今日の試合を見た勢いでficをこしらえました。すてぃーびーとしゃびたん。LJからどうぞ。 ![]() まさかリバプールvチャールトンという両者とも既に賭けるものが何一つないプレミア最終節の試合がこんなに感動的だとは。試合後、ユール・ネバー・ウォーク・アローンの大合唱とともにファウラーを送り出すアンフィールドを見て、涙、涙でした。 ファウラーといえば私が90年代にはまっていた頃に活躍した選手でした。リバプールファンになるまで特別思い入れがある選手ではなかったのですが、昔から知っている選手だっただけにかなり堪えました。退団のニュースは試合の直前に知ったのですがまだ「まさか」という気持ちがありました。おしいチャンスが三度あり、あと2分ピッチに残っていればPKを蹴れたのに……と思うと悲しかったのですが、スタンディング・オベーションは感動的でしたね。 ベルカンプの引退試合でも、彼のいい感じのラストシュートを、なぜか知らんが相手のGKがナイスにキャッチしてブーイングをくらったってことがありましたが、ファウラーをとめたチャールトンのヤングといい、しかしそこできっちり手を抜かないところも、フットボールのよさですね。 それ以外にも、この試合は相手が降格決定のチャールトンだったり、キューウェルのアンフィールド復帰戦だったり、それぞれの選手に特別な思い入れがあったようで雰囲気にのまれてしまいました。地味に感動しちゃったのは、ジェラードがFA杯の決勝かってくらい気合入ってたところかな。彼は自伝で「ファウラーは一番最初にクラブに温かく迎え入れてくれた選手のひとりだった」と書いていて、彼はファウラーにこの試合、あるいはゴールをプレゼントしたかったのではと思いました。そしてこんな試合でシャビがやってくれるもんだから、またそれも感動的だった。 ファウラーは引退ではないし、今後も彼のプレーを見ることはできることを慰めにしたいと思います。しかしファウラーでもこんなに泣けたってことは、ギグスやガリーともなったらもうどうなってしまうんだろ? ファーギーの勇退とか? そう遠い未来ではないはず……。十年後にはスティービーやシャビも引退か、と思うと今度こそブランクを作らずに彼らの引退まで見届けよう、という気持ちを新たにしたのでした。 ドルトムントと鮭のルールダービーも見ました。さすがに最後、泣いている鮭ファンを見るのは心苦しかったです。でも試合後、スタジアムに向かって手を振るドルとむんと選手たちの姿のなんと美しかったことか! 少しずつ引いてくカメラワークといい映画のワンシーンみたいでしたね。またこっちも今季で退団の噂のメツェルダーのアップとか映しやがって、泣けてくるぜー。なぜマドリーなの……なぜ……。 こんなふうに自然と涙がぽろぽろ出てくるのはとんちゃんのことを思い出す時くらいだ。怒りや悔しさのない純粋な哀しみとはいいものだー。また後日この本については書きますが、「夜中に犬に起こった奇妙な事件」で主人公が母親を思い出すシーンで、とんちゃんのことを思い出して泣けました。 牛はチェルシーおん出される可能性出てくるし、ブラルーズもかわいそうに。ブラルーズがピッチでアッラーの神にひっそり祈っていた姿が思い出されます。ピッチに座り込んだフリンクスの悔しそうな顔も、ついぞお目にかからなかった表情だったし、シーズンも終盤になると気持ちが動かされるシーンも増えますね。 牛はまだ青いチームに残りそうですが、シェヴァはどうなるのでしょうか。 一方こっちはこんなことに。gettyにかわいい写真いっぱいです。こんな日はQueenの We are the championsでも聴こうと思ったら、ファウラーのことなどもありまたいろいろ泣けてきたぞ! ![]() 今日hiro-chanのギグシー/ガッザ新作読みました。握り拳! 久しぶりにめちゃくちゃ萌えた! ああ、私もまだこのように乙女のごとく萌えれるのだなあ、と身を捩ってしまった。hiro-chanは私にとってフットボールslash界のエステラ(わかりにくい例を……)! 彼女のギグシー/ガッザは最高です。マンUファン暦がかなり長い方のようで、昔のこともよくご存知。ふたりがとっても彼ららしいのです。キスをされてパニくるガリー、頑なにライアンとは眼を合わせないガリー、ハァハァ。いつまでもベックスのことを忘れられないガリー。まあいいや、そのうちおれのよさもわかってくれるさ、なんてがっかりしつつ気楽に構えるライアン。最後のオチがとってもいいです。雨の中走って帰ろうとするライアンに、ガリーが「こんな雨の中濡れて帰れないだろ?」と言うと、ライアン一言。 「おれとデイヴィッドとの違いがひとつ見つかったな。おれは彼と違って、頭が濡れようが服が濡れようが、気にしないんだ」 もうすっごくうまいです、このギグシーとべっくすの対比……。 どうかhiro-chanがまたギグシー/ガリーを書いてくれますように(念々)。 ところで、「死に逝く者への祈り」へのご感想に、burnt moneyを意識しましたか、というご意見がありました。な、なんと! 言うのも恥ずかしい話ですが、私はこの映画を1年ほど前に見たのですが、どうやら影響を受けてたみたいですね。確かに今思い出すとけっこう似てる。主人公ふたりがスペイン系の強盗というあたり。潜在意識って恐ろしい。なんだかあちゃ〜って感じです。 ジョゼとミリートにはビジュアル的にはフットボーラーにモデルがいたりします。ジョゼは今日の日記にも名前があがってる人(笑)。もうひとりはブンデスの選手で、現実にはふたりの関係があまりに無関係で(ビジュアルだけ借りたので)恥ずかしいので名前の公表は控えます。でも今思うと、このふたりの容姿に惹かれたのもネネとアンヘルという映画のふたりの影響があったのでは、と思います。それとはまったく無関係ですが、スティービーにかなり似た男が出てきて犯されるフランス映画があり、この映画(フランス語のタイトルで忘れた)も潜在的に私に影響を及ぼしつつあるのを感じるこのごろです。コリン出演の名作「この世の果ての家- a home at the end of the world」にも潜在的に影響を受けているような気がします。一体どこが、と思われそうですが、たとえば「死に逝く者への祈り」のラストの方で、主人公ふたりが海を眺めるシーン、あの場面は「この世〜」で三人がグランドキャニオンを眺めてるシーンとだぶっているんですよね。いずれも私の中だけの話なのですが。 「死に逝く〜」の中に、BMの映画と同じシーンがあるわけではありませんが、でも確かに空気が似てる。書いている間、自分で気づかなかったのが驚きです。 私はRPSを含む洋画、海外TVシリーズのジャンルでずっと話を書いてきてちょっとばかし悩んでいることがあります。この機会にぜひ皆さんの意見をきいてみたいと思います。 その悩みとは、私は話を書く時にキャラを生身の人間を想定して書くので、どうしてもなんらかの形で現実のモデルに頼ってしまう、というもの。これはさほど珍しいことではないかもしれません。普通、作家さんが「このキャラは、俳優の○○みたいな感じかな」と言っても問題はないかもしれません。でも私はRPSを書いてきた経験から、「それではRPSと同じではないの?」と思ってしまうところがあります。 確かに、三人のタイプが同じ(別でもいいけど)役者や選手の特徴を掛け合わせた雰囲気、なんてキャラを考えもしますが、やっぱり場面を想像してるとそのうちの誰かが脳裏をちらつくんですよね。そして「これはイイことじゃないわ」と思うのです。 たとえばシャビのビジュアルを借りるとします。RPSになってはならんので彼がスペイン人だということやナイスガイだということは省くとします。確かに彼の生真面目さや黒髪に茶目の特徴などは、ちょっと頭の中で捻りを加えて「日本人の実業家」にできなくはない(少なくとも私のいかれ脳であれば)。でもそうして彼のイメージを借りた以上、書いていてキャラを彼と完全に切り離すことはかなり難しいです。逆に「日本人の実業家」というキャラを書くために、どんなビジュアルか想像するなら、普通の人は自分が知っている生身の人間を何人か思い浮かべて、「こんな感じにしよう」と思うのでは。さすがにそれをRPSとまで言う必要はないとはいえ、絵(漫画)で想像しない限りナマモノで創作するとそれは避けられない宿命なのでしょうか? 同じように書いている方はおわかりでしょうが、そうは言っても書いているうちにキャラクタは独立していき、私にしか見えないビジュアルの人になっていくこともまた事実です(絵心があればそれを紙に描き出せるかも)。狼のカールでさえ、多少そんな毛はありました。でもそれでいい、と納得してもいいのでしょうか。 BbMのアニー・プルーは、小説を書く時には地方紙の目立たない記事なんかから着想を得ることがあると書いていました。いってみればそれも同じです。モデルがあり、そこから題材をとる。でもなんだか、自分がやってることは結局RPSのような気がするんですよね。 少なくとも、シャビのビジュアルで、そのキャラの設定がバスク人のフットボーラーとくればそれはRPSです。じゃあポルトガル人のバスケットボーラーなら? 少なくとも、それでお金を取るべきではないでしょうね。難しいのはその線引きかもしれません。 そんな事をいいながら、ガリー受を書こうっと。
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