DOTFAMILYの平和な日々
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2010年07月08日(木) 武道家という言葉

私は武道というものをやった事が無い。武道どころかスポーツもろくにやったことがない。武道について学んだ事も無い。だから武道というものが本当はどういうものであるかは理解していないのだが・・・

大辞泉によると、武道とは「武士として見につけるべき技、武芸、武術」または「武士として守るべき道、武士道」だそうである。

現代に武士はいないから、剣道と柔道が武道になるんじゃないかな?空手は道が付かないから武道ではないのかな?それとも本当は空手道って言うのだけど長いから単に空手って言ってるだけなのかな?

でも道っつうくらいだから、華道や茶道と同じように、一つのことを極めようとすることではないかと思う。それはテクニックを学ぶことではなく、生き方を学ぶことだと思う。哲学でもあるのだと思う。

いずれにしても、一つのことを極めるのは簡単に出来ることではない。何かを極めようなんて、そんな大それたこと思ったこともないので、何かを極めようと努力している人を見ると無条件に尊敬してしまう。それは武道に関してだけではない。料理でも掃除でもゲームでも極めることは難しい。一つの事を極めようと努力し続けることも難しい。

剣道家とか空手家という人達は、剣道や空手を極めている人ではなく、極めようと日々努力をしている人達の事だと思う。料理家も華道家も同じ。何か一つの事を極めようと努力している人の事を〇〇家と言う。

と、私は理解している。従って・・・武道家という言葉は無い。武道とは元々「武士として見につけるべき技」なのだから、武士の道を極めようと努力している人の事を武道家というのかもしれないが、武士がいない現在に武道家はいない。研究者はダメね。〇〇家っつう人は実践者じゃなくっちゃ。武道から何かを学んで実践に役立てることはできるかもしれないが、武士自体は実践できんだろう?

と、私は思うのだが、間違っているだろうか?

何故こんな事を考えたのか、というと、愚息がよく「武道家」という言葉を使うからだ。最初は「舞踏家」と聞き間違えた。その後は「葡萄か?」と聞こえるようになった。愚息が使う度に「そんな言葉は無い!」と言い切っていたのだが、愚息が考え出した言葉だとは思えない。どこかで(多分漫画で)覚えたのだと思う。で、だんだん自分に自信がなくなって来た。もしかして「武道家」という言葉がいつの間にか出来てしまったのだろうか?

言葉というものは変わり続ける。絶対正しい言葉というのは、大多数が使っている言葉の事である。だから、「そんな言葉は無い!」と言い切る自信が無い。日本で「武道家」という言葉が一般的に使われるようになっているのなら、それは昔は無くても今は立派な日本語である。だから・・・「武道家」という言葉が載っているオフィシャルな辞書(が今は何かは知らないけど・・・昔は広辞苑だった・・・持ってない)があったら、誰か教えてくれないものだろうか?


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