てらさき雄介の日記
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| 2008年01月18日(金) |
相模原とタイ首相の関り |
自民党加藤紘一代議士が、古賀派と谷垣派の合流について「“ノドにささったトゲ”がとれた」と表現。記事の内容よりも、このコメントが気になった。
私も相模原市内をまわっていて、ずーっと気になっていることがある。まさに“ノドにささったトゲ”だ。それは相模原で亡くなった方の話し。
大好きなタイ王国は、独立を長く保ったことで有名だ。周辺の国とは違い、欧米や日本の植民地にならなかった。
それでもかつての戦中には、日本の影響もあり親日政権が出来た。プビン政権だ。日本の敗戦後も政権は続き、1957年に政変により失脚する。
その後プビン氏は日本に移住し、1964年(昭和39年)相模原にて亡くなっている。このプビン氏と相模原の関わりを知っている日本人、そして相模原市民に会ったことはない。
各種歴史書にも記載はない。私も数年前に、「アジア映画に見る日本�供廚箸いΕ泪縫△碧椶�ら、この事実を知ることが出来た。
何故相模原に来たの?一体相模原のどこに住んでいたの?どこで亡くなったの?お墓はどこにあるの?
しかしプビン氏のことをいくら調べても、相模原という単語は出てこない。役所の市史編纂担当や、国際交流をしている団体の方に聞いてもわからない。
ついに記載のあった本の出版社に聞いてみるが、その当時の担当は既にいないという(真面目に取り合ってくれなかったのかも・・・)。
どなたかご存じの方いらっしゃいますか?教えてください!
【今日一日】 終日構想
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