師匠戦記 第5章 by R-MOON

 

 

あるとき - 2004年10月18日(月)

学校へ。

3限から。
TAですね、javaなど。
出席管理してちょっと教えてたらもう時間。
出席管理が非常に面倒くさい。
どうにかならんものかね。

そのあとはオムニバス。
英語論文講読会ですね。
今回は俺の番だったけど、余裕ですね。
予習重要。

終わってダスト回って帰ろうとしたら。

母方の祖父の容態がヤバイってことで母親と父親が病院行くとのこと。
外で飯食って来い、と。

まぁまだ大丈夫らしいとか聞かされてたんで。
ダストでジャムをめそ、タバとやる。
めそハウザーとムクロに悩まされたぜ。
生めそらしいキャラ選択だがね。

で、飯食って帰宅。

家に誰も居なかったんでちょと家事やって。

12時ごろ両親帰宅。
と思ったら、すぐにまた病院から電話かかってきて。
もう意識がなく、心臓が止まったとか言ってた。
ということでまた病院へ行った。

今年はなんでしょうね。
これで祖父母は全員居なくなってしまうのでしょうか。

おそらく今年は生きてきた中で一番泣いた年になりそうです。
正直堪えますね。
文章にしていると感情がなかなか出ない部分がありますが。
友人の死を知った時などは相当なものがありました。

先日、久しぶりに昔の友人と偶然会いました。
彼と自分と、このたび亡くなってしまった友人は幼稚園から中学校まで同じで。
色々話す機会がありました。

まぁ自分としてはこの友人の死というものをまだ実感していない時期で。
文章にするにも表現するにもなかなか難しいところがあったのですが、
自分の中で「死」に対する明確な形みたいなものが見えてきた感はあります。

現状での1つの死へのイメージとして

「ありえないものがありえる」

という部分が見えた気がします。

今やっている生活すべてが終わり、明日が始まらない。
明日が始まるなんてのは当たり前のことで、始まらないなんてありえない。
だけど「死」というものはそれがありえるわけです。

未だに友人の死は「ありえない」ものとして捉えたいのですが、
それが現実に、嫌になるくらいはっきりと「ありえる」のですから。
死とはそういうものなのだなぁ、と感じる機会でした。

願わくばこういうことを考えるのはあと40年くらい経った後にして欲しいですね。

俺の友人は、俺が悲しむから死なないでください。

理由付けはなんであれ、兎に角死なないでください

ま、それだけです。

いじょ。


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