七転八倒 〜彩音の日常&育児日記〜
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インスタを始めるだいぶ前のこと。この日記にも書いたかもしれないけれど、よく行く雑貨屋さんで、 木村文乃さんお買い上げの文章を見つけた。
「他の店舗なんですけど、木村文乃さんが気に入ってお買い上げされたのと同じものなんですよ」と店員さん。 箸置きだった。 「インスタとか見たことあります?すごくお料理も上手になさってて」と言うので、 「そうですよね、あの方、お皿とかもすごく好きで集めていらっしゃいますよね」と答えた。
しばらくして私もインスタを始め、たまたま雑貨屋さんつながりのフードスタイリストさんが、 文乃さんのインスタをフォローしていたのがきっかけで、私もフォローするようになった。
今日の文乃さんのインスタ。ドラマ共演時の大杉漣さんとの家族写真のような写真と、想いを綴っていた。 あのドラマ、私も1〜2回見逃しただけで、ほとんど見てたんだよね、最終回まで。 よく考えたら、文乃さんのドラマけっこう見てることにも気づいた。
今回の99.9にしてもそう。松潤が載ってる雑誌も時々買うけど、文乃さんが載ってる雑誌も昨日買った。
そして今日のインスタの文章のニュアンスで初めて知った。文乃さん、母子家庭だったんだね。 私がなぜフォローしたのか、なんだか腑に落ちた気がする。どこかに漂う似た者同士のような空気。
ぱるるはちょっと不安定なところが気になって、いまだにインスタはフォローしているし、FC会員も続けている。 深夜のドラマも実は見続けている。今回の役はすごい役だなとか思いながら。日めくりカレンダーも毎月届く。
私はやっぱり幸せいっぱいに育った人とは、一線を画しているのかもしれない。
文乃さんへのインスタにも、初めてコメントした。決して他の人とは同じ文章になりたくなくて、 別の角度で書いたつもり。悲しくて淋しい気持ちは綴った上で。
母が突然他界した時を思い出したから。悲しくても戻ってはこない。人の命はそういうもの。 ドライなことを言っているように感じる人もいるだろう。でも、悲しむだけじゃなくて、その人が生きていた時のことを、 大切に思い出すことが、大きな供養になると思うんだ。
いい人生だったねって言われるような、何かを残せるような、そんなふうに生きられたらなと思う。 亡くなった時、その人がいかに生きたかということが、証のように残るから。
文乃さんの性格のさばさばしたところに、なんとなく生い立ちが反映されてるのかもしれないなと勝手に思った。 私も最近さばさばしてきたよ。旦那の蒸発した父親の死で、よけいそうなった。 勝手に出て行って死ぬんじゃねーよ、これ、旦那と私の父に捧げる言葉。 それに比べて母親ってのは強い。文乃さんはお母さんにしっかり育てられたんだね。そりゃしっかりするよね。
私ももう自分の家族がある。戻る場所はない。実母も兄も妹も、もう別の人生を歩んでる別の人々。 会いたい気持ちもほぼ消えている。私は私の人生を生きたい。妹の助けになれる自信もない。 人の人生は私の思い通りにはならないから。たとえ双子でも妹には妹の苦悩があって、全部理解はできない。
センチメンタルな気持ちはなくなった。彼女には彼女なりに生きてほしい。 やっぱりドライかな・・・。(-_-;)
私の今の最終目標は、実母、兄、妹に会うことではない。 息子がどうにかひとりで生きていけることを、最期の最期まで尽力することだ。
追記。
毒入ってますので、近寄らないでください。
モノ増やすのも片付けられないのも、あたしが全部悪いんだろ。 処分しようと一時置き場においたカタログや、切り抜いた後の雑誌の残骸があっという間にたまった様子を見て、 旦那、もういっぱいになってる、だと。 あたしが精いっぱい片付けた結果なんだけど?
旦那も息子も片付けない、捨てないくせして、あたしが片付けても、あたしが捨てなきゃなんにもやってないように思うんだ。 あたしが捨てても、なんにも気づかないくせに。
結局あたしのやってることは、家族にはなんにも認証されない。だから家事が大嫌いなんだ。 メシなんて食べないで済むなら作らない。サプリで済む世界ならもうそれだけでいい。
インスタでカフェメシとかUPしたり、ルームクリップできれいな部屋UPしてるの見て、無意味な気がして 時々虚しくなる。 あたしはこんなにきれいに片付けられないし、こんなところに時間を割けるほどの余裕もない。 この時間の捻出は、みんないったいどうやってるんだろう? あたしには、睡眠時間を削ることでしか生み出せない。そして倒れる。
インスタで自分の子供の写真しかUPしてない人にいいねされるの、イライラするんだけど? 子どもいるとも何とも書いてないのに。相手がもし子どもできない人だったらどうすんの?それこそむかつくでしょ?! そういう奴には絶対にいいねはしない。このあたしでも。
まぁ、だいたい部屋をDIYでかわいくできてる人の子は、たぶん健常児だよね。決めつけで申し訳ないけど。 延々話し続ける子の会話の相手なんてしてたら、そんなのできるわけがない。 けっこうすり減るんだよ。だから逃げ場所作ったんだよ。でも結局帰ってこなきゃなんない。 疲れ果てて、午後9時頃にいつも爆睡してしまう。そして午後11時頃起きてからいろんなことをする。 だから寝るのが遅くなる。
なんのために、誰のために、DIYしようとしてんの?あたし。 お金かけて部屋をきれいにすることに罪悪感を持ってるから、100均に走ったりしてどうにかしようと思うんだけど、 それよりいいものを少しだけにすればいい。 着るものに関してはそう決めたじゃん。
ルームクリップ、UPするんじゃなかったな。自分で自分の首絞めてる。 インスタもやたらフォロワーが増えてきて、タブレット開くたびにいいねしまくってるのも、なんだか虚しい。 これでいいわけないだろう?こころからいい写真撮れるんだろうか?
人と関わりすぎるとすぐこれだよ。あたしはネットでのやり取りは向いてない。疲れる。人がめんどくさい。 大家さんはおしゃべりな人だけど、対面で話す方がやっぱり正しい。その方が同じストレスでも違う気がする。
今日はいつもの雑貨屋のおねーさんと、大家さんの話で盛り上がってしまった。「共通の人の話題だから、 大盛り上がりしちゃった」って、おねーさんも言ってた。そういう会話の方が何万倍も大事だ。
追記2。
文乃さんのインスタへの私のコメントに、いいねがたくさんつけられていた。 自惚れだけど、自分の文章が誰かに伝わる力をまだ持っているのだと信じたい。 他の人には書けない文章を、自らの経験から書きたい。
突然逝ってしまったお母さん、こんなところにもあの時の経験が役に立ったよ。味わった人だけがわかる真実。 母も心不全のようなものだったけど、他にも大杉さんみたいに併発していたのかもしれない。
ただのお悔やみの文章だけじゃ、伝わらない。あたしには社交辞令にしか聞こえない。 亡くなって悲しい、だけじゃあたしには伝わらないんだ。もちろんそれしか持ち合わせていない人もたくさんいるだろうけど。
あたしはあの時頑張ったつもりだよ。泣く暇もなく。だからあたしにしか書けない文章が書ける、書きたいんだ。 そう思いたい、ほめてやりたい。そんくらい思ってもいいでしょ?
自惚れ、失礼いたしました。m(_ _)m
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