七転八倒 〜彩音の日常&育児日記〜
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| 2007年07月16日(月) |
またむっちゃ寝た。(今日もかなり怒りこもってるので、近寄らないでください) |
ただ、夜中、息子が咳を始めたので、起こして吸入させたけど。
それから目が覚めるまで、一切記憶がない。 目が覚めたら、旦那と息子が出かけてていなかった。どこへ行ったのかもまったく知らない。 何か言ってたかもしれないけれど、あたしには記憶がない。
目が覚めるまでまた夢を見ていた。 あたしは学校にいた。男女共学の。仲良くできる友達もいない、勉強がまったく理解できない、そんなあたしだった。 好きになれない担任の先生が、あたしを肩車のようにおんぶして、窓の外を見せた。窓の外はすぐ海。 「ここから落っことしてやろうか」みたいなことを先生が言った。 あたしは「高いとこ怖くないから平気かも」と言うと、「調子に乗るな」と言われた。
目が覚めた時、いったいどういう意味の夢だったんだろう?と思った。 仲良くなれない友達に先生に、まったく理解できない勉強。楽しくないだろうな、そんな学校。 あたしは友達がいなくても平気で過ごしてたし、勉強は嫌いじゃなかった。 それに、自分のプライドがあったからかどうかわかんないけど、そんなでも学校は休まなかった。 熱出してても行って、大嫌いな数学の中間テスト受けて、でも赤点(39点。40点未満が赤点)取って、 悔しくて期末テストで95点取った。そんくらい負けず嫌いだったから。プラスマイナスで平均したら、 いつもと変わらない点数になったけど。 決して逃げなかった昔のあたし。
ただ、この夢の状態は、普通学級に通ってた時の息子の状態かも、と思った。 楽しくないよね、逃げたくなるよね、ごめんね。そう思ったら涙が止まらなかった。 周りの子から理解されず、担任からも校長からも「ひとりだけ見てるわけにはいかない」とやんわり追い出された。 だからあの学校に未練はない。 そして今の学校だ。はっきり言って、普通学級でも特学でもないと思う、息子のいる場所は。 いや、転任して行った先生がいた時は、「ここが居場所だ」と思えた。だって息子もあたしも気持ちが穏やかだったもの、 今に比べたらずっと。
もしかして逃げるお子様たちは、あの頃の息子とおんなじような状態か? だったら、ふさわしい環境下に置いてあげるのが正しいんじゃないか? まぁ、おばちゃん先生のやり方がいちばん正しくないような気がするけど。というか、おばちゃん先生も脱走少年も 特学向きじゃないとは思うけど。
息子の話とは関係ないけど、あたしの中学時代のことを書きたいと思う。 あたしが大嫌いになった数学。実は中1の時の先生が大嫌いだった。中1になりたての頃、熱を出して学校を3日間休んだ。 そしたら、いきなり数学がわからなくなった。それでもあたしは負けず嫌いだから、自力で克服した、その時は。 でもその先生は相変わらず嫌いだった。
ある時、先生が授業の最後にムダ話をした。よくある学校の怪談ってやつ。 当時、図書館には○○ちゃん文庫っていうコーナーがあった。先生によると「○○ちゃんって子がいて、 病気で亡くなったから、親がその子の本を寄付した」ということ。 「でも、それで図書館にはその子の幽霊が出る」という話を先生はした。 その時、あたしは思った、幽霊がどうこうというより、嘘つきで信用ならねぇって。 母からも聞いたから確実だった。○○ちゃんはあたしの病気のイトコで、中学の近所に住んでいた。 親が中学に寄付したのは事実だったけど、イトコはあたしが通ってたその頃は、まだしっかり生きてたんだよ!! こいつ、生きてるイトコを殺しやがった、って思った。勝手な作り話しやがって!!そう思った。 だからあの頃も今でも、その女の先生が大嫌い。わかる子だけひいきして、わからない子に理解させるという授業は まったくしない先生だった。わからない子は置き去りにして、淡々と進めて行く奴だった。その上、そんなホラ話するし。 しかもあたしのイトコのこと、勝手に殺すしよぉ!!あったまくんだろ?!
あ、今ふと思い出した。もしかしたらあの後、あたし先生に文句言ったかも? 「○○ちゃんはイトコで、まだちゃんと生きてます!!勝手なこと言わないでください!!」って。 あたしはそんくらい言いかねない奴だったし。 そういえば「あら、ごめんなさいね、失礼しました」って言葉、その先生から聞いたような気もする。 でもまったく心がこもってない言葉ね、言われたとしても。だから大嫌いなままだった。
昔も今も、問題な先生はいっぱいいるよね。まぁ、親も同様だけどね。
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