てらさき雄介の日記
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2006年12月21日(木) 亡くなった先輩が語ること

万博中止の青島幸男さん、八墓村の岸田今日子さん、カンニング竹山の相棒である中島忠幸さん、多くの訃報をテレビは報道している。

そして今日の朝、ある訃報を目にした。今まだ昼だが、日記を書こうと思った。言い知れぬ悲しさ、そして感動・・。何と表現すればいいのだろうか。

亡くなったのは堀本崇さんだ。所要で横浜に行き、約束の時間まで間があったので、マックでコーヒーを飲んだ。その際近くのコンビニで買った新聞の“横浜版”に、『堀本崇さんあす偲ぶ会』とある。

亡くなったのは、先月10日のことらしい。場所はカンボジア。バイクの事故だ。39歳だった。

堀本崇さんは、明大雄弁部の2学年先輩だ。神奈川県に住まわれていたこともあり、何度か飲みながらサシで話をしたことがある。最後にお会いしたのは、十数年前だろうか。

その際先輩は、「ついにカンボジアに学校をつくることになった。これから現地へ行って最終調整する。」

私はまだ、学校を卒業したばかり。議員秘書に成り立ての頃だ。たった2年の先輩なのに、既に社会のなかで成果を出していることに憧れ、そして多くのことを教えてもらった。

記憶が正しければ、先輩がカンボジアを選んだのは、同国PKOの選挙管理官をやった経験からだ。アジアの発展途上国に、活動拠点を決めていたのだ。

さて新聞記事には、「多くの幼稚園、小中学校の改修、建設を手掛け、貧困子女のための職業訓練所、児童養護施設もつくった。」とある。また、「カンボジアで活動12年・・・」とも。

そうなのだ。先輩はあの時からずっとカンボジアで活動を続けていたのだ。亡くなったこともショックだ。しかし、その後消息を聞かなかったこともあり、この12年間の実績に涙の出る感動を覚えた。

更にこの先輩は、政治志望だった私に、忌憚ない意見をいつもぶつけてくれた。そのなかで、今でも忘れ得ぬ言葉がある。


寺崎「先輩は政治家になろうとは思わないのですか?」

堀本「それも手段かもしれない。しかし自分のやりたいのは、アジアの平和をつくることだ。発展途上国の貧困をなくしたいし、既に現地で子どもたちに向けた活動を始めている。そのためには政治家でない方がやり易いんだ。」


�狎�治家でないほうがいい�瓠�そう明言された先輩が、とても印象的だった。今思えば、こういう人こそ政治家になるべきなのだろう。

「自己顕示、名誉、権力には関心がなく、純粋な志の実現だけを考えていた。」同じ新聞に載っていた、ご友人の哀悼の言葉だ。

省みて自分。それなりに懸命に走ってきた12年間、果たして何を為したのだろうか・・・。

現在、選挙のみを考え、それが手段であることを忘れてはいないか。政治家でなく、選挙屋になってはいないだろうか。

自分が小さく思えた。3ヶ月後に立候補する資格が、本当にあるのだろうか。朝からずっと自分に問いかけている。

今日偶然目にしたこの訃報。既に亡くなっている先輩が、何かを私に語りかけている気がした。

ご冥福をお祈り申し上げます。


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