| 7,819,閑話小題 〜何とも老いは悲しいものよ! |
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2022年08月13日(土)
* 最近に深く実感することは! 何度も書くが・・・ 私の場合は70歳が、老化のターニングポイント。 その5年前に事業から、撤退していたのが正解であった。年齢とともに、弱い 部分が問題になる。人生は、健康年齢が70歳。80歳辺りが丁度良いようだ。 3年前に、かなりキツイ腰痛に見舞われたが、健康なら長寿も悪くはないが、 手負い獅子のように、よろよろ、してまで生きるのもと考えてしまったが、 その年齢ごとに見えてくる世界も、それなりに味わいがある。 今では、Youtubeがあり、画像が深く難しい問題の解決をあっさり 導いてくれる。とにかく70歳以降も面白い! そして、今後も面白そう。 少なくとも健康年齢として、生きられるなら
。。。。。 7485,閑話小題 〜雨音が聞える盆の早朝も珍しい 2021年08月13日(金)
* 盆の朝参りのため、一時間ほど前に起きて… 一昨年の秋口の腰痛から3時半起床を5時にしてから二年程、経過した。 朝のポタリング(ミニチャリ)の習慣を取り止めたためである。 20年以上も、真面目に、材料探しを含めて2〜3時間は集中して取り組んでいる。 それで、このレベル。一度、書込んだエネルギーは、パックとして残るため、 充実感が確かに残るため、止めるに止められない。後年の自分の視線が、自らを 鼓舞させてくれる。逆に甘さも付きまとう。毎日、自分と向き合うのは、剥き あうがごとし!の面白さがある。そして今朝は例年のごとくに、親戚などの3ッ の寺の墓参り! 私にとって、これも非日常になる。いや、これも日常である。 ―― * お盆の朝に、コロナ禍を考える… ◉ 考え方として、この未曽有な災害では、目安を5年ベースとすればよい。 デルタ株が現在の感染拡大を加速させており、終息のあては全くみえない。 これは地球規模の大災害であり、政治的思惑を除外すべき案件。原因は温暖化 問題であり、数十年前から解っていたはず。解決には、やはり手付かずに 放置していた期間が必要になる。とはいえ、目先の感染拡大対策。 百年前のスペイン風邪と、第一次、第二次世界大戦、世界恐慌、大震災などの 要因を乗越えていかなければ、ならない断層になる。その辺りを、凝視して判断 しないと、一瞬で現在の日常が消え去っていく。その圧力はまずは弱者に向う。 ◉ 実のところ、二度のワクチン接種で、このコロナ禍を乗越えたとした判断が 甘かった。来年には三度目のワクチン接種が必要らしい。 感染者が当初は、 基礎疾患を抱える老人が主流だったが、デルタ株は、青少年も呑込んでしまう。 ワクチン接種の普及さえすれば… の甘い期待が損なわれてしまった。 これは後遺症が残るため、問題は深刻であり、理想的終焉が期待できない。
・・・・・・ 7091,閑話小題 〜お盆ですか 2020年08月13日(木) * 毎年、欠かさず盆の墓参り 例年のごとく、長岡の大手通り(元・丸大前)に、2日間だけ盆花の特売が出る。 価値からいって、通り相場の半額のため、この10数年は、そこで必ず購入する。 売れているのだろう、行く先ざきで、「ここもか!」と見かける。 まず宮内の母方の2つの墓参後に、近くの本尊の墓に献花し、参るのが慣わし。 昼か夕方は兄夫婦と、酒を飲む。今年は昼間… 数年前までは、近くの父方の従兄が仏前に参りに来ていたが、近年に亡くなり、 兄夫婦以外に誰も来なくなっている。 大宮に住む次男一家も、会社から…「今年は県境を超えないように」と達し、 里帰りは取止め。寺も例外なく不況が直撃。法事も時代の趨勢で取止めの上に コロナ禍が直撃。 寺の御布施は半減か3分の1辺りか。存続の問題もでてきた。 ― * 寝ても醒めても、「世の中」 当然のことだが、…TVも話題も「世の中、マッコロ闇!」 コロナ疲れが 出ても、これだけはパンデミック。嫌が応にも目を叛けることが出来ない。 最大の問題は、その規模。3〜5年の一過性か、30〜50年規模か。ある科学者は 「リーマンショック」以上、「スペイン風邪+第一次・第二次世界大戦」未満と! 私は10年前に「リーマンショック+東北大地震」で倒産したので、その破壊力 を直撃した経験から、このコロナ禍は、スペイン風邪+αと直感じているが、 如何だろう? その直感を信じて思い切った決断を計るべきか…、いま暫く、 趨勢をみるか? それ以前に、事前の一策を打っていたかの問題もある。 ― * 中国… チョッと変? いや非常に変! このコロナ禍で、一番、拙かったのは中国の初動。武漢閉鎖が遅すぎである。 アメリカのトランプも、当初は軽く見ていたのは明確。その責任を互いに擦り つけようとする様は滑稽とさえいえる。今回の日本的大移動の「盆」の催事。 流石に、国民的巣篭りが徹底されようとしている。これだけ脅かされれば、 お盆催事も、消滅! 行くところも限られるが、巣籠も堂々とするば、これも 悦なもの! 300本のブルーレイの録り溜も、かなり減ってはきてる。
・・・・・・ 6724,閑話小題 〜今日のひと言… 引き籠りの意味 2019年08月13日(火) * 「べきオバケ」と、「べきエンジェル」 「オタク」の原因は、両親の、「普通であるべき」「世間常識であるべき」 や、仲間内からの「差異」に対する無理解からの虐めが起因することが多い。 「子供は親に従うべき」「良い学校に入り、良い会社に入るべき」「バランス のとれた相手と結婚すべき」等々。これで動きが取れなくなる。 人間は、自惚れがあり、自らを冷静に判断できない。これに「べきオバケ」が、 絡みつく。 しかし、それがエンジェルの役割をする要素もある。 「べきエンジェル」の外装が、「べきオバケ」であることが多い。それに気づく のに数十年も要することが多い。 私の兄姉たちは、太平洋戦争を跨いだ青春 時代を生きていたが、そこに、大きな価値観の変容があった。その時代の大家族 が生き抜くには、父親の絶対的存在が必要であった。戦前、戦中、戦後の時代の 変遷の中で、その都度、「…であるべき」という縛りの変化は、仕方がなかった。 家族主義は、国家体制の変動の何れの時代の前提条件になっていた。上の七人の 兄、姉たちを末っ子の立場で見て、「べきオバケ」にガンジガラメで縛られた 彼らは、自分の数年先の道標であり、先行の姿が、リアルに見えていた。 それは、家風として必要だった半面、お飾りの商品とした枠が大きく、それぞれ を縛りつけていたようだった。その鬱憤が、他者に向けられているうちは良いが… 20歳の頃、「創業を目指す!」と、夏休みの宿題を真面目に受け止めたレポート を提出した。「兄・姉たちは、反発したが、私は、父親のように生きたい!」と。 これが、「べきエンジェル」への転換だった? しかし、私にとっては、 立派な「べきオバケ」ということ?は、数羽のブラック・スワンの出現で、 アッサリと化けの皮が取れてしまった。「べきエンジェル」の縫いぐるみも、 なかなか着心地が良かった。 自分自身も魂の上に肉体という縫いぐるみを 着ている存在でしかないことを意識せざるを得ないから…。 大方の人は、 その縫いぐるみに、リタイア後に初めて気づく?。いや、それさえ気づかない? 『天皇』という御職業。縫いぐるみもいいところ。国家の象徴という縫いぐるみ。 誰かが着なければならない代物。 国家の祀りごとの重要な役割になる。 さしずめ「べきオバケ」が政府なら、皇室は「べきエンジェル」ですか。
・・・・・・ 6361,閑話小題 〜つれづれに、お盆の朝 2018年08月13日(月) ◉ 昨日の朝、例年、恒例のとおり長岡駅近くの大手通りアーケードの、 臨時売場の「お盆花」を買ってくる。これは早朝のポタリングの帰りに偶然 見つけた穴場? スーパーで、1000円以上はするのが、600円×4束で2400円。 ここで買い始めて10年は経つ。さて、三か所のお寺廻りに出発だ。 ところで、本家筋の家が昨年、「絶えた」と… 発達障害の息子が独り身で…、 5年ほど前に一度だけ法要の席で同席したことがあった。葬式の知らせがあれば 出席したのだろうが。 寺廻もあって3時半に起床して、これを書いているが、 4時45分、何故か、雨が降ってきた。直に止みそうだが… 涙雨ですか、これ。 まず仏壇に参って、ポタリングは急遽中止、寺廻りだ。このアップは、この後!
◉ お腹が少し出てきて気にしていたが、ここ数ヶ月で体重が2キロ近く増えた。 週5日、通っていたSJ通いを週4日にして運動量を減らしたことと、暑さで、 水分を倍近く?摂取したため。早朝のポタリングは、雨の降らない限り欠かさず 続けているので、太らないと油断したこともある。また暑さで食欲低下より、 何故か食欲増加もある。 特に、モナカのアイスクリームに美味しいのが多い。 物欲、性欲、自己顕示欲などで、満たされるのは食欲のみ? それも牛丼、 カツ丼、回転寿司でお茶を無制限に飲めば、然もありなん。ここで自動的に コントロールするのが、これまでの習慣。猛暑の一事例が、これ!
◉ 先週末、川西の牛丼屋で昼飯。1000円札を出すと、「レジに何故か札が入ら ないので「他の札にして貰えますか」と。その瞬間、客が一斉に偽札か?と、 注視された。新札と入替えるとスンナリと入った。その後の映画館の自動発券機 では入金することが出来た。何だろう、あれ!
・・・・・・ 5264,徹底した自分主義 〜ニーチェ「超」入門〜 2015年08月13日(木) 〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著 * 徹底した自分主義 人間の遺伝子の基本は「エゴ」である。イエスでさえ「自分を愛する ように、隣人を愛しなさい」と。他人を愛する前に、まずは自分を愛せよと。 18歳までに、家庭や学校などから洗脳された固定観念を、壊し始めるのが、 大人への第一歩。そのためには、「徹底した自分主義」に徹しないと、あれらの ように、同一化された従順の羊になってしまう。 まあ、何も考えずに、世間様 におさまって、何も気づかず一生を終えるのも一つだが。何故なら、その範囲し か知りえないのだから。その外は、知らないのだから! 〜その辺りから抜粋〜 ≪ 処世術や、倫理や道徳、これは、してはならない、人には優しく、親切に、 等々、これをさらに細分化されて実践的なものになったのが、ノウハウとか ハウツーというものだ。それだけではあきたらず、特定の現場でもっとも有効な ハウツーすら出てくる。それがマニュアルだ。生き方、商売、セックスさえまで マニュアルが用意されている。何をどうやるのか。なぜ、自分で考えて自分なり に実行しないのか。世間の目がそんなに怖いのか。あるいは罪悪心を持つのを 恐れているのか。それとも、自分で考えることすらできないのか。 たぶん、教えられた通りにやればうまくいくという迷信が蔓延したあげく、 真理のように信じられている? 教えられた通りに勉強しておけば、テストで いい点数がとれる。それをくり返してきたあげく、考え方が固ってしまっている。 だから、学校の成績のよかった人はもろい。挫折すると立ち直りにくい。 人生は固定観念を習う時間ではない。自分が生きていく時間であり、自分が 生きていく場だ。頭と行動を固定観念で染めてしまうと、自分はいなくなる。 自分の中に古い他人がたくさん詰まっているだけだ。そんな人に個性などないの も当然だ。定年を迎えた人が「第二の人生」と称して、俳句、絵画だのエッセイ だのを始める。誰もプロになれない。下手な俳句、下手な絵画、下手なエッセイ。 なぜ自分が下手なのか理由さえ知らない。その理由はシンプルだ。固定観念で 物事にあたっているからプロになれないのだ。俳句とはこういうものだ、絵画 とはこう描くものだ、という固定観念しか頭の中にないのだから仕方がない。 人が何かクリエイティブなことをして成功したいのなら、必ず概念、固定観念、 常識といったものを超越しなければならない。名人や芸術家というのはそれを 果敢にやってきた人々のことなのだ。固定観念の再現とか人の真似事がクリエイ ティブであるわけがない。誰もの固定観念にある何か、ではなく、自分の中に ある何かを表現することがクリエイティブというものだ。 多くの人が忘れがちになるが、この世に、生きていくこともクリエイティブ なことだ。つまり、多くの人は自分を生きずに世間の人々を生きている。 だから、こういうことをすれば隣近所はどう思うだろう、親戚から白い眼で見ら れないだろうかと危惧するのだ。自分の中に道徳も価値も基準もタブーもない。 そういった精神を支えるものすら、世間に依存する。これでは、自分を生きて いる、といえない。したがって、この一回限りの人生を本当に生ききりたい のなら、自分主義でいかなければならない。自分が自分のルールを決め、 自分がその責任をとるのだ。人にいわれたことをするのではなく、自分の意志と 計画で行動するのだ。そういう生き方は他人から見たら、わがままで自己中心 主義に見えるかもしれない。自由奔放で、掟破りで、アウトローに見えるかも しれない。けれど、そういうふうにしてこそ、自分というものが掴めるのだし、 自分の能力を発揮できるものなのだ。それが他人にはわからないかもしれない。 いや、わかる人はまだ少ない。誰も理解してくれないどころか、世に認められ ないかもしれない。しかし、いつか必ず、それが斬新なことだと認め称賛して くれる人が現れる。でも、立ち止まってはならない。さらに自分主義で行く。 突っ走るのだ。これこそ、新しい時代を運んでくる人間の生き方なのだ。≫ ▼ 20歳時に、「創業の人生」を生きると決めたと同時に、自動的に「自分主義」 が、確定した。その一点が、価値判断になった。当時、ある人に詰られたことが あった。「ガチガチの個人主義者!」と。純朴な当時の心の奥の決心が、それが 見える人からしたら、そのまま‘その言葉’になっていた。 今からすれば、 それはそれで良かった? それほど、創業の決心は重く暗く、圧し掛かっていた。 4年前に、それらから解放された時の、心の軽さは、想像を遥かに超えていた。 そして現在、違った意味の人生からの解放への「自分主義」に向けて歩みだした。
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