乖離性人格障害(多重人格)が生じる一つのパターンとして、極度に大きな心的ストレスがかかったときに、本来の自分を守るためにスケープゴートの人格を作り出すというものがあるらしい。例えば、強姦の被害者が「強姦された自分」を別人格として自分から分離することで、自分自身を守ろうとするようなケースだ。
こういう場合は本来の人格が別の人格を意識できないんだろうけれど、意識的に別の人格の行動とすることによって、ある種の行為に関する罪悪感を軽減するというパターンもあるようだ。例えば、浮気をするのは自分の中の別人格で、本来の自分はそういうことをするわけではない、と合理化するようなケースである。
自分としてこういうケースの最大の問題と思うのは、さっきの例で言えば浮気を合理化する勝手さではなく、浮気を容認できない自分とそれをやめられない自分の葛藤の方である。浮気を容認できないからこそそれは別人格の行動だという合理化を必要とするわけだが、他人格の行動を意識できない場合とは異なり、いずれどこかで別人格の行動も自分の行動として引き受けなければならなくなって、その時に大変大きな葛藤が生じるのではないかと思うのだ。つまり、「別人格の行動」という合理化は、葛藤を先送りしているだけで解決はしていないのではないかと。
自分は心理学にも精神医学にも素人だけれど、多分、こういう人に必要なのは、浮気のような自分が受け入れられない行動を自分の行動として受け入れること、或いはそういった行動を本来的な自分との関係でも容認してくれる誰かなのではないかと思う。
願わくば、そういった誰かの見つからんことを。
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