七転八倒 〜彩音の日常&育児日記〜
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| 2014年01月24日(金) |
実家父、救急搬送(@o@) |
息子の学校では、ノロもインフルも流行りまくりの上、息子はゆうべ咳き込んでた。 いつ誰が休んでもおかしくない状態を予測し、だから昨日はムリしてでも、できるだけ用事を済ませようと思った。
すると今朝6時過ぎ、突然電話が。実家の父が意識障害のため、救急搬送しますという、施設からの電話だった。 あー、そっちが来たか。(>_<)さらに電話があり、搬送先の病院が決まったとのこと。
実家の母がたまたま電話に出なくて、直接こっちに電話が来ていたので、息子を送り出した後、即実家に電話。 実家の母、電話に出ようとして間違って切ってしまったらしい。(-_-;) 施設から電話がかかって来たのは察していたようで、病院の最寄り駅をネットで探し、その駅で待ち合わせることに。
うちよりも実家からの方が近いため、待ち合わせで母を少し待たせてしまったが、タクシーで病院に向かった。
父は救急のベッドで意識を取り戻していたが、意識喪失の時間が今までの中でいちばん長かったため、 かなりダメージが大きく、何を言っているのかさっぱりわからず、かなり焦った。 MRIも撮りましょうと救急担当医から言われ、検査待ちに2時間。その間、坐骨神経痛で腰が痛いと、 ウーウーうなる父。 からだの向きを変えるにも、重いからものすごい力を要する。介護士さんってたいへんだなぁ。 わけのわからないことを連発する父に、母も私も、たぶん自分自身を励ますための自己防衛反応なんだろう、 明るく相槌を打っていた。
検査に30分。結果を聞いて、小さな脳梗塞の跡、めちゃくちゃ小さくなってしまった海馬(記憶できない)、 脳全体の萎縮(アルツハイマー)はあるけれども、特に病変は見られず、この症状は持病のてんかんの発作 とのことだった。 点滴を抜いて施設に帰れることになり、帰れることがわかったらしい父は、急に顔色も状態もよくなっていった。
施設の担当の方が会計を済ませてくれて(もちろん後で請求が来るが)、車椅子に乗せて、 施設の車で帰った。施設に着いたら、「お帰りなさい」と職員の方々に迎えられ、笑っていた父。 救急の狭いベッドの上にいた父を見た時は、こんなに老いてしまったか・・・と、気を抜いたら涙が出そうになったけど、 笑う父を見て、少し気持ちを取り戻した。
遅いお昼をけっこうな速さで完食した父。食欲はないとか言っていたのに、ガタイもいいし、何事もなかったかのように 平気で食べていた。 お昼の薬も飲んで落ち着いた父を、なんとか車椅子からベッドに寝かせたら(重労働(@_@;))、すぐに眠りについた。
午後3時、ようやく施設を後にする。お昼を食べる間もなかった私たちは、近くのマックでさっさと食べて、 それぞれに薬を飲み、「やっと気が抜けたね」「でも寝たきりになっちゃうだろうね、あの状態じゃ・・・」と 比較的淡々と会話をし、乗換駅で母を見送り、私も家路についた。 母は帰りがてら、自分の医者に寄って、腰痛の痛み止め注射を打ってもらうらしい。 母も私も持病持ちだけど、具合悪くなってるヒマがないなぁ・・・。(>_<)
また今夜、咳で苦しそうにしてたら困るので、息子にも咳の薬飲ませなきゃ。 はー、どっちもこっちも・・・。(=_=)
でも今日の父の状態を見て思った。息子の将来を考えて、少しでもお給料をもらえるところに就労させたいと思うが、 元気で明るく生きられることがいちばんの幸せなんじゃないだろうか。それだけでかまわないのかもしれない。 現実問題お金は大事だけど、できるだけの努力や頑張りは必要だけど、極端なムリをさせてまで 勤めさせなくてもいいような気がする。
生きていくのにいちばんの元気の源になるのは、笑っていられることだ。 笑いは命をつなぐんだなぁ。 by 彩音 ←相田みつを風?(^^ゞ
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