おひさまの日記
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2010年06月05日(土) 魔法の野菜

1週間くらい前かな。
今までと違う道を選んでウォーキングした日のこと。
初めて歩いて通る道の端に、ほったて小屋の野菜直売所を見つけた。

一旦は通り過ぎたんだけど、どうしても気になって、
ムーンウォークみたいにずりずりと後戻りすると、
たくさんの野菜と、店番のおっちゃんがひとり。

あいさつをしてのぞきこむ。

トマト、レタス、キャベツ、きゅうり、エンドウ豆、
じゃがいも、たらの芽、小松菜…
不格好だけど、なんて瑞々しいんだろう。
赤が赤で、緑が緑で、土の匂いがする。

「おいしそう!」

おっちゃんはにこにこしながら言った。

「おいしいよ!
 毎朝新鮮なのを穫って並べてんだ」

値段を聞いてみると安い!
全部100円、レタスはでかいのに50円。

「こんな値段でいいの?
 安い!」

「いいんだよ。
 野菜は自分ちで穫れるし、俺とおっかあが食べるくらいの、
 肉や魚が買えればいいんだから」

うまく言えないけど、なんて言うか、その言葉は、
私の深いところに入った。

虫に食われて葉っぱにまるい穴のあいた小松菜、レタス、キャベツ、
じゃがいもの袋の中をちょろちょろするありんこ、
ああ、農薬使ってないんだな、そう思った。

「レタスなんかは雨の次の日はなめぐじが入っちゃあんだよな。
 なるべく入らないように工夫はしてんだけど、どうしてもな。
 この前は、なめくじ入ってて、
 こんなもん食えないって持ってきた人いたから金返したけど、
 農薬使ってないとどうしても虫はついちゃあんだよな。
 それがイヤな人もいるのはしょうがねぇ」

それを聞いて、ハッとした。
私もそういうクチだったからだ。

昔、サニーレタスを手で割っていたら芋虫が出てきて、
そのサニーレタスをそのまま捨てた。

虫のついた野菜はキライ、気持ち悪いから。
そういう考えだった。

ちょっと胸が痛んだ。

おっちゃんと色々話をした。
楽しかった。
おっちゃんはおしゃべりが好きみたいだ。

私は10分以上そこにいただろうか。

野菜を買って帰りたいけど、
ウォーキングの途中でおさいふを持っていなかった。
困っていると、おっちゃんが言った。

「金は後でいいよ。
 野菜持っていきなよ。
 そのうち持ってきてくれればいいから」

私が二度と来なかったらどうするんだろう。

「ダメだよ。
 いったん帰ってお金持ってくる。
 それから野菜もらうから」

「いいって、いいって、持っていきなよ。
 また来た時でいいんだよ」

おっちゃんは私を疑いもしなかった。
もし私が二度と来なかったら…なんてことは、
ちっとも頭にないみたいだ。

私は、野菜を持って帰る代わりに、
じゃがいもときゅうりとトマトとたらの芽を予約した。
野菜売り場を後にしてウォーキングを済ませると、
おさいふを持って、またおっちゃんの店に行った。

「あぁ、来てくれたんだ、ありがとねぇ」

渡された袋をのぞいてみると、たらの芽の袋がふたつ多く入っている。

「あれ?
 多いよ」

「サービス」

おっちゃんが笑った。

そして、夜。
食卓にはおっちゃんとこの野菜。

おいしい!
トマトなんて、なんじゃこりゃの甘さ。
そして、じゃがいもひっくり返りそうなほどのおいしさ。
自然の甘みいっぱいのしっかりとした、でも、やさしい味。

野菜ってこんなにおいしいんだと猛烈に感動。
私だけじゃなく、abuもアンナもばあちゃんも。
食卓は一種興奮状態だった。

その日以来、我が家はその店の大ファンになった。
野菜だけを買いに片道10分ちょっと歩く。
私のぜいたくな時間。

その店は、普段はおばちゃんが店番していることが多い。
おっちゃんのおっかあ。
おばちゃんはタイの人だけど、日本語ぺらぺら。
いつも肩にルビーという名前の白い文鳥を乗せている。

この前は、野菜を物色してる私におばちゃんがこう言った。

「あんまりいっぱい買わないで」

びっくり。

「なんで?」

「毎日食べる分だけちょっとずつ買って。
 そうするといつも新鮮でおいしい野菜を食べられるから。
 毎朝穫って用意しておくよ。
 どんどん作るから、どんどん食べて」

たまんない、たまんないよ、おばちゃん!

そして、おばちゃんは私にレタスを渡してこう言った。

「サービス」

虫食いの穴のいっぱいある、でもシャキッとした瑞々しいレタスだった。

帰ってそのレタスを水洗いしていると、なめくじが出てきた。
昔の私ならそのまま放り投げていただろう。
でも、その日は違った。
なめくじを庭に逃がすと、レタスを洗ってちぎってサラダにした。

甘いレタス、みんな何もつけないで食べるんだもの、びっくり。
ドレッシングやマヨネーズも出しておいたのに。
いらないんだって。

あの夫婦が一生懸命作った野菜。
不思議と私はなめくじが気持ち悪くなかった。
あのふたりが作った野菜をありがたくおいしく食べたい、
ただそんな気持ちでいっぱいで、虫はどうでもよくなっていた。

あの野菜直売所に通ううちに、私は魔法にかかったみたい。
おいしい野菜、そして、まっすぐで気持ちのいいおっちゃんとおばちゃん。
私に大切な何かを教えてくれた。

そこの野菜を食べると、本当の野菜の味はこれなんだ、って感じる。
大地が育んだ味なんだ、って。
作り手の顔が見える、思いが伝わる、そんな食材の力を感じた。

この世界は美しい。
地球という土壌の恵みをいっぱいに受けたものがそこらかしこにある。
それは人の心をこんなにも豊かにする。
その店の野菜もそうだ。

その店の野菜を料理している時、
それをおいしいと食べる家族を見る時、
私はうれしくて幸せで泣きそうになる。
今この瞬間、欠けているものなど何ひとつないと感じる。
最高に恵まれていると。

なんでだろね、なんでだかわからないけど。
わかってるけど、わからない。
わからないけど、わかってる。
いいんだ、理由なんて。

最近、ウチの食卓は、たくさんの野菜と、
そして、必要なタンパク質を摂るための豆腐とか、納豆とか、魚とか。
食費としての出費が減った。
でも、すごくぜいたくな食事をしている気がした。

この時代、たとえば野菜にしても、生産性や見た目の美しさを考えて、
それはそれで仕方のない作り方をしているのだと思う。
農薬を使って虫がつかない形の美しい野菜を作る。
もちろん、それもひとつ、それもあり。
そして、それになじんできた。

けれど、あの野菜直売所に出会ってから、
私の中の食に対する価値観が大きく変わった。
欲しいものも買うものも自然に変わった。

もちろん、ジャンクフードも食べるし、お菓子も食べる。
でも、本当の味、本当の贅沢を知った気がして、
それは、まるで自分がちゃんとした場所に帰ったような感覚で、
そこから離れたいとは思わなくなったと言うか。

あのほったて小屋の野菜直売所には、
たまらなくあったかいおっちゃんとおばちゃんと、
ふたりが作るおいしい野菜がある。
私はほぼ1日おきに通う。

なんとなくウォーキングの道を変えてみたくなって、
気が向く道へと進んで行ったら出会った野菜直売所。
衝動ってやっぱり自分を導いてくれる。

私はおっちゃんとおばちゃんの店で、
おいしい野菜と一緒に幸せを買っている。

その店に買いに行くためにとことこ歩くことも、
その道すがら道端の花を見たり、空を眺めたり、
いつもつながれてる犬に挨拶したり、
そこでおっちゃんやおばちゃんと話すことも、
私にとってはみんなイベントなのだ。

生きてるっていいなぁ、
なんだかそんなふうには思わずにいられなくなる。
あの店の野菜は魔法の野菜だ。
おっちゃんとおばちゃんは魔法使い。

私、おかしい。
あの野菜直売所に出会ってから、毎日ミョーに幸せなんだ、わけもなく。
すごいなぁ、すごいよ。
人をこんな風にしてしまうなんて。
しかも、きっと本人達はそんなことなーんも意図してない。
ああ、私もそんな人になりたい。

今日はおばちゃんが作ったタイカレーを売る日。
予約しておいたグリーンカレーを買って帰ってきた。
手作りの味噌も一緒に(この味噌がまた絶品!)。

帰ろうとした私とabuに、おっちゃんがレタスを差し出して言った。

「サービス」


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