『スパルタカス』のオリジナル版(60年・カーク・ダグラス、ローレンス・オリバー主演)を15年ぶりくらいに見ました。こんなに萌える映画だったとは。監督はキューブリック。 デジタルリマスター版で映像もきれいです。3時間半という大作ですが飽きませんでした。合戦のシーンなどは最近のCGを駆使した作品にはとても敵いませんが、尊厳と自由を求めるスパルタカスの葛藤、特に、奴隷の身分に生まれた自分の無知を嘆くシーンはなかなか泣かせてくれました。 60年以前の映画のヒロインはいいですね。『風と共に去りぬ』『第三の男』『カサブランカ』、どのヒロインもカッコいいんだけど、『スパルタカス』のヴァリニアもいい女です。 でも、『スパルタカス』の魅力は何と言っても、知的な男奴隷アントナイノスを巡る、クラッススとスパルタカスの戦いです。子どもの頃は、理解できなかったどころかほとんど覚えてもいなかったとある場面がありました。 クラッスス(後に、第一回三頭政治をシーザー、ポンペイウスと行うあのクラッススです)は、贈り物として到着した奴隷たちの中に、かつては良家の子息の家庭教師をしていたという若くてハンサムなギリシア人奴隷を見出し、自分の世話役に任命。この時点で「あれ?」と思ったんですが、後に、クラッススがこの奴隷、アントナイノスに入浴を手伝わせる場面があります。 クラッススは自分の背中を流させながら、問いかけます。 「おまえは盗みをするか?」「いいえ」 「では嘘をつくか?」「つかないよう心がけています」 「それは道徳的に間違っているからか?」「はい」 「牡蠣は食べるか?」「あれば」 「ではかたつむりは食べるか?」「いいえ」 「かたつむりを食べないのは、道徳的に間違っているからか?」「……いいえ」 「そうだ、何を食べるかは単に嗜好の問題であって道徳とは関係ない」「……はい」 「私は、牡蠣も好きだが、かたつむりも好きだ」「はい」 男二人が裸同然の状態で交わすこの一見無意味な会話は、クラッススが男も好きで、アントナイノスに欲望を抱いていることを示唆しています。当時、主人が気に入った奴隷を性的に搾取することは当たり前という社会だったから、こんなふうに主人が奴隷に同意を求める必要はないんですが、クラッススが気にしたのはアントナイノスじゃなく1960年の観客の視線。60年代初頭がどんな時代だったかは『マッドメン』を見ていればわかります。 ところでこのローレンス・オリバー演じるクラッスス、カッコよすぎるねえ。史実における彼は天文学的な数字の私産を有していた保守派の超エリートでしたが、主人公をラストで惨殺する役でありながら、最後まで憎めないカッコよさ。 クラッススの魅力も残念ながら通用しなかったらしく、結局、アントナイノスは逃亡し蜂起したスパルタカスの陣営に加わるんですが、学識があり詩心もある彼をスパルタカスが気に入り、自分の傍に置くようになります。 スパルタカスの反乱はクラッススによって鎮圧され、6000人の奴隷たちが磔の刑に。ローマへ連行する奴隷の列の中に、アントナイノスを見つけるクラッスス。そのアントナイノスと視線を交わした男、スパルタカスを一目見て、この男が探していた奴隷たちの王ではないかと感じるクラッススは、二人を磔の列の最後尾に回すよう部下に命令。自分を裏切った上に、自分の宿敵に惚れたアントナイノスが許せなかったわけですね。 この三角関係がまさしくfull circleを描くラストの決闘シーン。クラッススは「奴隷の絆とやらを見せてもらおうか」と言って二人に決闘を命じ、生き残った方を磔刑に処すと言う。磔になれば何日も苦しんで死ぬことを知っているスパルタカスは、「剣を下ろしていろ。一思いにやってやるから」ところがアントナイノスもまた「あなたを磔になんかさせない。苦しませたりしない」と言って剣を握る。愛するがゆえに、相手を殺すため真剣に戦う二人、というこの構図、素晴らしいです。 結局、文人肌のアントナイノスはたやすくスパルタカスの手にかかるのですが、スパルタカスの腕の中で「あなたを愛していました」と告白。父親のように思っていました、なんて野暮なこたあ言うなよ(´д`)ノ おれもだと応えるスパルタカス。 ヴァリニア(こっちが本物のヒロイン)との三角関係も同じような末路を辿り、宿敵を討つことは叶っても、愛は手に入れられなかったクラッスス。映画には登場しませんが、彼は後に小アジアで非業の死を遂げることになります。 というわけで、『スパルタカス』も萌える萌えるお話でした。男同士の愛憎を裏設定に仕込んだキューブリックさすが。もう100回以上言ってますが、古代地中海世界を舞台に映画やTVシリーズを作るなら、ブロマンスを避けて通るなんざ罰当たり。ゼウスの雷が落ちるよ ![]() マカヴォイは何度描いても難しい(`曲´;) 漫画はまだ半分にも達していません。 ![]()
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