熱は引きましたが咳がひどいです。週末までになんとかなるといいのですが。ふと思いついて、ダニー/マーティンのSSを書いてみました。そのうちサイモン/ライアンとか書き出すかもしれません! Clueless Danny/Martin PG 「起こしたか?」 瞼の向こうにうっすらと光を感じ、声が降ってきた。その瞬間、耳つまりが解消されて、気圧の変化のせいでずっと頭がぼうっとしていたことに、マーティンは気づいた。ボーイング777型機のターボファンエンジンの低く唸る音が頭の中心から聞こえた。狭いエグゼクティブ・シートに身体を押し込む飛行機の旅は快適とは言えないものの、彼らはギャレーのすぐ隣、非常口の前の座席に座っていたため、脚を伸ばせるスペースは充分にあった。機内は小さな窓のすべてに遮光板が下ろされ、夜のように暗く静かだった。ヘッドレスト越しに、乗客たちの後頭部が少しだけ見える。シアトルからニューヨークまでは、五時間のフライトだ。シアトル・タコマ空港を飛び立ったのは午後十時。離陸後まもなく眠りに落ちた彼に、隣に座る同僚が個人用のライトを灯け、こう尋ねたために、起きてしまった。「起こしたか?」 マーティンは無言のまま、正面を向いていた。彼らは少女の失踪事件の捜査のため、親権を失った母親に会いにシアトルへ飛んだ。だが、空港に降り立って三時間も経たないうちに、ニューヨークのジャックから電話が入り、娘がクィーンズのボーイフレンドの家にいるところを無事保護されたと連絡を受けたのだった。 ダニーは彼の口からその報告を聞いた。疑いをかけられた少女の母親を派手に怒らせた直後だった。マーティンが口にした「仕方ないだろ」という言葉が、何よりも気に入らなかったらしい。飲みかけのスターバックスのコーヒーに八つ当たりし、ゴミ箱に捨てた。 「何が問題なんだ」 マーティンは辛抱強い笑みを唇に浮かべていた。 「その顔だ」ダニーは眼を細め、ニヤついてみせた。そういう表情をする時の彼は、たいていひどく腹を立てているのだ。「気に食わないのはな、お前のその物分りの良すぎるところさ、フィッツィ」 マーティンも負けなかった。涼しい笑みを浮かべたまま言った。 「ニューヨークからはるばるシアトルまで、クロスワードパズルを解きに来た君には心底同情するよ」 ダニーは手にしていた新聞をぎゅっと握り、踵を返した。マーティンは、それがまだ半分も完成していないことを知っていた。往路機内でペンを走らせる同僚とは、事件のこと以外はほとんど話さなかった。そのかわりマーティンは、いつまでも埋まる気配がないタテの空欄を、横目で何度も確認していた。 帰りの機内では、さらに気まずい状況が続いている。ふたりは一度も会話らしい会話を交わしていない。離陸する前から、マーティン・フィッツジェラルドは腹を立てていた。ふたりのパートナーシップはシアトルで修復不可能なほど破壊された。というのも、マーティンにクロスワードパズルのことを指摘され、踵を返した直後、ダニーがふたたび戻ってきて何をしたかと言うと、彼を空港のパーキングエリアの壁に押し付け、唇に噛み付くようなキスを見舞ったのだ。 「その顔だ」離れたダニーは、ニタついて言った。今度の笑みは捕食者の笑みだった。「俺が見たかったのは」 二分後、ショックから立ち直ったマーティンは、チェックイン・カウンターで先に搭乗手続きを済ませようとしていたダニーに追いついた。 「大丈夫ですか?」彼の顔色に気づき、地上係員が尋ねたが、いつもの冷静さを取り戻して、大丈夫だと言った。 マーティンは腕時計にちらっと眼をやった。着陸まで、四十五分。隣からはタテとヨコのマス目にペンを走らせる音が聞こえてくる。パートナーは長い脚を組み、膝の上の皺くちゃの新聞に視線を落としている。このキャビンでは、ダニーだけが個人用ライトにスポットライトのように照らされている。 あんなことがあった直後に隣ですやすや寝息をたてていた俺のことを、彼はこの四時間どう感じていたんだろう、とマーティンは思う。眠っていた間に、ある確信がマーティンの中に根を下ろした――シアトルで起きた出来事について、ふたりが話し合うことは今後もないだろう。ニューヨークに一歩降り立った瞬間、無駄足に終わった捜査そのものと共に、あの事も無数の事件の記録を収めたファイルキャビネットの片隅に追いやられるのだ。 少なくとも今わかっていることは、ダニーのことをあれこれ考えるのはもうやめにすべきだ、ということだ。 彼は小さく溜息をつくと、言った。 「“脅迫観念”だ」 ダニーが彼の方を向いた。「なんだって?」 「そのタテの枠だよ。obsessionだと言ったんだ」 ハンサムなチカーノの顔にゆっくりと控え目に広がった笑みを、マーティンは首を捻って見た。彼も普段通りのしたたかな笑みを浮かべていた。だが内心、本当に可能だろうか、と考えていた。この男の唇の感触を完全に忘れてしまうことなど、できるだろうか。夢の中でさえずっと考えていたというのに? 「なるほどな」ダニーは紙面に視線を落とし、ペンを走らせた。それから、ふたたびマーティンの涼しげな目元に視線を返すと言った。「お前の言う通りだ、フィッツィ。いつだって俺は、お前にはかなわないんだ」 end
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