。 とはいっても、早起きでPCの原稿は2本書いたが。 事故の原稿の手直しがあまりすすんでいないが、まあ今日は「ヨシ」とするか。
今日は美味しい野菜をたくさんいただいた。 ナスやキュウリ、トウモロコシ、ピーマン、お芋・・・みんな今が旬の上り坂。 ビタミンをたくさんとると真っ黒になった肌が速く白くなるはずだし、しっかりと心のこもったお野菜をいただこう。感謝、合掌。
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