続きです。 読む方はまた反転でお願いします。
そんなくだらない話を二人で続けていたが、ふと愛羅が沙羅に訊ねた。
「沙羅、本当に良いの?」
主語の抜けた問いではあったが、それが先ほどテーブルにいた人間達の質問と同種の物を指している事は解った。 だから。
「良いのよ。彼とはもう話をしてるから。これ以上は必要ないわ」
微妙に引っかかる事を言われた気がして、愛羅が眉を潜める。 自分が覚えている限りでは、沙羅と彼女が長々とお喋りをしていた事はないはずだ。 喋ったとしても、多くの人間がいる中で二言三言、簡単な挨拶程度のもの。 先ほどの『男の人が苦手』というのは冗談だったとしても、沙羅が積極的に彼に近付き話かけようとしなかったのは事実。 そんな彼女がいつの間に?
「いつ?」 「え?」 「だから、いつの間にお喋りをしたのかって聞いてるの」 「愛羅? 何、怒ってるの?」 「……別に。怒ってなんかないわよ」
どう見たって嘘だと思われる態度に、沙羅は困惑する。 愛羅はこうして時折、唐突に機嫌が悪くなる。 いや、機嫌が悪いというよりも拗ねていると言った方が正しいか。 とにかく、その度に沙羅は何が原因なのか考えるのだが、どう思い返してみても心当たりがない。 今回もそれは同じで。 ひたすら困惑顔で様子を伺う沙羅に、愛羅は罰が悪そうに視線を逸らせ、同時に反省する。
(こんなのは私の勝手な感情。沙羅のせいじゃない。私もホント、重症よね……)
自己嫌悪。 でも仕方がないのだ。 愛羅にとって沙羅は唯一絶対の存在。 自分の命よりも大切な宝。 彼女が傷つくのを何よりも恐れるが故に、どうしても目の届くところにいて欲しいと思ってしまう。 自分が知らない事があるのがどうにも我慢できない。 知らないところで傷ついているかもしれないと心配になってしまうから。
逸らした視線をチラリと元に戻してみれば、未だにこちらをじっと見つめる沙羅の視線に出会う。 困惑はそのまま不安に変わってしまったのだろうか。 ゆらゆらと漆黒の瞳が揺れている。 その姿に、もう一度反省をして。 双眸を一瞬閉じ、諸々の気持ちをも閉じ込める。
「ホントに、怒ってなんていないって。ただ、いつの間に抜け駆けしたのかなーって思って。彼女達が知ったらブーイングどころの騒ぎじゃなくなるわよ?」
悪戯っぽく笑ってテーブルの向こう側を指差す。 相変わらず、彼女達の話題はこれからドキドキの対面を行う『彼』の事に始終していて、本当によくもまあ、話題が尽きないものだと感心する。 それだけ『彼』を想っているという事だろうが、そんな中で沙羅の問題発言をぶちまけたら、確かに愛羅の言う通り大騒ぎになるだろう。
「抜け駆けって……。そんなんじゃないわよ。ただ、昨晩偶然庭で逢っただけで……」
両手をぶんぶん振って否定する沙羅の慌てように、愛羅の笑みが深まる。 テーブルに手をつき、顎を乗せ、からかうような瞳はそのままに言い訳を聞いてあげましょうというポーズを取る。 恐らく説明をしなければ譲らないであろう彼女の態度に、沙羅は「あぅぅ…」と唸り、諦めて口を開いた。
「昨夜、私が眠れなくて部屋を抜け出したの覚えてる?」 「当然。ついて行くって言ったのに、キッパリお断りされましたから。覚えているわ」 「……」
(何だか、微妙に根にもたれてる……?)
その通り。
「それで?」 「う、うん。それで、外に出て月の光を浴びていたら、偶然彼が通りがかって……」 「喋ってたんだ?」 「ええ。でもそんなに長くは一緒にいなかったわよ? 彼も疲れてるだろうし、早く寝なさいって言って、先に部屋に戻したから」 「ふぅん……」
相槌を打ちながら、素早く計算する。 沙羅が出て行ったのが確か一時過ぎ頃。 戻ってきたのは三時を少しばかり過ぎていたか。 賞味二時間。 彼女の周囲の静寂が不意に破られてから、ざわめいていた時間は意外に長かった。 一瞬外に行こうかとも考えたが、とりあえず悪意は感じられなかったし、沙羅を取り巻く風達も大人しかったから考え直したのだが……。 偶然『彼』が現れたのだとしたら、恐らくその時だろう。 すると大体一時間くらいは喋っていたのではないだろうか。
チラリと沙羅を伺う。
訊ねれば素直にその時の会話の内容を再現してくれるだろうが、流石にそこまでするわけにはいくまい。 例え自分達が『繋がっていた』としても、あえて『外して』いた時は完全なるプライベートという事になる。
(あまりしつこくするのもね……)
それに昨夜も今も、特に何かがあったわけではなさそうだ。 だったら、このままサラリと流してしまっても構わないだろう。 まぁ…『七原秋也』と同じ顔をした『彼』と何を話したのか、非常に興味はあるが。
「まぁ、何にしても、彼女達には絶対に言わない方が良いわね」 「あはは……」
愛羅の忠告に、思わず沙羅は引きつった笑いを零してしまう。
(大丈夫。絶対に口が裂けても話したりしないから)
そう、心で誓いながら。
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