| 7803,閑話小題 〜『統一教会』… さてお出ましになりました! |
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2022年07月12日(火)
* なりを潜めていた統一教会… このところ、なりを潜めていた『統一教会』が、姿を現してきた。 <統一教会>も、オーム教の陰に隠れて成りを潜めていたが、阿部首相の暗殺 事件で表立ってしまった。その辺の事情を検索すると… ドロドロした深い闇が 垣間見られる。犯人と教会の深い闇が何とも深い! 宗教の問題は、死に関する魂の治まりどころなればこそ、解釈の問題になる。 日本には、日蓮宗?の創価学会の問題もあり、あまり深く関わりづらい…
〜まずは、統一教会を検索すると… ≪ (世界平和統一家庭連合(旧統一教会)とは、宗教学的には「キリスト教 系の新宗教」だが、伝統的キリスト教はキリスト教とは認めていない。) 教会の会見では、次のことが述べられた。 ・容疑者の母親が信者なのは事実。1ヶ月に1度ほど行事に参加。 ・献金額については、20年前のことであり把握できていない。 ・容疑者家庭の破たんは把握。詳細は把握していない。 ・団体への恨みから殺害に至るまで距離があって困惑。 ・教会に心ない電話、メディアからの心無い取材攻勢を受けている。 ・警察の捜査には全面協力。 ・報道については正確、公正、客観的、事実に基づいてと要請。 私達には、信教の自由が与えられている。世界平和統一家庭連合(旧統一教会) は、創立者である韓国の文鮮明氏こそがメシアであるとしているが、誰を救世主 と信じても自由だ。どんな集会や活動に参加しても自由だ。 しかし同時に、どんな団体も、欺瞞(人の目をごまかし、だますこと)や マインドコントロールなどは許されない。 一部の問題ある団体のために信教の自由が脅かされてはいけないが、宗教の 名乗れば何をしても良いわけでない。そこから、悲劇が生まれることもある。≫ ―― ▼ 犯人の思惑を考えると、わからないでもない側面がある。こうでもしないと、 家族、自分の人生を完全破壊された積年の恨みを晴らすことができない。 相手はなる手の寄付を目当てにした新興宗教団体。世間の注目を集めるには、 このくらいの手段が必要。母親の心の傷は、深く浸透する… 親鸞の世界… ところで、今更だが何と、己の軽さである。
・・・・・・ 7454,閑話小題 〜 光陰、矢の如し 2021年07月12日(月) * 人生のドン詰まりに 後期高齢者になって、半年が過ぎ去った。半年前の境目辺りに、腰痛が出て 寝込んでしまったが、やはり甘い現象でない。連れが先に亡くなったら、独り、 住まいも、現実生活には厳しいはず。足腰が弱った事態は、何とも気力が弱る。 都会の暮らしで、独り取残された古老は、何とも侘しい気持ちになるのだろう。 同年代の3分の1が鬼籍に入ったが、それも死ぬべき時には死ぬが良かろうと… この年齢の、孤独は、甘くはない。良い悪いは別として、古来からいわれて いるように連れとは己が先に立つ方が良いみたいだ。とはいえ、少しでも残照を 味わいたいもの。 医者で、学生時代の知人を遠目で見るにつけ、その侘しさは、 何とも哀愁に満ちている。 ―― * 名古屋場所も、後半に入りつつあるが… 今年も後半に入り、大相撲も、二人のモンゴル人が優勝を競っている。 最期は、白鵬が優勝を勝取るのだろうが、序二段から復活してきた照乃富士も 可能性が大である。若手の阿炎、琴乃若、王鵬、若隆景、琴勝峰、豊昇竜など 有望力士が目白押し。何とか白鵬から、その次世代に繋がれそうだ。 照乃富士は、その繋ぎになる。 ここで、大リーガーの二刀流の「大谷翔平」が、100年前のベーブルースを超え ようとする実績を出してきた。国内外では、オリンピック以上のフィーバー? 別に国威表明が箱物建設の利益が有ったとしても、それに求める必要も なかったことになる。営々と築かれた国力も減少し… 考えることもないが!
・・・・・・ 7059,閑話小題 〜新宿ねずみ −1 2020年07月12日(日) < 歌舞伎町 ラストトーキョー はぐれものたちの新宿 2019-08-12 | ドキュメンタリー > * 新宿ネズミの母 何とも時代がかった味わい深いドキュメント。去年の今頃に一回目が放送 された続編…。歌舞伎町という歓楽街の世界を生々しく映し出す。母親も娘の 質問に生なましく本音を曝け出す。また他の店の御客の本音も含まれる。 歌舞伎町の水商売の実態が垣間見れる。行場のないハグレ者が集う街。 その底知れぬ歓楽街の生々しさが、…追い詰められた経営者の母親の本音が、 娘の撮るカメラから直に伝わってくる。デレクターの娘も本気で質問。 母親も、それに応える。 8人兄姉の末っ子で、両親に溺愛された反面、兄姉から、その分、 虐めがあった。両親の身近で本音を聞いて育ったため、この母子の本音 の対話には… 何やら既視感のような不思議な感覚があった。 3〜4年で8割の店が入替る街、歌舞伎町。そこにはドラマが生まれてくる。 恐らく、一年後には、現在進行形の店の閉店? が放送される? それが現に日本中、世界中に起きているのでは… 〜NHKの番組紹介より ≪ 新宿で一番古い麻雀店を45年にわたり経営している番組ディレクターの母。 新型コロナの感染拡大で店は開店休業状態に。もう閉店するしか道はないのか 何十年も共に働いた従業員はどうなるのか… ある夜母は家族を前にして決断を語った! 何とか生き延びようと奔走する 経営者の4か月に娘のディレクターが密着。思わず弱音をこぼし涙する母、 毅然とした態度で決断を告る母… 日記形式で記録したセルフドキュメンタリー 〜デレクターの一言〜 私の母は、新宿で老舗の麻雀店を営んでいる。ところがこの春、新型コロナ の影響で経営がピンチに!番組ディレクターが、翻弄される母の4か月を記録 した“新宿ダイアリー” NHKの30代女性、ディレクター、柏木映絵が母の これまでの人生を撮る、というちょっと珍しい、ドキュメント。100分。 母を去年と今年にわたり2年取材した。二人の会話、姿も映る。 ≫
―― ▼ 娘に母親が、「娘に自由に生きて欲しいと言っていたが、現実は縛りつけて いた。」の言葉が真に迫っていた。子供には苦労させたくないと、先生を何人 か付けて学ばせ、小中校の時に、一度も遅刻をさせなかった。それも自己満足」。 母親の語る言葉の何れも、飾りがだけ、心に響く。時どき合間にゴミ箱のネズミ を映し出すが、これが母親のイメージとピッタシ。.…確かに生き抜くのは大事業! 〜つづく ・・・・・・ 6692,閑話小題 〜つれづれに哲学 ―本当に頭が良い人とは? 2019年07月12日(金) * 本当に頭の良い人ってのは! 世の中には、頭が良い人が実に多い。それ以前に… 「それにつけても、自分の頭の悪さよ、カッパエビセン」である。 頭の良い人とは、「難しい言葉を簡単な言葉に変えて、相手も、自分に対して 理解しやすく出来る人。 自分の語彙の豊富さをひけらしたり、難しい言葉を 使って頭が良いと思いもしない人。 1、難しい言葉や言い回しを避けて 2、相手の視点を意識でき 3、例え話を多用でき 4、習慣力を応用でき、 5、努力、準備を楽しみまで持ち上げる力を持ち 6、何事にも興味を持ち得て、「日々是好日」が身に付いている その第一歩が、心の底から、ソクラテスではないが、「自分ってのは何で、 ここまで頭が悪い!」っていう自覚。 それじゃあ、あの本当に頭の良い人 ってのは、何ゆえに、自然に身に付いているのか? やはり、環境からくる ものじゃ、ないのか? 本当にバカに関しては、直ぐに自覚できるが… ー― * 中二病があるそうな… 『中二病』って言葉を初めて知った。 ネット検索によると… <中学二年頃の時節の「自分は選ばれし特別な存在」という自己愛が暴走し、 周囲の感覚を超越した自分になろうとする病。これを源として、現実的に不可能 な世界に憧れたり、逸脱的な趣味・嗜好を顕示したりする>と。誰もが心の底に、 持っているが、周囲の言動から、自己修正をせざるを得なくなり、自然消滅? するもの。今でも堂々と、「私は選ばれし者」と、公言する者がいるが… これは、存在論になる。私が此処に存在するのは偶然か、必然か? フランスでは、その中二に「哲学」の科目を与えられているとか? 第二反抗期ともいわれ、扱い一つで、人生が根底から破綻する可能志を含む、 誰もが通る道。 今では誰もがスマートフォンを手に出来る時代。それ故に、 不安程度が高まる危険性がある。そうこう考えると、親の責任は、より大きく なっている。 そこで、その具体的症例を調べると、これ面白い! それは、後でテーマにする。人生、振返ると危険な爆弾の山の繋がり。
偶然だが、脈絡として丁度良く、去年の文章に続く。 ・・・・・・ 6329,閑話小題 〜何でまた、17年もかけて… 2018年07月12日(木) * ネット社会は、小さな物語の公開から
『複数の小さな物語の作成と読返しで、内省する日々ですか…』とブツブツ、 ここで呟く日々。 毎日、TV、タブレット、パソコンなどのデジタル世界と、 現実世界?では、スポーツジムと、早朝一時間のチャリ遊覧の日々。 その合間にベッドか、居間で横たわる。『17年、ほぼ休むことなく、6300テーマ を書き続けるのは何で?』と、書いている私自身でも度々、疑問に思うこと。 このバカバカしさが面白いから、ただ、それだけのこと。 日々キャッチした情報をブログに記録し、クラウドしてしまえば、何時でも、 何れの場所でも、そこにアクセスできる上に、他者に公開することで、その利益 を共有することが可能になる。 そこは「サテライト・オフィス」そのものにも。 とすると、スマ―フォンと、ブログの普及は大きな物語の終焉を意味する。 ブログは、個々の複数の小さな物語の創作と公開そのもので、それがネット上で 地球上に公開される。このことを、リオタールは、著書『ポスト・モダンの条件』 (1979年)で、かってのマルクス主義のような近代を特徴づける大きな物語の 終焉を説き、複数の小さな物語の時代としてのポスト・モダンの到来を予告した。
《 近代すなわちモダンの時期における思想文化は、進歩や革命、あるいは 人間主体の解放といった「大きな物語」で自分を正当化できると思っていた。 しかし、そうしたイデオロギーは、歴史的にみて、ソ連の崩壊で終焉し、複数 の小さな物語が主流を占めるとし、ポストモダンの到来を予告した。 哲学や科学が目指してきたもの=自己実現、人間の解放、人類の進歩など 人間や社会を根本から変えるような「大きな物語」の終焉をむかえた。 20世紀前半の第一次、第二次世界大戦と、後半のソ連の勃興と崩壊とともに、 決定的に大きな物語そのものは凋落してしまった。現代とは、互いにバラバラで 異質のままのローカル言語ゲーム同士が、整然たる秩序に組込まれることなく、 混在しあう時代。これらの小さな物語を調停する新しい価値基準はもはやない。 むしろ必要なのは、安易に既成の価値観によりかからない、様々な異質のもの 同士のせめぎあいに堪えられる強さを持つこと。》(『世界の哲学・思想』より) ― ▼ それぞれがスマートフォンを持ち歩き、写真や、ビデオを撮影し、互いに 遣り取り出来る時代には、大きな物語より、身の回りの小さな面白い写真や、 映像に対し、人々は反応する。何事も一万時間の集中した時間の投入がベースと いうが、私は、その二倍近いエネルギーを投入してきた。で、日々の経験を そのまま飽きもせずに… 成るほど、これが私のベースであり、限界でもある。
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