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2022年09月08日(木)
* 何やら,毎日が面白くて… 76年8ヶ月も生きると,長かったようなアッという間のような。長くもあり、 短くもあり!が実感。それは、充ちていたような。生きた環境は、充ちていた。 太平洋戦争を家族10人と生き抜いた両親の庇護のベースが大きい。 両親共々、明治生まれで、大正、昭和、敗戦の時代をわたり歩いてきた。 子供時代に,その 苦労を垣間見ていたのが,生涯の価値観のベースにあった! 時代は激変するモノ… 浮き沈みの中で油断しないことが、二人の後ろ姿から 学んだこと。私にとって何ものにも代えがたいこと教訓になっていた。 現実は… それにしても、脇が甘かった。何とかなってきたのが,不幸中の幸い。 「これでさえ!」 ーー * 何が国葬かい! 「貧すれば鈍する」じゃないが、安倍首相の国葬… 何やら変である。 いや、それさえ気づかない政権の軽さが暴露してしまったということ! 語るに及ばないので… 岸田首相の政治家としての資質の問題。
・・・・・・ 7511,閑話小題 〜つれづれに …大相撲の話 2021年09月08日(水) * 大相撲も、あと4日で開幕 大相撲も、あと4日で開幕するが、白鵬所属の宮城野部屋が、ごく自然に… コロナ禍が発生して、所属力士全員が出場禁止になってしまった。今回の 延命は、これかと… 何ともシタタカである。白鵬と部屋全体にとって、目出度し 目出度しになるが、相手が白鵬という大横綱。 別に意図的とは言わないが、 何故か不可解感が湧いてくる。ニヤリとした白鵬の顔が不気味に浮んでくるのは 私だけでないはず。大災害が起こると、これ幸いと待っていた最貧困層の人たち。 大相撲の関取も、‘席取り’と揶揄されるほど、大部分が最貧層になる。 「ごっつあん」と、御大名、タニマチから集るしかないのが彼らの生活流儀。 二場所休んだ後に、三場所目に優勝か、準優勝をすればよい仕事など、そうそう ない。今場所も、白けた風見鶏が、館内を彷徨うことになる。抗して話題として 取上げて貰えるだけ… 卑しさの臭気が残る大横綱も考えモノ。 学生時代の知人が、東欧の嫁の卑しさの愚痴をいうのも解らないでもない。 ところで、自分は大丈夫かい…? 父親は、卑しい輩を「下衆」といって忌み 嫌っていたが! 朱子学の…知行合一とは、中国は明の時代、 王陽明が唱えた 陽明学の中心となる考え方の一つが <「知」と「行」は·バラバラに存在する のでなく、 もともと一つだ...> その点、遠い土地からきているモンゴル人の相撲取りは根性が違う。
・・・・・・ 閑話小題 〜安倍首相の辞め時のタイミングの良さ!〜2 2020、9月08日 * 少し時間を置いて鑑みれば… 2週間前の8月29日に<閑話小題 〜タイミングが良すぎ、安倍退陣>を テーマに書いていた。改めて考えても…<安倍首相の辞め時のタイミングが 良すぎないか!と見るのは私だけない筈。 アメリカ大統領選まで、あと2ヶ月。政権交代の可能性が大とくれば、それに 対応できる新たな日本の首相の首の据替も必要。 安倍首相が、居座り続けて、 アッサリと掌を反すには無理があり… で、猶予期間のタイミングなどを 考え合わせると、この時節の前もっての予定行動と思える政治的結果!である。 数ヶ月間の猶予をもった後で、違った首の掛け替えも… 敗戦国の哀しき 気遣いも必要。安倍もオリンピックを花道に引退の筋書も、コロナ禍で儚く 消えてしまった。 官房長官が、そのまま、首相に格上げならば、阿部と、 麻生副首相の院政になるのか? コロナ禍によるパンデミックも、衰える 感じがなく拡大している。これでは財政が逼迫して、国際関係も不安定になる こと必定! 本格的主流派が政権を把握し、パンデミック禍の混乱を乗越え なくては! 国家を国たらしめて運営する難しさを、このパンデミックは 問うている。 目先を無難に乗越えるには…『菅首相』で慣らし運転が必要。
―――― 2013/04/03 隠居大学ーよく遊びよく遊べ −2 『 隠居大学ーよく遊びよく遊べ 』 天野祐吉、お相手 横尾忠則 * 第一時限 ー猫の自由に学ぼう 横尾忠則 横尾の『猫の自由に遊ぼう』が面白い! 気の向くまま、飼主に気兼ねする こともなく、自由気ままに時間を過ごす。これを御隠居と二重合わせにしている。 専業主婦の家庭は、亭主が犬型で、主婦が猫型に自然になっている。 家内をみると、つくづくと猫の生き方を見て取れる。亭主は会社で赤くなったり 青くなったり。しかし、猫型の主婦は、給料を持ち帰ってくれれば、我関せず。 亭主は、リタイアー後も猫になりきれず、切れた首輪をつけたまま外をうろつく。 元何某の肩書きなど何にもならない。リタイアをして新しい環境に直ぐに適応 するために、長年かけた準備が必要になる。 以下の対話は、なかなか面白い。 ≪ 天野: 猫型人間とか犬型人間とかいうが、誰にでも心の中に両方を養って いるじゃないかと。子供の頃は、だいたい猫型の方が偉そうにしているが、 大人になって組織の中で働くようになると犬の方が成長していく。 横尾: 猫は、僕にとってアーティストの見本です。猫は妥協しないし、 犬みたいに尾っぽを振らない。自分に忠実で、他人に忠実でない。 アーティストは自分以外に忠実になっていけないのです。 天野: ぼくの場合ですと、二〇年前にふっと気がつい。自分の内側をのぞいて みたら犬ばかり肥大していて、猫は息も絶え絶えになっていった。動物虐待 もいいところだなあと思って、それから犬的部分の猫に栄養を与えるようにして。 そして猫が元気を取り戻してきたら次第に「なんで真面目に働いでばかりいたんだう。 こんなことのたために生れてきたのか?」という思いがどんどん強くなってきたん ですね。そして、これって、多くの隠居候補の人に気持ちに近いと思う。 世の中のルールに従うことも、あるいは働くことも大切なんだけど、でも隠居 生活を送る上では、猫の自由をもう一度学びなおす必要もあってよいんじゃないか。 それで『猫の自由に学ぼう』を隠居大学の校訓その一にしたいと思ったんです。≫
▼ 私の中の犬猫は、首輪をつけたままの野良犬と野良猫。一応、自由に放飼い をしていたが、何時も喧嘩ばかりで、札付きの嫌な奴である。どうも酒を飲むと、 表立って出てくるから困ったもの。 青年期までの猫、成年期の犬、そして老年期 に猫に戻るという説が何とも珍妙である。両者とも野生動物を人間に都合の良いよう 改良されたもの。「犬は家につき、猫は人につく」というが、今さら男は新しい 人間関係の構築は難しい。縦社会で生きてきた男達は、横社会には向いていない。 家では嫌われ、紐のきれた首輪をしたまま街中を彷徨うか、猫を被るしかない。 誰?それ!
―――ー 2015/10/13 野良猫と、飼い猫、どちらが幸せ?
飼い猫と野良猫、どちらが幸せだろうかを考えるとき、野生ライオンと、 動物園のライオンの、どちらが幸せかを考えれば直ぐ答えが出るだろう。 初めてケニアのサファリ・ツアーで、野生ライオンを見たときの驚きを今でも 鮮明に憶えている。動物園のライオンと全く違ったサバンナの野生ライオンは、 全身張詰めた緊張でオーラが漂ったような空気を張巡らせた。 動物園のそれは、緊張感のない、虚脱した飼犬のような動物。猫は数千年かけ 野生の猫を、飼い猫に人工的につくられた。そのため、飼い猫と野良猫を比べ、 飼い猫の方が遥かに、長生きするし、適応しやすい。飼い放しの外猫と、 卓上の猫と、どちらが「猫らしい」のか考えると、難しい問題になる。 このことは犬にも言えるが、話が長くなるから止めておく。 で、人間の生き方を、飼い猫か、野良猫の生き方から考えると面白い。 人間が人間たらしめているのが、「言葉」という情報手段の獲得である。 そして、それを記録する「文字」の発明。これで間接情報を子孫代々に 書き送ることが可能になった。そして、今ではネット時代である。 それが、プラス面だけでなく、マイナス面でも働くため、問題は大きい。 人間は元々野生猿が進化した生き物。野生猿と、文化的側面を持つ人間の 両側面を持つ存在である。結果として、文明・文化を身に付け、本性は野生味 を持って人生を全うする生き方が人間らしい生き方になる。 人+間で人間。 人の間で生きていくしかない。 野良猫の世界では、猫間の自然ルールがある。 飼い猫のように御主人様の顔色を窺がっていればよい世界とは違う。まずは餌! 新たに会社を立ち上げる創業は、一見、面白そうだが、実は野良猫的要素が 絶対必要条件になる。新規事業や、独立の相談を何度か受けたことがある。 サラリーマン人生の人なら、大方、「飼い犬が野良犬になる覚悟があるかどうか を何度も自分に問いかけて、その覚悟がありなら、24時間、寝ても覚めても、 目標に邁進すればよいですよ」と進言する。大部分が、野良猫、野良犬の言葉で、 心中、怒ったり、迷いが出る。覚悟がない限り、創業など、大小にかかわらず、 するべきでない。他人の失敗のあげ足取りをしていた方が飼い猫的で無難。 ある某フラのOB会らしき飲み会の隣席で、その話題の質の低さに、唖然とし 聞いた。 何もしない、できなかった老壮年達の傷の舐めあいも、飼殺しされた ?系の恨み節となると、哀愁を超えた煉獄の地響きそのものになる。
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