堀井On-Line



7618,閑話小題 〜人生は、深いほど、味がある!

2022年01月05日(水)


   * イジメっ子
 クラスに数人は必ずといるほど苛めっ子は存在する。家庭内に問題があり、
捌け口がクラスの弱者。父親が粗暴で、母親がフォロー出来ないことが多い。
手加減を知らない為、それは熾烈極まりない。その熾烈さに誰も刃向かえない
ため、非難できない。父親が急死をしたり、住居環境が崩ているケースが多い。
苛めっ子の人生をみると、神が与えた因果応報でヤクザなど、そのままが拡大
するなど惨憺たる人生が待っている。 地元社会から出て、開放されると思い
きや、社会には、より熾烈な虐めが待っている。虐めは、社会的格差をつくこと
が多い。般若の面は、格差虐めの極限の怒りを表情という。 8人兄姉の中の
末っ子で、両親の膝が逃場しかなく、要領よく、その場を確保していた。
その場が無いと、即座に攻撃が入ってくる。
 苛めっ子といえば、家内が苛めっ子! 私が虐められっ子の構図。
その位で済んでいるのだから、仕方がないのか! ヒネルわけだ。
 ―
   * いやに懐かしのメロディーが聞えてくる
 TV番組に昭和の時代の音楽が聞こえてくる。最近、明治、大正時代の音楽
に絞った歌謡曲が… 浅草の神社で、その時代を象徴した服装の3人を中心に、
勝手に参加している?数人を加えて直立で独唱している。…昭和年代を中心に
した浅草の住民と思われる人たちが涙を浮かべて聞いている。その投げ銭で、
維持しているようだが…。 その二部会場が近くに設定されているようだ。
100人位の立ち見の会場は、タイムスリップしたような錯覚さえ感じられる。
私の生れた時代の少し前の歌謡曲のせいか、魂の世界そのものとも想い受ける。
これもYouTubeがあればこそ。西欧?の何処かの繁華街で、ジプシー?かと
思われる少女がバイオリンを奏でながら踊っている。それが、何とも絵に
なっている。パンデミックで、密になれない為に、仕事にあぶれてしまった
一家だろうか…? 何とも解釈可能だが、その横を、裕福そうな少女たちが、
バイオリンのケースを背負い無言で通り過ぎていくのが、何とも言えない対比
が絵になっている。でも、少女は、この上なく嬉しそうに、その場を盛り上る。
もしかして、その少女は、有名演者の可能性もあるが故に…

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6141,読書日記 〜「続・下流老人」 ー3 サイレントプア問題
2018年01月05日(金)
           <続・下流老人 一億総疲弊社会の到来・2016/12>
   * サイレントプア    
 何事も皺寄せは弱者の方に行くが、多問題家族や、シングルマザーの貧困層
だけでなく、都会と地方格差の問題がある。青森や沖縄など地元大学関係者など
の話に、「うちの地方など‘貧乏が普通の状態’がある。それ以前に、自分の
貧乏すら気づいていない。誰も声を上げない貧乏を‘サイレントプア’という。
過疎化など人口の50%以上が65歳以上の高齢者になって冠婚葬祭など社会的共同
生活の維持が困難になっている集落を「限界集落」という。跡継ぎもおらず、
高齢者が地方に一人だけ取残される現象は‘家族消滅’の象徴である。
私を含めた姉・兄の甥姪の地元在住は、私の長男の一人だけ。あとは首都圏。
 高齢化にともない、年金補助金不足から、政府は、「一億総活躍社会」と囃し
たてているが、女・老人も極限まで働け!ということ。誰が還暦過ぎても働い
ものか。例外はいるが… お金が、あればこそ面白いが、金欠なら、話は別。
要するに‘高齢者の働かない自由’が奪われた社会になることを意味する。
生涯現役社会が、本当の豊かさの訳がない。

   * 介護難民の増加 〜下流介護難民
 それぞれの人生の格差が、そのまま上流老人と下流老人の格差が生じるため、
ことは深刻。グレードの高い老人ホームの一時金だけで4億のものもあるという。
逆の「下流老人」は、実に厳しい状況になる。それを改善する手立てのサービス
は、現金ではなく、現物支給でなくてはと、著者は強調する〜
『 …つまり一律の現金給付では‘個々人の生活の必要’に即した弾力的な
制度運用ができない。簡単な話。『車椅子をあげます』という時に、障碍者の
ふりをして車椅子を貰う人はいません。でも、『現金であげます』といったら、
障碍者のふりをして現金を貰おうとする人はたくさん出てくる。現金と現物は
違うのです。だから普遍的ニーズを満たすために現物支給をすべしと言っている
のです。』 スペインやギリシャで生活困窮者への食事提供をTVで放映していた。
 誰もが下流介護難民の可能性がある。死んでしまえば、それも解消される?
「長生きをしたくもあり、したくないもあり…」生きている故に言えることだが!
  〜で、以下に続く
・・・・・・
5044,生と死をめぐる断想  ー1
2015年01月05日(月)
    『生と死をめぐる断想 』岸本 葉子(著)
 * 死をそばに感じて生きる 〜団十郎の辞世
   ー 色は空 空は色との 時なき世へ ー
 以下は、序文の冒頭の内容。日本人の2人に1人の割合でガンになり、
3人に1人の割合で亡くなるという。高齢化で、ガンになるまで、死ななく
なった結果、死を意識する時間が長くなったこともある。今では死に関する
知識を、一般の人が、ネットなどから死生観を収集したり、表現できる機会が
増えている。 ー まずは序文の冒頭からー
≪ 2013年2月に亡くなった歌舞伎俳優の市川團十郎の辞世の句だ。
 葬儀の場で長男の團十郎のパソコンに残されていたという。
詠まれたのは前年の十二月、亡くなる数ヶ月前である。
 色は空(そら)、空は色(いろ)との 時なき世へ、と海老蔵は読んでいた。
この句に接し、『般若心経』の中のあの一節を思い浮かべる方は多いだろう。
色即是空 空即是色。それに寄せて読むならば、冒頭の句は、
 色は色(しき)空  空(くう)色(しき) との時なき世へ、となる。 
色はかたちあるものと、ひらたくは言われる。空は空っぽ、何もない、という
ことか。空しい、ということか。かたちあるものは実は何もない、空しい、と
教えているのか。そうではない。(略)・・ このことは追々深めたい。
時なき世とは。時間のない世。時間を超えた世。超時間性は永遠と言換えられる。
それは、この世に対するあの世なのか。この「時なき世」が團十郎の句では
「色は空空は色」と「との」でつながる。「との」は、と言われる、とか、と
聞いている、の意だ。色即是空、空即是色とかねてより聞いている時なき世。
「へ」は方向を示す助詞である。色即是空、空即是色とかねてより聞いている
ところの 時なき世へ、自分はこれから行くのである。團十郎の死生観を
表す句と言える。(略)・・ 團十郎が、死を前に遺した五七五が、芸についての
教えでなく死生観の表出だったのは、私には少し意外、けれどもすぐに理解できた。
團汁郎は長く血液のがんを患っている。治療の副作用による絶え間ないめまいと
吐き気を無間地獄と、あるインタビューでは曝えていた。何度も再発入院し、
骨髄移植をしていた。・・・≫
▼ 色を「しき」と「いろ」、空を「くう」と「そら」と、息子が間違えて
 言ってしまった可能性もあるが、真偽はわからない。栄華を極めたあと、
とたんの苦しみの死際の言葉であればこそ、心に響く。 即興の辞世!
 《 色即是空 死んでしまえば それまでよ 空即是色 》 
・・・・・・
5409,新年に ー「過去」は過ぎ去らることはない
2016年01月05日(火)
   *「過去」はわたしを忘れない  〜『貧乏の神様』柳美里著
 芥川賞作家の柳美里の『貧乏の神様』の中にあった言葉。
現役時代の「森の生活」の時節は、過去は遠い彼方のように思っていたが、
還暦を過ぎる「サバンナの生活」に移行したころから、以下のように
過去への心象風景がチョイと変わってきた。 〜その一節より
≪ ・・「過去」とは、過ぎ去った時間や事柄を示す言葉ですが、
 わたしは、「過去」は決して過ぎ去らない、と思うのです。
自分が2つの足を置いているその場所に、過去は地層のように堆積し、
精神が地震に遭ったように揺らぐと、足元に亀裂が走り、地層(過去)
が露出する――  放浪の最中に、わたしは何度も過去に待ち伏せされ、
過去の落とし穴に足をとられそうになりました。
 わたしが過去を忘れても、過去はわたしを決して忘れない。
過去が更新されて「今」になるのではなく、過去は過去のまま
更新されるのです。未来は全て過去にある、という言葉の意味を、
40歳を過ぎて噛み締めています。≫
▼ <過去を忘れても、過去はわたしを忘れない!>
<未来は全て過去にある> の言葉が先の少ない時節の胸に刺さる。
 秘・異郷を中心に50回のツアーに行った先のどこかが、TVの旅番組で、
毎日のように現地レポートされる。その度に、それぞれの記憶が露出し、
その体験した記憶に、新たな現地の映像が加わっていく。この随想日記も、
早朝に15年分を読み返していると、過去からの声が、それぞれの同月同日の
「いま、ここ、わたし」の声が、ざわめきのように「いま、ここ、わたし」
に語りかけてくる。 葬式で、故人の決して後味が良いだけでない思い出が、
心の足元を揺らがすことがある。サバンナ(御隠居)の生活では、有り余る
時間の中で、過去の堆積物から思いもよらないフラッシュが沸いて出る。
あの暗い老人は、その暗黒の堆積物の暗部に引き込まれた結果である。
「因果応報」「因縁」というが、隠れている過去は、何かをキッカケに
表立ってくる。それが現在か、近い将来になるかでしかない。
 人生とは、過去という荷物を担いで、一歩一歩を独りいく道のりである。
・・・・・・
5774,閑話小題 〜シェルター内事情
2017年01月05日(木)
   
   * 居間から寝室へ重点移動
★ 一昨年の11月に寝室のTVにWoWoWの二台目契約をした上で、ブルーレイ
 を入れて13ヶ月、経過した。 居間では外界の音が入ってくるが、寝室は、
ほぼ無音状態。この間の録画数が300本を超え、限界状況の表示が出てきた。

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