七転八倒 〜彩音の日常&育児日記〜
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2012年04月05日(木) 息子と一緒に心療内科

1ヶ月前にかかった時とはえらい違いのテンションで受けた、カウンセリングと診察。
息子も先日の修羅場の話をこぼし、自分の父親のダメぶりを自分の言葉で表現していた。
診察の先生からは驚くべき言葉をもらった。
「離婚・・・した方が、もしかしたらあなたのためにもお子さんのためにもいいのかもしれないね・・・」
かえってその言葉を聞いて、気持ちがラクになった。
とりあえず市役所に相談できることがあるかもしれないから、たずねてみて、また一緒に考えましょうとも
言ってくださった。
たとえどんなことになろうとも、やっぱり私はもう自分の気持ちをガマンして生きたくない。

実はカウンセリングで、私は旦那と結婚する前に大好きだった人のことを悔やんで泣いた。
少なくとも、大好きな人が目の前にいて、笑顔で話ができてる状態なのに、好きという気持ちを
伝えることができなかった。
私はもともと、好きな人には好きと伝える性分。なのに言えなかったのは、それほど好きで、
振られて傷ついて失うのが怖くてたまらなかったからだ。それだけ本当に好きだった。

今朝、「はなまる」で櫻井さんが「帰れる時があったらいつに帰りたいか」という質問を受けていたけど、
私は迷わずあの日に戻りたい。あの日、大好きだった人に逢いに行く前の私に、「たとえ今振られて
傷ついたとしても、このまま言わずに生きていったら、この先ずっと何年も引きずって、
死んだように生きて苦しむのは自分なんだよ」って伝えて説得したい。

もしもそれができていたら、息子には出逢えなかったかもしれない。けれど私との魂のつながりが強いなら、
どんな状態でも私の元へ生まれてきてくれたんじゃないかとも思ってる。

今、「ブラックボード」を見てる。

奇しくも今日、息子といつもの大学通りの桜を見上げながら歩いていたら、アメリカ人の学生さん二人組に
声をかけられた。
「ずいぶん背が高いですね!!」「おかあさんよりすごく大きいですねー」
「何センチあるんですか?」「僕たちはアメリカ人でも背が低い方なんですよ」「桜をお楽しみくださいね」。
全部流暢な日本語だった。英文科卒なのに、英会話の出番はひとつもなかったのが、なんとなく情けなかった。

高校時代、戦争のことをかなり深く学んで、申し訳ないがアメリカ人を憎んだこともある。
なのに、私は小学生の頃から英語が好きで、英文科に進んだ。

でも私たちは、このドラマのような時代の先に生きてる。この時代があったから今がある。
アメリカ人なのに「桜を愛でる」気持ちを持った、きれいな日本語の男の子二人に、ものすごく幸せな気持ちを
もらった気がする。

白濱家の玄関先での家族写真が、大田区のかつての実家で写した自分の子供の頃の写真にそっくりで、
なんだか泣けてしまった。
空襲に遭っても無事残った、昭和11年築のかつての実家。懐かしくてたまらない・・・。
血縁関係が複雑でいろんなことがあったとはいえ、まだ何も知らずにいた子供の頃に戻れたら・・・
なんて今でもやっぱり思う。

なんだかめちゃくちゃな内容でごめんなさい・・・。


追記。

子供の頃なりたくなかった職業、弁護士、銀行員、教師。
罪を犯した人の弁護なんて絶対したくないって思ってた。
銀行強盗になんか遭遇したくないから、銀行員にはなりたくなかった。
子供の頃から子供が嫌いで、子供の教育にも、今で言うモンスターペアレントへの責任も持ちたくなかったから、
教師にはなりたくなかった。
高校時代の担任にも、「おまえは教師には向いてないだろうな」と言われた。
でも、最近ふと思う。短大の時、教職課程を習得しておけばよかったかもしれないな、と。
そしたら中学の教員免許が取れたのだ。なんで今さらそんなこと思ったのかなぁ・・・。


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