| 2006年03月30日(木) |
もう時効でいいよね、書いちゃっても。 |
新潟県中越震災、約1年半が経ちました。
未だに、避難勧告が出たままで自宅に帰れない方々が多く、自分の友人や地元の方々も例外ではありません。
そんな方々には申し訳ないのですが、そんな被災当時の裏話をちょっとだけ書いてみたいと思います。
思いっきり被災した自分が書くのだから許してね(汗)。
※真面目な被災状況は「のんふぃくしょんのべる」でそのうち書きます。
裏話.1
ウチの町長(現在、市町村合併により市になり、その町長は議員選に立候補したが落選。アタリマエだっつーの!!)、
地震直後、マスコミシャットアウト。
当時町長のコメントによると理由は「混乱を防ぐため」
そのマスコミシャットアウトの為に、全国のニュースや報道で、ウチの町の名前が全然出てこなかった(停電で普通のTVが観れない状態だったので車のTVで確認済み)。
当然、土地勘の無い知り合いなどは、町名が出てこないから安心してたり。
んで、何が裏話かというと、マスコミシャットアウトの本当の理由。
町長、土曜だから遊びに行ってて、町内には居ない。
緊急事態召集をかけた本人にも関わらず、道が寸断されて町内に戻れそうに無く、それがマスコミにバレるとマズイから。
しかも(役場のアフォ連中が)緊急事態無線の使い方が解らず、放置。これもマスコミにバレるとマズイから。
しかもしかも、わざわざ町長名を名乗った町からの救援物資(しかも届いたのは、翌々日の夜)、
一軒にバナナ1本。
怒り心頭ですよ、まじで。
裏話.2
今度は隣町(こちらも市町村合併で現在は市)の町長のハナシ。
被災後、数週間経って、地元紙に掲載されていた記事・・・
タイトルは「被災の瞬間、窮地を救った勇気」ってのに、その町長のコメントが載っていた。
『●●町長は、自宅でお風呂 に入っていた際に被災。ドンという音とともに激しい縦揺れが起こり、風呂のお湯が天井にまで届いたという・・・(略)』
・・・
・・・
・・・
●●町長、あなたは、被災した時、自宅のお風呂に入ってたんじゃなく、
愛人宅の風呂 に入ってたんじゃねぇの?!(怒
残念ながら、ネタは上がってるのよ。
アンタの愛人、
私の先輩ですから!!
何歳年下の愛人つくってんだよ、おぃ!!
怒りの矛先はソッチだったり(笑
裏話.3
ワタシの知り合いっていうか、ウチの会社に来てくれてるワタシの師匠。
家の中が滅茶苦茶になっちゃって(どこの家もそうだったんだけど)、近くの保育園で一時避難してたワタシの師匠。
緊急一時避難所を管理してた、役場の人と保育園の園長先生に注意されてました。
「そこの方達!他の方々に迷惑です!小さなお子さんもいるんですよ!
宴会は止めて下さい!!」 って。
避難所で仲間6人が偶然集合、わざわざ自宅まで日本酒を取りに帰って、酒飲んでいい気分になっちゃったトコを注意されたみたい。
現実逃避しちゃいたい気分は解らないでも無い。ケド、保育園の避難所で宴会はマズぃでしょ(笑
翌日もそこに非難したみたいだったケド、
リュックサックに一升瓶隠して飲んでたらしい。
裏話.4
他人の裏話ばっかじゃ悪いから、ウチの話も。
仕事から帰宅途中に被災したワタシ&ワタシのオヤジ。
自宅に到着すると、かぁちゃん庭の木にしがみついて泣いていた。
よっぽど怖かったんだと思う。
そんなこんなで、その日は車の中で寝る事にしたんだけど、
皆、夕飯前だったので、オヤジから一言。
「はらへったなー」
そういえばウチは建設業、溶接用の発電機があんじゃん!!
と、いうことで、発電機出してライフラインを確保しよう計画発動。
「カップラーメンとか出来るじゃん。」
「おかず、冷蔵庫にあるやつをウチの中に取りに戻って、暖めて食おう!」
(実は凄くデカイ余震がくるので、ウチの中にモノを取りに行くのはカナリ勇気が必要だった)
勇気を振り絞って、色んなモノを取りに行くワタシ。
その間、オヤジは発電機やらのセットアップ。
暖めるには電子レンジ!!
お湯も欲しいから、電気ポット!!
と、色んな事を考えながら、
まずは腹ごしらえの為に、冷蔵庫の中にあったおかずを両手一杯に抱えて
家を飛び出し、両親の待ってる車のもとへ。
するとオヤジが早速、いそいそと電子レンジを発電機につなげ、
なにやら暖め始めた。
『・・・チン!』
熱燗かよ!
ライフライン確保してまず行ったオヤジの行動、
ワンカップの加熱。
負けじと、オレはビールを冷蔵庫から持ってきてたけどね(笑
ウチの車の中、大宴会の始まり。
「正直、酒でも飲んでねぇとやってられねぇヨ!」
そんな感じで地震当日の夜は更けていきましたとさ。
今だから、笑って話してもいいよね。
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