電話の話

日々、冷たさが増している。
いつまでも暑いと思っていたのもつかの間
あっというまに冬が近づいてきているらしい。

電車の中の携帯電話も珍しくない。
かつてはメールでさえも憚られたものだが
そんなものはもはやどこ吹く風で
電車に乗ってみれば誰もが携帯電話を睨んでいる。
そして、通話さえもが当たり前になりつつある。
驚くべきことである。

私は古い人間なのだろうか。
他者を意識できなくなることが「新しさ」なのであれば
別に今のままの自分でいいと思う。
ただ怖いのは、気づかないうちに自分もまた
「新しい」ものになってしまうかもしれないということ。
他者のみならず自分まで見失うのは恐ろしい。

しかし、携帯電話の何が問題なのかを考えてみる。
今・ここにいる人と人が話していることは許されるのに
今・ここにいる人といない人が話すことは許されないのか。
それは電磁波だけの問題ではないように思う。

思うに、どこかの誰かと電話をすることによって、
今・ここから通話者の意識が越境していることに
いまだ違和感を覚えてしまうから問題になるのだ。

携帯電話が一般的なものとなってかなり経つ。
生まれながらにして携帯電話が身近なものだった人々には
その違和感を感じることは難しいのかもしれない。
また、人生の途中で携帯電話を手に入れた人々にとっても
とうに違和感などありはしないのかもしれない。
2008年11月06日(木)

そらいろのねこ / コギト