日常暴露
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2004年05月07日(金) ぼくはお城の王様だ

『ぼくはお城の王様だ』(講談社
オススメ…というのもおかしい気がするのですが
人を憎んだことのある人には読んで欲しい本です。
読後感はお世辞にも良いとは言えません…が何を感じ取って欲しい、そんな作品です。
※以下激しくネタバレしてる上にただの感想文になってます。注意。

何から書いたらいいのか何を伝えたらいいのか戸惑います。
とにかく飛翔がこの作品中最も嫌いな、更に諸悪の根源だと思ってる人物は
母親であるヘレナ・キングショーです。
登場人物の中で誰よりもキングショーを守ってやらなければいけない人物のはずだったのに
誰よりも自分の幸せと世間体ばかりを気にしてキングショーの言葉を聞こうとしませんでした
キングショーが自殺をした時の
「エドモンド、なんでもありませんよ」
その言葉には本当に愕然としました。自分の子供が誰も来ないような森の中で溺れているのに言うセリフかと。
何処かでキングショーを邪魔に思っていたのなら偽りの愛情で取り繕わないで
その感情を表に出していたほうがとっぽどキングショーは楽だったのではないかと。
俺には自分が幸せになるために「あの子にとってもそれが幸せ」と思い込んでいるように見えて使用がありませんでした。

普通に嫌なやつだと思うべきなのはフーパーなのかもしれません。
実際に筆者も後書きでフーパーを邪悪だと言っています。
が、俺にはフーパーを憎めません…
確かにキングショーを直接追い詰めていたのは彼だったけど
彼も自分の城を守ろうとしていただけではないでしょうか?
お父さんと、自分だけの面白くないけれど大きな家で好き勝手暮らしている
家主であるはずの父親ですら自分には逆らえない…
そこへキングショ−親子という「侵入者」が来れば嫌な気持ちがするのは当然。
ただ、母親のヘレナは父親と同じで自分に逆らえないので問題ナシ。
気に食わないのは弱いくせに自分の場所を「侵略」しようとするキングショー。
自分の「城」に入ってきた者は自分の家来なんだから
自分に何も言わず好き勝手するのは許さないし逆らうのはもってのほか。
そんな気持ちが芽生えてもおかしくないと思います彼の生い立ちだと。
自身が無くオドオドと親に育てられるとフーパーのように育つような気がします。
自分より大きいくせに自分には逆らえない、自分は誰よりえらいんだ。と。
彼にとって自分が悪い、なんてことはありえない。
だから頭の中で状況を勝手に変えてしまう。
キングショーは運が悪かった、要領も悪かった、彼はあまりに素直過ぎました。

最後、フィールディングがフーパーを信じてキングショーをおいていってしまったとき
全てが終わった…そんな気がしました。
フィールディングの公平で物事を深く考えない優しさが
「魔物」だらけのキングショーにとっての唯一の支えだった気がしたからです。
でも、彼はフーパーを信じてしまったから。
そこでもうキングショーのモノは全てフーパーに奪われしまった。
よく、この話について「他の結末は無かったのか」という声を聞きますが
俺的にはアレが最も自然な結末だと思ってます。
誰も自分を見ない
誰も自分の声を聞かない
誰も自分を信じない
自分には何もない
中盤はそれでもキングショーは自分を見てもらおうと必死でした。
自分の意見を主張したり態度で示したり。母親だけには信じて欲しかったのに。
でもソレが何もかも無駄だと知ってしまってキングショーは諦めてしまった。
自分の事を何もかも否定される生活では無気力になるのも納得がいきます
キングショーの自殺は彼の唯一の逃げ道だったように思えます
私がキングショーの立場でもそうした…とまでは言えませんが
あの、ウェアリングス館では普通の生活なんて出来ません
あそこの人達はまさに「魔物」

なんかまだ言い足りないんですけど文章がまとまらなくなってきたので(阿呆)
凄く言いたい事は、キングショーの部分は飛翔の中に確実に有ります。
肉体的に危害を加えられるわけはないのに何を言っても効き目のない、
明らかに嫌悪感、邪心を剥き出しにして構ってくる人間を怖いと思う気持ち。
表面だけ取り繕って問題に直接触れようとしない大人を憎く思う気持ち。
どちらも覚えのある感情です。
でも、俺には「家」という逃げ場があったから今もうして生きてます。
あの状況が「家」だったら…考えたくは無いですね…

長々とスミマセンでした…


シマ |MAIL

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