diary
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2007年06月04日(月) 若かりしころ

バトン受け取ってくれてありがとう!
言っとくけどサイトするのすすめたのは某Hヤちゃんの方が強力だったからね!あの人そそのかすの上手いんだ…わたしもいろいろ被害に遭っている(笑)
そしてお姉ちゃんはいつか実物のあなたに会うのを夢見ています。ちっこい生き物大好き!私にはとうてい持ち得ないステータスだもんね。




で日記の題名ですが、先日会社での雑談で高校の頃を思い出すことがあって、バトンでも書いた上によしながふみのフラワー・オブ・ライフを読んだのでいろいろ思い出しました。以下長くて超個人的な思い出なので、付き合っちゃるぜという方はどうぞ。

そういやあのバトン、「何クラス?」という質問があったけど、もしかして数のことだろうか…日本語は難しいな。高校は1学年10クラスでした。x3学年でだいたい1500人ぐらい。いわゆる進学校で、塾の先生には受かったのは奇跡だと言われたものですが、それはあながち間違いでもなく、得意科目と不得意科目が別次元のごとき成績だったので、トータルで順位は後半のそのまた後半でした。理数が壊滅的にダメで、数学は1年の1学期に10段階の1をもらって(もちろん10が最高1が最低)、三者面談で担任に予習とは、復習とは、ということを滔々と説教されたものでした。小学校の時は大嫌いだけど成績は悪くはなく、中学の時もなんとかスレスレでごまかしてきたが、もうその貯金を使い果たして高校の数学は全く理解できませんでした。今でもあの1につけられた赤い○は忘れられません。
ただ、そんな説教はされたものの(学年末に1をとると留年なので担任は焦ったのだと思うけど)、進学校のくせに基本的にほったらかしな校風なので、各学期の中間・期末テストと、年2回の実力テストぐらいしか大きなテストはなく、のんびりやってたように思います。自由という校風がウリで、先生方もあからさまに受験受験は言ってなかったように思います。
で、野放しなのをいいことに、好きな教科だけ勉強して嫌いな教科は手つかずだった私は当然のように私立文系でした。センター試験でさえ受けるの嫌だったんだ…。
あと、うちの高校での最大の特徴は制服がないこと。市内には私服校が3校あったんですが、その中でも一番校則がゆるゆるで、生徒手帳に書いてある「通学時に身につけてはいけないもの」
1.下駄
2.紙袋
だけだったんですねー。紙袋ってかばんがわりに紙袋で登校するなってことです。こんな感じでゆるゆるなんですが、不思議と変てこな突拍子もない格好をする子はほとんどいなくて、校則ない方がかえってまともな格好をするものだと今でも思います。自由だということは裏返せば自分で責任を持てということで、たとえば制服がダサければ(ダサいって死語?)制服のせいだけど、私服がダサいのは全て己のセンスのなさという評価でかえってくるわけです。特別お金をかけておしゃれじゃなくても、身だしなみが整ってればいいわけだし。でも制服はあった方が楽だったとは思います。当然大学にも制服はないので、学生時代で制服を着たのは中学の3年間だけというのはちょっとさびしい。

そんなこんなでのんべんだらりと3年間過ごして、得意の国語と歴史だけを武器に受験を乗り切ったのでした。文系のくせに英語もこれまた壊滅的だったので、客観的に見ておちこぼれだったと思います。それでもまあなんとかなるもんです。勉強ができるにこしたことはないけど、自分がそれでよければまあいいんじゃないでしょうか。そういえば今気が付いたけど、数学で1とって先生が焦ってたのは、進学校にありがちな「中学校のときは上位だったのに高校に来たら上には上がいた」という井の中の蛙ショックの方だったのかもしれぬなあ。まるで他人事のように聞いててごめんね先生。わたしはそこらへん全く無頓着だったんで、全然ショックではなかったよ。


柴陵子 |MAIL