| iPadに思うこと |
世間のiPadへのはしゃぎぶりにうまく乗れないのはなんでだろう。 新聞を読んだりやツイッターをしたりしながら、 騒動に乗れないどころか苛立ちを感じる自分がいることに気が付いた。
これは、iPadで何かが変わるという楽観的かつ無責任な風潮のせいだと思う。 確かに、何か変わるかもしれない。 たぶん、変わっていくだろうと思う。
でも、今はまだ何も変わっていないし、 iPadを持つだけで変わるわけではない。
朝日新聞(2010年5月29日朝刊38面)を読みながら、その思いを強くした。 営業や授業でiPadを用いても機械のインパクトにもたれかかっているだけで iPadによって何ができるか、新しくできるのかを考えていないように思えた。
アップル様はすごい!と崇めるだけでなく、 それをどう活用していくのかが大事なんじゃないだろうか。
ところで、今の私に関係するのは電子書籍の話題。 大手出版社が挙って動き出していて気持ち悪い。 過去には国産のシグマブックやリブリエがありながら結局ダメになっていて あの時どうしようもできなかったのに、今さらというのが苛立つ。 ようやく機が熟したという考えもあるだろうが、 できるはずだったことをしてこなかった出版界の動き方は面白くない。
電子書籍化する世界において図書館が何をするか。
本を所蔵し、貸出を行うという自明かつ既存のスタイルは無くなっていく可能性がある。 先のことはわからないけど、今のままのスタイルを図書館が同規模でいつまでも 続けていくことができるかは難しそうな気がするし、 現状が破綻する前に次のステップを考えておく必要がある。 これは図書館員が積極的に考えていかなければならない問題。
今だって、コンピュータの発達により既存のスタイルは脅かされている。 利用者は自宅から欲しい本を探すことができるし、 貸出だって自動貸出機でできる時代なのだ。
現在、そして、未来における図書館員の役割とは何か。
今は、(できているとは思えない節もあるが)人と情報の結節点として作用する。 これはもっとやっていきたい部分。 でも、もっと先。 日々生み出され過多とも言える情報をアーカイブする必要性は増すように思える。 その部分に図書館員の可能性があるのだろうか。 (図書から情報の専門家へ →文化のゼネラリストみたいな?)
メディアが多種変革する時代に生きて、 その変化が怖いけど、同時に面白いような気もしている。
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2010年05月29日(土)
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