七転八倒 〜彩音の日常&育児日記〜
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2008年03月02日(日) 時差ボケの私(追記に中ちゃんのオーラの話を書きました)

金曜日の夜、この部屋で寝るつもりはなかったのに、いつの間にか倒れるように寝てました。(=_=)
土曜日、昨日ですね、ちょっと精神的にこもりたい状態になってしまい、ほとんどこの部屋にこもっていて、
夕方やっと洗濯物干して買い物出て、でもお味噌汁も作れずに、また倒れるように眠ってしまい、起きたら午後8時半。
時差ボケです。体内時計狂いまくりです。
そしてこのゴールデンタイムに突入。薬を飲もうが、自分で寝ようと思わない限り、眠気はやって来ません。
今日こそは、ちゃんとふとんで寝ようと思います・・・。←なんて文章なんだ・・・。(=_=)
あ、今日って言っても、このあとすぐ!!の今日と、今日の深夜の両方ありますが。
ふとんのある部屋でちゃんとふとんをかけて寝ましょう。(-_-;)
先日の、床暖房の上で爆睡といい、どうして風邪を引かないのか不思議です・・・。


追記。

昨日見れてなかった中ちゃんのオーラの泉、録画したのを見ました。ものすごく自分にも響いてくる言葉ばかりで、
あぁ、そうだ、だから中ちゃんのこと好きなのかも、って思いました。

私も原罪意識が強くて、本当は自分が嫌い、人が嫌い。人懐っこいけど、ある領域には親しい人も入れたくない、
同じような性質を持っています。
私が感覚で「好きだな」と思った人は、同性だろうが異性だろうが、みんなどこかに同じ性質を持っているんじゃないかと感じます。

「しょうがいは個性」という言葉、しょうがいに日々関わってる人間としては、微妙な気持ちになりました。
これに関しては、上手くコメントもできないし感想も言えない。江原さんが思うほどの大きい気持ちは、
私には持てないからです。この先持てるようなおおらかな人になれたらいいと思いますが・・・。

そしてもう一つ感じたこと。すべての命には使命があって生まれてくるということ、これに息子の存在を感じました。
息子はやはり、私を救うために生まれてきてくれたんだということを実感しました。
だって息子は、私なんかよりずっとずっと大人ですから。
でももしかしたら私も、実家の父と母を救うために生まれて、あの家に行ったのかもしれません。

オーラを見ながら、救われるような涙を流しました。

私がうたうことにも、何かを伝える力を出せたらいいなと、今も思ってます。

そして思います。例えて言うなら、満腹だったらもう食べられない。食べることすら思いつかない。
でもハングリーなら食べられる。ミュージシャンだって小説家だって、クリエイティヴな何かを生み出す人々は、
満ちすぎていたら何も生み出せないんだということ。少しくらい足りないハングリーな部分がないと、
何も生み出せないんです。だから私は、こうして書けることに、少しも不満を持っていません。
書けることがうれしいから。うたうことも、描くことも、すべて私にとっては私が出せる場所だから。
もちろん音楽を聴いて、自分の心を波立たせたり沈めたり、そういうライヴも大好きです。

そういえば銀色さんも、鬼束ちひろさんに言っていた。そういう(何か足りないと思う心)が力になって、
曲ができるんじゃないの?って。←そんなような意味のことを言ってました。その通りだと思います。
私もなにがしかの場所で、自分の力を出していきたい、そう思っています。


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