てらさき雄介の日記
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2008年11月09日(日) 明治12年3月25日

日本の議会制度は良く出来ている。むしろ制度を活かしきれていない。また意図的に骨抜きにもしている。つまり�狄有瓩砲海縮簑蠅�あるのだ。

今日‘篤姫’を見た。王政復古の大号令が発せられ、元号が明治に変わったところだ。この後に続く民権思想の普及は、他多くの国に比べても急速で、かつ中身の濃いものであった。

第1回の神奈川県議会は、明治12年3月25日に召集されている。知事こそ政府の任命だが、議員は既に公選であった。憲法もなく国会もない時代に、既に地方議会が出来ていたことは驚くに値する。

帝国憲法の制定後も、着実に政治の民主化は進んだ。自説ではあるが、大正デモクラシー当時の民主主義は、世界最高の水準だったとも言える。天皇制度こそ批判は難しかったが、政府に対する野党の攻撃など今の比ではない。

その後、戦争の道を進んでいくなかで、民主化は大きく停滞していった。しかし大政翼賛会が設立されたときですら、その非推薦で立候補し議会で軍部を批判し続けた人もいる。尾崎行雄氏や三木武夫氏もそうだ。

問題はその後にある。実は日本国憲法下の60年間において、日本の民主主義が余り発展していない。選挙に出るには地盤・看板・カバンが必要。公党の公認候補を世襲で決めてしまう。密室料亭政治も横行している。

そして政治家と主権者の対話についても、政治家の公約違反を始めとする嘘と、主権者の意識不足によるあきらめとで、選挙そのものが不毛になっている傾向がある。

多くの先人たちが果たしてきた役割を、しっかりと受け継げねばならない。健全なる議会制民主主義の発展に向けて、更なる努力を積み重ねていきたい。

【今日一日】
終日 私用


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