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2007年01月30日(火) 映画の簡単な感想と、改めてフットボールへの考え


昨日はDVDを二枚借りてきました。まず『グッドナイト&グッドラック』。おお、いい映画。素晴らしい映画。シンプルで落ち着いていて成熟した大人の映画。時代とその文化の香りのする映画。50年代の赤狩り時代を通し、現代アメリカのブッシュとその信奉者を痛烈に批判する映画。良識ある人間が常々感じていることを代弁してくれた堂々とした作品。でも、最後に期待をこめてエド・マーロウが言った事ですが、多分彼自身がわかっていたように現状はそれほど楽観視できないのでは、というのが私の考えです。最後に演説を聞く人々の表情をまったく映さなかったのは、彼らの顔が私たち観客の顔だという事だろうと思いました。話を聞いて、つまりこの映画を観て「うわ〜いやだ」「面倒臭いこと言ってる」という表情をしている人間が、あの聴衆の中にどのくらいいるのか、つまり観客の中にどのくらいいるのか(あの映画を観に来るような観客は意識の高い集団でしょうから実態はまた少し違うでしょうが)、それは憶測で判断することじゃない、とジョージ・クルーニー本人も思ったのではないでしょうか。ロバート・ダウニーJrが言う「もし我々が間違っていたら?」という問いかけも、とても共感を寄せられるものでした。

お次は『フーリガン』。おお、クソ映画。もちろんこの映画の原題は『フーリガン』なんかではなく、内容はフーリガニズムの実態を掠めてもいません。多分監督もその意図はなかったのでは。それをまた、日本の配給会社が都合のいいよう捻じ曲げてしまったのだ! しかしその点を差し引いても、観るべきところのほとんどない二流映画。女性監督は見るからにタフそうな人。私は元来そういう人は好きですが、男同士の世界を理解していることを示そうとして、その世界にどっぷり浸かって撮ってしまった表層的な映画。こういう映画を撮る場合は、その世界と一体化しても客観性を失ってはいけません。嘆かわしくも安っぽい台詞と展開の連続(まるで自分の小説を読んでいるようで嫌気が差した!)。エンドロールで流れる�爐海譴澆茲�しな"ヒップホップ。同じテーマを良い監督なら二、三段階高次元で扱えるはずです。これは私も最近になって気づいたことですが、良い作品には絶対にユーモアが必要で、それはつまり「自分を笑い飛ばせるくらい」のゆとりがあるという事です。この映画に客観性という観ているものがほっと一息つける側面を味付けできたのは女たちの存在だったと思います。チャントを歌いながらスタジアムへ向かう男集団を、何ばかやってんだか、という眼で見る女たちの存在です。あるいは、フットボールファンとしての意見ではありますが、選手たち。「まいっちゃうな、こいつら……」とヒいちゃっている当の選手たちの姿を盛り込んでいれば充分面白く観れるテーマです。ところが映画はあまりにも「真剣そのもの」。その真剣さが、観客を真剣10代しゃべりばを見ている大人の気持ちにさせてしまう。しゃべっている10代は真剣そのもので、彼らは大人になる前に直面すべき重要な時期にいるんであって、茶化す必要はない。でも大人の娯楽がその領域にとどまっていてはいけない。イライジャ扮する主人公の姉は、トロイのヘレン並に弱々しいネオンサインでした。

最近、自分が「ちょっと肩の力を抜いた」作品に惹かれるようになったのは、よく言うところの「丸くなった」ということなのかと思っているんですが、フットボールというのはまさに今の私の求めに応じてくれるぴったりの「存在」です。今、ぴったりの……なんだろう、と考えて結局答えが見つかりませんでした。フットボールがすでに私の中で単純にスポーツと呼べるものではなくなっている事は確かです。純然たるフットボールファンかと訊かれたら、自信を持ってイエスとは言えません。試合そのものへの関心は、フットボール全体への関心の半分も占めないんじゃないかな。むしろフットボールの文化としての側面に惹かれています。フットボール自体が文化とも言われるし、時には 世界最大の宗教なんていわれます。なんであれ単なるスポーツとは思っていません。でもひとつ言えることは、「笑い飛ばすゆとり」もなくフットボールやそれを取り巻く社会と向き合うのは滑稽だし危険なことだということです。宗教を笑い飛ばせない社会が危険なことと同じように。事実、戦争はフットボールのメタファーであり、それはごまかしようのない事実だと私は思っています。でも映画や音楽と同じように、フットボールを通して人生を理解するきっかけを得ることができる、とも思っています。フットボールは悲劇と喜劇を生み出す巨大な装置だからです。これはアレクサンドロス大王に興味を持ったことをきっかけに、歴史を学びながら獲得した考えですが、人間は争い続けるし、協調よりも競争によって利を得ようとするY染色体に定められた運命は今後も変わらないはずです。だから、フットボールにおける「相手を打ち負かそう」という暴力性を非難するのは、純潔教育と同じくばかげている。「人間はそんなもんだ」という事です。
時にはフットボールのどこがいいの? と言われたりもするし、フットボールファンはアドレナリンに駆り立てられて一時の低次元な陶酔感を得たいだけの連中だ、という眼で見られることもある。私もこの3度か4度巡ってきたW杯年に、女友達に「まったく興味がない」と(フットボールだけに)すげなく一蹴された経験があります。最初こそ私も子どもっぽくむかっ腹を立てたりもしましたが、今ではそんなことを言われる自分を笑い飛ばす余裕ができました。フットボールというものの位置づけが私の中で確立しているからです。それは映画と同じで、観て感動することもあるけど、そのすべてを現実と混同したり過剰に影響を受けたりはしない。そういったものは私にとって、自分の人生や、身辺的な社会や、国際社会を理解する手助けになっていて、自分の人生を豊かにするという点では重要なのです。だから、ファビオ・カペッロが「サッカーとはなにか」と訊かれて答えた「この世のくだらない物の中で、一番重要なもの」という発言は、実に言い得て妙だ、と思うのでした。

さて残念なニュース。兄弟の腎臓を移植したクラスニッチですが、拒否反応が出て再手術とのこと。深刻な事態に発展しないことを祈るばかりです。

コメントもこちらから。私が旅の途中で撮っただいたいが欧米の風景写真が表示されます(地味に交換してます)




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