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2022年09月04日(日)
* 何故か世界は不思議な事態に この何とも言えない不思議な感覚とは何かが説明不能なところがある。 ロシアの断末魔の醸し出す空気だろうか・・・ 政治的には私レベルでは解説不能? ロシアが最後の導火線を平然と踏み、さあ、如何する?と挑発しているような 危険な状況。北朝鮮を親指人形として試行錯誤した上の下地があるため、強かだ。 プーチンも、このまま引っ込めば政治的には消滅してしまう。ドウナルコトカ! ロシアにとって日本が狙い目! アメリカに魂の何を抜かれてしまった国。 ー * 参議院選挙は、自民党の惨敗に? 岸田首相も、こおのちょっとした判断ミスで混迷を招くことになった。 ロシアのプーチンの汚れた空気の影響である。保守本流も濁ってきた。 誰がみても、吉田、佐藤と比較可能の人物ではない。それも数段である。
・・・・・ 7507,閑話小題 〜菅首相の不出馬について 2021年09月04日(土) * 名官房が、名首相たり得なかったわけ参議院選挙は、自民党の惨敗に? * 何処の世界にも、トップと参謀役者は違うもの。菅官房長官は合格だが、 名首相たりざるを得なかった。 影役者(参謀)が、表舞台に現われたら、 その黒光りが消え失せてしまっては、何にもならない事例として末代まで残る 逸話になる。それと、オリンピック開催を中止できなかったことが致命傷! 安倍政権の負の遺産に押し潰されてしまった。横浜市長選で、大物?保守系 候補が、ことごとく大敗したのは、民意を無視したため、次期総選挙の 保守系の大敗は明らか。 ―― * 菅首相、辞任へ 自民総裁選に不出馬表明 〜「選挙との両立は莫大なエネルギー必要」 まずは、ネット記事より… < 菅首相は安倍政権を官房長官として約7年支え、安倍晋三首相が持病悪化で 辞任した後の昨年9月16日に第99代首相に就任した。新型コロナウイルス感染 拡大で、対策が後手後手だと批判を浴び、内閣支持率が低迷していた。 > ― ▼ 解らないでもないが、野党が酷い。この混沌とした中では、小池都知事でも シャッポに巻き込んで連合を組むのが筋立てとしてベストだが、このコロナ禍 では、苦労を背負いこむことに…。それなりのバックが必要になるが、彼女には ドダイ無理の話。 問題は安倍が残した問題の残務整理。オリンピック開催と、 コロナ禍を乘り切るエネルギー。それをカタチとして提示して、処理をするのが 政治家の役割。コロナ禍で弱体化した国内の経済を立て直した上に、コロナ禍の 災害からの復興… さて如何なることに! さらなる動乱に入ってしまった! 繋ぎで、これなら勝てそうな石破、河野辺りですか。
・・・・・・ 7113,閑話小題 〜失うものは何もない ―2 2020年09月04日(金) * 身近な人の…‘失うものは何もない’ 身辺に、「失うものは何もない、その先に宝の山がある いけー!」ような 人物が存在する。 私が知る限り、幸せという面から右に出る人はいない。 宝の山は「楽しいコト」。 日祭日以外の8割方は、ジムとか、友人とつるんで、 昼飯に… 雨が降れば、録りだめのビデオか、iPadを黙々とみて、晴間を考える 準備になる。とにかく、毎日が楽しむためにあるような! 時どき注意をすると、 「家で暗い顔で鬱鬱としているより、ズーット良いでしょう!」と言われれば、 返す言葉もなし! 擦り込みが少ない為、失うものはなし! その先にある 「宝の山」で楽しむのが至極当然のような。 高級料理などの拘りはなく、 格安のランチの食べ歩きで充分。ただ、地味な零細企業の長女のため、時代の 流れに敏感。特に「コロナ禍」には敏感。とはいえ、生活実感が全くなし。 誰の心の中にある?…『私は特別な存在!』が、過剰なだけ! これは彼女の 家系から発生している。10年程前に亡くなった母親が、同様。…そうなるには、 それなりの理由があるとしても『こういう一生もあるんだ!』を地にいっている。 私も何時の間に身についてしまった? ‘何があっても、まず逃げ道を確保する 生き方’がベースにある。 それが、限界を決めてしまう欠点があっても、 本来さほど、人間は強くはない! ― * 異常事態が正常とは、これ如何に? この数年来、秋口に過って無かった天変地異が起る! オゾン層破壊による 温暖化が太平洋の海水を吸い上げ、東南アジアに災害をもたらすケース… 時の権力者は、その事実から目を叛けて、対策に消極的。権力基盤に大した 利益にならないためだ。そして、この様である。これだけは、甘んじて受容する しかない事態! としても、人類は何をしているのだろうか! 〜台風を検索すると… 【 台風は、そのエネルギー源は海から蒸発した水蒸気。熱帯地方の海に強い 日差しが照り付け、海水温が上昇すると、海水は蒸発しはじめ水蒸気となる。 その水蒸気は暖まった空気とともに上昇し、上空で冷やされ、再び水に戻り、 雲になります。水蒸気は水より大きなエネルギーを持っているため、水蒸気から 水に戻るときに余分な熱を吐き出します(凝結熱(ぎょうけつねつ))。 この凝結熱がまわりの大気をさらに暖め、連鎖的に海水の蒸発を盛んにさせて、 台風は自力でどんどん強力に発達していきます。 こうして発達した台風は、 ひとたび日本に近づくと暴風・大雨・高波など甚大な被害をもたらします。 そのエネルギー量は莫大で、一説には一個の台風で4500京ジュール(ジュール とは熱量の単位、1ジュールはおよそ0.24カロリー)に達すると言われている。 これは世界で使うエネルギーの約一カ月分に相当するといいます。 】 これだけのエネルギーを陸上の水蒸気から得ることは極めて難しいため、台風は 陸地で発生することは無く、海水の蒸発が盛んになる海水温26度以上の海域で しか発生しないと考えられます。 】
・・・・・・ 6746,読書日記 〜「魂の」思想史 ―2 2019年09月04日(水) <「魂の」思想史/ 酒井健著 > 投稿者の概略が内容説明より明快であることが多い、 その一例である。もっとも、この本の、何れのページを開いて読んでも、 大元に直接、繋がっているような感じがする。良い本とは、えてして、 そういうもの。 そこで試しにページをランダムに開いてみた。P38である。 その紹介は後半に紹介するが、成るほど、深く立ち入っている。
〜Amazonのフォロアーの感想より〜 ≪ ◉ 大きな魂の現れに魅せられた思索者たちの言葉に感じ入る 2015年6月10日 「大きな魂の現れに魅せられた思索者たち」を手がかりに、哲学者・芸術家 といった人たちの言葉を、著者が気の赴くままに訪ね回る本です。 扱われるのはソクラテス、ゴッホ、ニーチェ、ボードレール、ヘーゲル、 シェリング、ノヴァーリス、ピカソ、岡本太郎、中谷治宇二郎、三島由紀夫。 この人達は心の底から湧き出てくるなにものかに魅せられ、独特の思索を 残しました。統一的な思想があるというわけではありません。 しかし言葉の節々からエネルギーがあふれ、もやもやとした何かと格闘し、 その結果社会とは折り合いが悪くなった人が多く取り上げられています。 彼らを魅了した「もやもやとしたもの」は短く簡潔な言葉では十全に表わす ことができないものであると言えます。それをタイトルでは「魂」という 漠然とした言い方にしています。
・ゴッホは内なる心に愛を求め、外に対しては自然界に神の現れを見出し ましたが、悲劇的な死を迎えました。 ・ニーチェは常に近代人としての自覚をうちに秘めながら、それでいて近代人 からすべてをなげうって外へと踏みだし、すべてを受け入れる運命愛をめざそう とします。 ・シェリングは啓蒙思想と古典主義に反発し、情念の自由や特殊性・不定形な ものを賛美しました。自然界とは常に変化し人間を放浪するなにものだと考えた。 ・岡本太郎は近代を相対化する視点を身につけ、例えば恐山で賽の河原において 生命全体の現れを見出します。
近代の合理主義的な思想とは異なる、もっと大きく根源的で不定形な神性 すら感じられるもの。それらについて思索者達の言葉が引用されながら、読者 を深い大きなものへと誘っていきます。「魂」の概念は漠然としていますし、 扱われる内容も難しくはありますが、読み終えた後は漠然とした大きなものを 感じ取ることができると思います。≫ ―― ▼ ―魂を実体化するカルヴァン(p38)― 《『プシコパニキア』の中でカルヴァンは、人間の魂について、それまでの キリスト教の不確かな見方を正して、はっきりした実体を与えようとする。 <他の者たちは魂の実体とは認めるものの、生命力といったものにすぎず、 動脈や肺の生き吹きによって動かされていると。そして魂は、肉体なしで、 生きられないため、人間が全面的に甦るまで、肉体と共に死んでいる、という。 だが、私たちは、魂が一つの実体であり、肉体が死んだあとも感覚と知性を しっかり具えて生きていると主張する」(「プシコパニキア」) … … かってユダヤ教徒やキリスト教徒がアニミズムの霊魂感から神の魂を、 人間の知性、感性に基づいて実体に立ち上げたように、彼はいま、人間の魂を 人間に照らして明瞭な実体に、形ある生命体に、仕上げようとしている。 しかし、それもゴッホの教会のように、そのような人間の作為も滅んでいく。 ユーゴの言葉を借りるなら、様ざまな宗教は過ぎ去っていくが、神は在り つづけていく。その神とは、人間界と自然界に見られる生と死のとめどない、 反復で、強いて言えば、そのような反復をもたらす生命力でしょうか。》
ということ。私たちの個々は死んでも、神様は生き続けていくということ。
・・・・・・ 6017,ルネッサンス 2017年09月04日(月) * 近代の始まりは、「ルネッサンス」から 14〜16世紀は中世と近代の境目で、哲学ではデカルト、芸術ではダヴィンチ、 ミケランジェロなどが活躍。テーマの「ルネサンス」は、中世の微睡みを打破 する「文芸復興」を目指す運動をいう。 〜ネット辞書によると〜 ≪ 14〜16世紀のヨーロッパ社会の転換期に起った革新的な文化運動。 renaissanceは「再生」を意味するフランス語だが,「文芸復興」と訳される ことが多い。ギリシア,ローマの古代文化を理想とし,それを復興させつつ 新しい文化を生み出そうとする運動で,思想,文学,美術,建築など多方面に わたった。まずイタリアで始ったが,それにはいくつかの条件が働いていた。 ひとつには北イタリア諸都市の経済的繁栄があったこと,またこれら諸都市が 古代のギリシア,ローマと同じように都市国家の構造をもっていたこと, さらに地理的に古代文化の伝統を伝えるビザンチンやイスラム世界に近接して 接触が多かったことなどである。ここでは市民の現実的世俗的感覚がキリストや 聖者をも人間化する志向を生み出し,ギリシア,ローマの古典やその美術的様式 が尊重され,独特の市民文化が育っていった。この市民文化は特に都市の支配層 である富裕な上層市民の要求に支えられ,ヒューマニズム (人文主義) の立場が 貫かれていた。しかし諸都市のコムーネ体制が衰えて,より広い領域を支配する 君主国家が発達するにつれ,ルネサンスの性格も変化した。15世紀後半から文化 は市民的性格を失って,君主の保護のもと宮廷文化的性格を帯びるようになった。 そして後期ルネサンス文化の中心地であったローマで 1527年に起きた略奪事件 (→ローマの略奪 ) で,イタリアのルネサンスは終息したとされている。 ルネサンスの運動は 16世紀にはアルプスを越えてフランス,ドイツ,イギリス, ネーデルラントなどヨーロッパ各地に広まり,それぞれの文化的伝統および 社会的状況と結びついた独自のルネサンス文化を生んでいく。アルプス以北の 特徴の一つは聖書の研究を通じて信仰の内容を問いかけたことで,これは宗教 改革に連なる面をもった。 ≫ ― ▼ 近代化で欧米文化が底上げされ円熟した19世紀は、近代と現代の境目の世紀。 芸術(とりわけ、音楽、絵画、文学)の世界に大きなうねりがやってくる。 その400〜500年前に近代の夜明けが「ルネッサンス」で、背景には経済的繁栄が ある。その現代も、21世紀辺りから情報社会の到来で大きく変化を始めだした。 インテル社の共同創設者であるムーア(1929〜)が、<半導体の集積密度は18〜 24カ月で倍増し、チップは処理能力が倍になっても更に小型化が進むという法則> を提唱したが、これが加速をして現在に至っている。これは、10数年で、1000倍 の処理能力になるが、ユビキタスとして周辺にも普及し、便利な生活用品が日々、 向上している。その最たるものが、TVや、スマートフォン、タブレットなどのPC。 そのことは、ここで繰返し取上げてきた。何故に、「ルネッサンス」かといえば、 当時の「新大陸発見」と、現実社会を覆って出来た情報化社会と、似ているため。 近代、現代の境目と同様の新しい時代の到来が、情報化社会である。混乱は、 「再生」を孕んだ新たな価値観を模索する材料を提示していると見ればよい。 行き着く先は、「2045年問題」か、はたまた、何か? 今世紀を待たずして、 世界は消滅していくのか?「ルネッサンス」の様相の中に鍵が?「良質な妄想?」
・・・・・・ 6383,読書日記 〜哲学と対決する ―4 2018年09月04日(火) 『哲学と対決する』デヴィット・エドモンズ著 ウォーバートン,ナイジェル著 * ソクラテスだね ◉ ジョナサン・グラバー ソクラテスだな。彼の意見を多くを取入れてるからではないんだ。彼が全てを 発見したからだ。哲学をやっている人は皆そうだけど、僕も、ソクラテスが 発見した方法を使って教えている。 ・まず、「これについて、どう思う?あなたの意見は?」と人々に問いかける。 ・次に、最大限明確にするように要求する。「あなたが言いたいことは、こう いうこと、あるいは、ああいうこと?」。明確になったら、正反対の例がある ことを提示する。「それは君の見方だよね。だけど、このケースにこんな原理 を当てはめて考えてみたらどうだろう。君には思いもよらないだろうけど」。 それが哲学の方法さ。素晴らしいと思う。 ・更にソクラテスは狭い学究的環境に自分自身を閉じこめず、市場に出て人々 に語りかけた。彼はチャンスさえあれば、フィロソフィ・バイツをやってたんだ。 私の意見では、あまりに多くの哲学者が哲学を一種の秘教的専門問題として 扱っている。それは大きな損失だよ。 ◉ ディビット・エドモンズ ソクラテスが上記の言葉を述べるに至った流れを軽く説明します。 まず生きるに値する人生というのは「善い」人生であろうと想定します。 ただ生きるのではなく善く生きるべきだと ソクラテスは言っています。 それでは「善い」というのはどういうことか?それは「悪い」ということが 分かった時に初めて その意味がわかります。そしてソクラテスは「善悪」とは 何かもっというと正義とは何かということを考えます。 そして 「善と悪は相対的ではない」という結論に至ります。私はこれを初めて読んだ時 (多分中学生でしたが)「ソクラテスは何を言ってるんだろう?善悪なんて 相対的に決まってる」と思いました。あることが「善いor悪い」というのは 畢竟するに社会が決めることです。極端に言えば殺人でさえ戦争中は認められ 勲章すらもらえます。これはその社会が殺人を善としているからに他なりません。 その他のことについても善悪は基本的に社会がきめているはずです… それならば社会や政治によって変わる「善悪」は当然相対的であって絶対的な 善悪なんてあるはずないと私は最初にソクラテスを学んだ時は考えていました。
◉ マイケルサンデル 一時期、正義とは何かでブームになったハーバード白熱教室の マイケルサンデル氏の著作にあたると分かりやすい説明があります。 ソクラテスは「善と悪は絶対的だ」と主張します。(何故か気になる方は 本をお読みください)そしてそれは「問いかけと推論」を通じて見つかり しかもその時初めて道徳と知識は結びつくのだと言います。 (私の最初の考えは「問いかけ」不足です。) ということは「問いかけ」をしない人生というのは「無知な」人生で 「道徳を欠いた」人生ということになります。それは「善き」人生ではなく 生きるに値する人生ではないということになります。 よって最初に書いた「吟味されることのない人生など生きるに値しない。」 という名言になるのです。
・・・・・・ 5651,閑話小題 〜SJの現場で! 2016年09月04日(日) * チャレンジ5! 二回目の最終日に
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