月の輪通信 日々の想い
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2006年05月18日(木) 一人でもいい

和太鼓の稽古に行く。
明日、小学校のPTA総会でデモンストレーション演奏をさせてもらうので、その最終練習。なかなか出演者が決まらなくて右往左往したものの、ようやく今日全員そろっての練習になった。
太鼓を叩くのはたのしい。
一人で叩いても楽しいけれど、大勢で叩くともっと楽しい。
こういう種類の楽しさを、私は若い時にはあまり充分には味わってこなかったように思う。おばさんの年齢になってから、子どもたちの学校や地域の人とのつながりの中で、こういう楽しみを経験できたということがうれしい。

で、その帰り道。
助手席のアプコが憂鬱そうに話し始めた。
「あのねぇ、おかあさん、このごろだ〜れも遊んでくれないの。休み時間はいっつも一人で遊んでるの。学校行くのちょっと嫌になっちゃう」
はぁ、今さっきまで同じクラスのMちゃんと一緒に仲良く遊んでいたじゃないの。学校の帰りは大勢のお友達とふざけっこしながら楽しそうに帰ってくるし、うちに帰ったら1年生のKちゃんとお互いの家を訪ねあってしょっちゅう遊んでる。
アプコがそんな事で悩んでいるなんて思っても見なかった。

「○ちゃんとはこのごろ一緒に遊んでないの?」
「うん、○ちゃんはいつも×ちゃんと遊んでる」
「△ちゃんとはどう?」
「△ちゃんはいつも一輪車ばっかりしてるから、一緒に遊べないの」
「じゃ、◇ちゃんは?」
「◇ちゃんは△ちゃんの友達だから一緒に遊べないの」
はぁ、なかなか複雑ですね。
特別ケンカしたというわけでもない。いじめられてるとか、仲間はずれにされているというわけでもない。
要するに、自分がやりたいと思う遊びに付き合ってくれる友達がいない。自分に調子を合わせて「遊ぼう」と誘ってくれる友達がいない。そういうことらしい。
末っ子姫のアプコはオニイ、オネエにちやほやされて、自分のペースにあわせて遊んでもらう経験が多かった。年下のKちゃんと遊ぶときにはお姉さんぶって遊びの主導権はアプコが握っていることが多い。
自分から「遊んで」と声をかけたり、自分の不得意な遊びに付き合ったりするのはアプコの苦手とするところ。
きっとアプコのいう「一人ぼっち」は、そういうことなんだろうと思う。

「どうしたらいいと思う?」
夕食前のあわただしい時間になっても、まだ悩ましげに擦り寄ってくるアプコ。
「自分から『いっしょにあそぼ』って声をかけたらどう?」
そんなありきたりの答えでは解決しそうにないので
「アユ姉ちゃんに聞いてごらん」と振ってみた。
そういえば、今は積極的なアユコだって、ちょうどアプコぐらいの時近所の仲良しさんが転校していってしまって「お友達がいない、学校へ行きたくない」とぐずぐずしていた時期があるはず。

「いいやん、一緒に遊ぶ友達がいなかったら、一人で本でも読んでたら・・・。一人で遊ぶのだって、別に悪いことじゃないしね。」
アユコの答えは単純明快で意外だった。友達を作る努力をしなさいとか、自分から声を書けるようにしなさいとか、お説教めいたことは何にも言わなかった。
「そ〜ぉ?」と納得の行かない顔で首をかしげるアプコ。
確かにね。
いつも元気にたくさんのお友達と一緒に遊べることも大事だけれど、無理してそうしなきゃならないって訳でもない。一人で遊ぶ時間を楽しめることだって決して悪いことじゃない。
そういう発想が、生真面目で社交的なアユコの中に育っていることの意外さが驚きだった。

「ねぇねぇ、おかあさん。明日はKちゃんちに遊びに行くんだよね。」
夕食を済ませて満腹になったアプコは上機嫌でおしゃべりをしている。どうやらアプコの「一人ぼっち」もまだそれほど深刻ではないらしい。
「みんな仲良し」もいい。
でも「一人ぼっち」も悪いことじゃない。
アユコが投げたなぞなぞを、アプコはすぐに忘れてしまうだろうか。
それならそれで、今はよし。


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