七転八倒 〜彩音の日常&育児日記〜
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↑嵐のワクワク学校の松本先生の授業のテーマ。
あちこちの雑誌に載っていたし、テレビでも紹介されていたけど、今日あらためて雑誌の文章をくまなく読んで、 「あぁ、私は松本先生の授業だけはちょっとムリだったかも・・・」って思った。
起源を紐解いていく授業だったようだけど、その最たるものといえば人間の誕生、出産である。 人の出産のVTR・・・これがいまだに私にはトラウマで、発作が起きかけるので、見ることができない。
息子も大きくなり、それなりに生意気な受け答えや、場の空気や人の気持ちを読むこともできるようになって、 出産時に心配したことは、ほぼ「どうにかなるだろう」的なものに変わってきたように見えがちだが。
あの時の、「ごめんね・・・ちゃんと産んであげられなくてごめんね・・・」と分娩台の上で2時間以上思ってたことは、 記憶は、消え去ることは絶対にない。
あの時思ったんだ。私は、他の人はあまり経験しないような痛みを持って、生きていくんだ、ってことを。 私の出生のこともそうだし、息子の出産時の状態も、その後の経過も、ここにずっとずっと綴ってきた。 健常児もしょうがい児も、みなそれぞれ決して他の人には理解できない世界がある、そう思って、 ある意味壁を作って生きてきた。自分自身の精神を守るためにも、ね。 「みんなたいへんなのよ」のひとことでは割り切れないものもたくさんある。
話を戻して・・・
「自分の名前の由来」という言葉も、松本先生の授業の中に出てきたようだけど・・・私にはこれも地雷で・・・。(-_-;) 名づけ親の実父母はいないから、訊くことができない。私は自分の名前の由来を知らないのだ。 小学校の国語で、実家の母が必死に名前の由来を伝えてくれたのだが、母の語尾が「っていうことじゃないかな」というのが 小学生ながら気になっていた。 母にしてみれば、国語とか苦手な方だったから、ものすごく焦って答えてくれたんだと思う。
ちなみに同類の地雷には、「戸籍を見ること」がある。 さまざまな手続き上、取ることがある戸籍。ここには紛れもない記載がされているから。
どんなに実家の人間関係が複雑でも、もめごとが多くても、私は実家の父と母に、大切に育ててもらった。 実父母が新しい人生を託してくれたんだと、今では少しは思える。 だから、「未来」って言葉に、実は昨日テレビの前で泣いた。 私が書き始めた新しい話のシリーズには「未来」という言葉の入ったタイトルがついている。 偶然なのかなんなのか、ご縁があるのかなんなのかよくわからないけど、それもうれしかった。
話はさらに戻って・・・
「あぁ、こういう私だから、松本先生の授業は聴けないから、ワクワク学校に行けなかったんだ、そういうことなんだな・・・」 と勝手に理解した。(^_^;) たぶん、あの場にいたら、いろんな感情が入り乱れ、もうみっともないほど声を上げて、 耳をふさいで崩れるように号泣して、「どうかされました?!」状態になってしまっていただろう。 傷は薄れることはあっても、完全に消え去ることは難しい・・・。
でも・・・来年もワクワク学校が開校されるのであれば、ぜひ!今度は入学したいですっ!!先生っ!!(^_^)/←最後はそれね?(^_^;)
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