てらさき雄介の日記
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〜以下引用〜
我が国現在の選挙界を風靡する傾向は、道理に傾聴する立憲思想にあらずして、「力」に屈服する封建思想である。
「道理はあっても少数ではだめだ」 「金がなくてはだめだ」 「政権を得なければだめだ」 「自分の地方さえよくなればよい」 「国家経済の都合はどうあろうと、無理にも早く鉄道を引いてほしい。学校を建ててほしい。道路・港湾を修築してほしい」 「議会で横車を押し切る力のある多数党に投票せねばならぬ」
これが我が選挙民多数の投票心理であるようだ。国家全体の上から、事の緩急得失も考えずに、各地方競って国費の分捕りを要求すれば、全国に亘り続々不急の事態が起こって、租税の増徴を必要するに至り、結局自分の負担を重くする事になる。
この明白な道理を弁えた選挙人なら、決して現在行われるような思想によって、あんな自縄自縛に等しい投票はしない筈だ。
〜引用終わり〜
これは大正14年刊行『政治読本』に掲載された文章だ。著者は尾崎行雄。長い文章の一部のみ今回抜粋したが、現在と言われていることは変わりない。
尾崎行雄は当時公選の議員だが、主権者に対しても主張するところが、今をもって偉人と称される所以だろう。
一方で、政治の責任はすべて主権者に帰結するのは当然で、それをあえて云々しないくらい民主主義が進化したとも言える。あとは私たち政治家が、どうやって結果を出し、それを主権者に伝えていくか。
例えばだ。道路特定財源の一般財源化は、最終的な予算総額の削減が目的。これに賛成している以上は、地元相模原の道路計画も見直さねばならない。議会内でのみ偉そうなことを言っていても、目の前におこっていることを無視しては何も変わらない。
【今日一日】 終日�犁腸餬覯未泙箸甅畉鄒�)/事務所
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