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2021年11月01日(月)
* 衆院選挙の結果は、現状維持を望んだ マイナス50議席と予測していたが、終わってみれば10数議席減。保守党から すると、勝利の範囲?で何も変わりはしない。国民の老化からみると、現状維持 が当然! 周囲の中・露・北朝鮮などの独裁国家化すれば、良しとするのは解ら ないでもない。 清潔好きの国民性もあるが、パンデミックをベストに近い対応 したと認めた選挙結果になる。民主主義は、選挙結果が全て! ◉ これまでの因縁が絡む地元5区は、元県知事の米山氏が当選。その結果、元市長 の森氏が消え去ったが、結果として引き時を誤ったことになる。 箱物行政も、 これで終了ということ? 時代の変化である! 次の選挙は、来年の参院選挙で、 まだまだ、選挙は終わってない。 ◉ 心理的効果を狙って、来年ンには3回目のワクチンの注射… これで終わって くれれば! 仮死状態の世界と日本経済も何とか生延びることが可能…? とは言え、今までのとおりに戻ることはありまい。日本は1990年のバブル崩壊で 体力をスリムにしてあった御蔭で、何とかポスト・コロナ禍に対応できそうか… ◉ モンゴル襲来も、鎖国という政策を想いつき300年も閉じてきた。島国故に、 可能だったが、この時代の国家の有り方の原型が、ヒントしてあった。 逆にネット社会が故に可能になるのか。北朝鮮のような王朝国家も似ている。
・・・・・・ 7171,閑話小題 〜ああ、結婚 2020年11月01日(日) * 8人兄姉の末っ子に生れて 上に7人の兄と姉の末っ子の立場で、各人各様な人生模様を見てきた。 結婚生活は独身とは、明らかに一線が引かれた境目になる。2人が一体となり、 元の肉親でなくなって面白味が半減してしまう。半身不随と言おうか… まずは、二人の共同生活から出発するが、互いに首輪をつけて、その紐を 引きあう風刺画があったが、まあ、旦那が尻に敷かれる。 大家族には法則がある。私ごとには口を出さないのと、弱みを曝け出さない 暗黙の約束事がある。 学生の都会生活に入って、多くの友人と親しくなり、 家族の話を聞くにつれて、その人となりの性格形成は、家族構成と、その立ち 位置で決まって来るようだ。 地方出身者には、大家族が多く、都会育ちには、 多くて2〜3人が通り相場。 都会では少ない子供を大事に育てる方が効率的と いうことか…? 類人猿では、チンパンジー、オラウンターなど、進化?した猿ほど、少子化 の傾向がある。貧乏人の子沢山は、本当のようだ。 私の好きな小噺に、 <月は雲間に隠れたし、貧乏人のオイラに、何の道楽も無いし…> そこで 女房の声色で<おや御前さん、今夜もかい!> 都会ほど、道楽が出揃っていた。 独身時代、何処の職場でも、ボス系の親分肌の女性に慕われることが多かった。 直に気づいたのが、大家族の中で、揉まれてきた男は、気楽に声を掛けやすい! 構成家族の数が多いほど、ソーシャル・デスタント(社会的距離)が必要に! この間隔感が、安心感が持たれて円滑に…
結婚生活に入って一年目の実感は、 ◉ 半身不随というより全身不随!(両肩に鉛のような重圧と、足には鉄製の 下駄を履いたような…) 兄・姉夫婦の惨状よりも、更に現実は厳しい! ◉ 江戸時代の御姫様が、隣に舞い降りたは良いが、手には言葉の鞭を持ち、 御機嫌次第で、善し悪しが変わる、今まで見たことがない、新人類様! 小噺に…<これまで色いろな敵を持ったが、御前みたいのは初めてだ!> 事業をはじめ40年経過するが、御蔭で異種の従業員に手こずったことは最小。 使われるのも大変だが、使う方は、もっと大変。 互い…アッチみてほい! 、コッチみてほい! これも慣れるまでの、互いの辛抱。 『性善説、性悪説』なぞ、お笑い! 極論でなくとも、『性狡説』そのもの!
・・・・・・ 6805,読書日記 〜小さな習慣 〜3 2019年11月01日(金) <『小さな習慣』ースティブン・ガイズ著> * 最初のアクションが一番、難しい 第一歩を簡単に踏み出す「小さな行為」を勧めるから見事に盲点をついている。 仏壇前の御参り、時どき省略してしまうが、この『小さな習慣』のヒントの御蔭で、 数秒でも座ることになった。そして、似たようなことを探したらあるある。 習慣の重要性に、気づいて利用してきたが、「小さな習慣」の切口は新鮮である。 老化は、「何事も面倒になり、動作も頭の回転も鈍くなりがち。それをカバー するに習慣として小さな判断と、動作から小まめに始めなければ… 逆もある、覚醒剤などの麻薬患者は、興味本位で始めて、深みに嵌るケースが… それをプラスの「小さな習慣」に善用する勧めということ。
〜鳥瞰するように流し読みするだけでも、多くのヒントが見てとれる。 ― ・ストレスと悪習慣が永遠に繰り返される負のサイクル。例えば運動。 ストレスが、背をおしてスポーツジムに向かわせる。ストレスは、何もせずに いると負のサイクルに陥ってしまう傾向がある。 ・行動が習慣になるまでにかかる日数は平均66日。これはあくまで平均値で、 18日から254日。それぞれあるから、大きな幅がある。 【 実際に、この毎日の随想日記。慣れるまで1000日、3年近く要した… 20歳半ばに経験した<フィールド(現場)で得た経験と資料をカード二枚を ホチキスでとめたファイルにした「立体式日記」の習慣化の下地があったため 続いたが、それがなかったら、続かなかった? この習慣は1日、中断しても、 それで終わるということはない。】 ・何をするかにかかわらず、「45%」は習慣として自動的に行っている。 だとしたら、人生に役立つ習慣を取入れればよい。 ・「熱意減退の法則」がある。これだけは誰にとっても突き当たる。 毎日、2時間の読書を続け、3週間続いたとしよう。この時点で、この行動を 習慣にする芽が育ち始める。…がモチベーションに頼っていたため、この先に 進むことなく、習慣の芽は成長を終わる。そこで、意志の力を使う小さな習慣 は、そのモチベーションの欠点をカバーしてくれる。 意志の力は筋肉と同じ ように鍛えることが可能。そこで「ニュートンの法則。 A: 静止している物体は、外から力が加わらない限り、そこから動かない。 B:動いている物体は、外から力が加わらない限り、その速さが変化しない。 【 2〜3ヶ月に一度は、その意志の力が全く浮かばない事態に陥る その時、 思うのは、こういう時に捻り出したテーマと文章ほど、本音の味が 滲み出る。 そこから「意志の力」が持ち上がる。これが無いと、続かない! 習慣は自分の限界点を超えていく。そこから一歩を超えていくと、何かしらの 悟りに近い何かを獲得する。】 ・ 最初のアクションが一番むずかしい。私たちはできるだけ多く、できる だけ頻繁に動きたいと思っている。そのために必要なのは実に簡単な最初の アクション。どんな課題でも、始めること自体が最初に抵抗を引き起こし、 最初の壁になる。スタートが一番難しいのと、それは必ずしも、スタートが 難しくしなければならないという意味とは違う。最初の一押しが、軽くできる なら、最初の抵抗が少なくてすむ。 ・ アクションが始まると、第二の抵抗の波がやってくる。この第二の‘波’の 強さは、最初のアクションの影響がどれほど大きかったにより変わります。 それを前提に、その波を乗越えていく。 ―― ▼ チェーン理論に、チェンジ、チャレンジ、コンペティション (変化、挑戦、戦い)の3C主義がある。 この中で最も重要なのが、「変化」。 仏の教えに、< ものはすべて縁によって起こったものであるから、みなうつり 変わる故に、怠りなく修行に打込み…>とある。 小さな変化を敏感に感じとり、 対応できる「小さな習慣」こそ必要。 …まずは腕立て一回ですか。
・・・・・・ 6441,読書日記 〜やさしさね〜 −2 2018年11月01日(木) 「やさしさ」という技術 2015/12/3 ステファン・アインホルン (著), * やさしさは、気づかいから… 〜まずは本書の印象に残った個所をコピーから〜 ≪ ☆「おはずかしい話ですが、私は生涯、人類の行く末について考えてきた というのに、結局は“もう少し人にやさしくしなさい"という言葉よりもましな 助言を人に与えられないことがわかったのです」 ――オルダス・ハクスリー(イギリスの哲学者・小説家) ☆ ―「はじめに」より― 「お金持ちになる方法や、頭がよくなる方法、創造力や仕事のスキルを高める 方法について書かれた本はすでにたくさんある。だが、やさしさの技術を磨き、 よいことをして成功する方法について書かれているのは、本書以外にはないと…。 一般的な通念では、やさしさとは「生まれもった資質・性格」であって、個人 の意思でコントロールできるものではない。だが本書を読んでもらえればわかる とおり、これは正しくない。一部は親から受継ぐものだが、やさしさというのは、 誰でも意識的に身につけることができ、一生磨き続けることができる「技術」だ。 そしてこの技術こそが、人生で成功を収めるために、そしてこの世界をより住み やすい場所に変えるために、もっとも重要な要素なのである。 さらに私が伝えたいのは、私たちは自己犠牲的な博愛主義者になる必要はなく、 利己的な動機から他人によい行いをしてもまったく問題はないということだ。 やさしさは、まちがいなくあなたの得になる。こう聞いて憤慨なさる方も いらっしゃるかもしれないが、本書を読み終えるころには、みなさんにも納得 してもらえると私は信じている」 ―― ☆「毎晩ベッドで寝入るまでに一時間はかかる。でもその時間を苦痛には感じ ないんだ。あれこれと考え事ができるから。そうだな、その時間は家族に何を したら喜んでもらえるかをじっくり考えるよ。昼間は仕事のことをあれこれ 考えてしまうからね」 ☆ 公の場で大変な状況に出くわした時。「私の問題じゃない」と思った時は 「もしこれが私の問題じゃないのなら、いったい誰の問題だろう? こんな時、人間らしく、仲間として行動をするのは誰の役目なんだろう?」 ☆ チューリッヒ駅に一人の年老いた女性が立っている。しかもここ10年間、 毎日。女性の名はハイジ。通行人のために祈っている。慈愛に満ちた眼差し で通行人に神様のご加護がありますようにと。 ☆ ー人は自分がいい扱いを受ければ自分も周りに人を大事に扱おうとする ー晴れの日の方がチップが多い。 ー良いテスト結果と伝えたグループは募金額が多い。 ☆ 人生は計り知れないほど豊かで意味あるものだ。問題は私たちが忙しすぎて 重要なことや意義のあることをなかなかできないことにある。できたとしても 私たちはそれらがどれだけ意義深くどれほど重要かを必ずしも理解している ワケではない。だからこそ私たちは立ち止まって周囲を見渡し自分の行動を 見直すべきだ。そして私たちは何が意義深くて何がそうでないかを判断する 能力をやしなうべきなのだ。 ≫ ― ▼ やさしさ。 人生を振返るとき、多くの人は、それを実感するはず。 父親が家族、親族に一家を引継いだ当主としてからか、身内に対して非常に 親切だった。現在、核家族化が進む中で、身内の中も、距離が出来てしまった。 属する社会が、家族、親せき、学生時代の友人から、ネットへ大きく移動した 昨今、さらに、この傾向が強くなっている。ネット上だけでなく、身辺の人の やさしさが必要のようである。 「その善良さは、他の資質が相まってこそ」と、言いたいが… 結局は、相手の 話を果てしなく聞いてやるのが、第一歩。しかし、特に年齢を重ねるほど、その 必要性がある。それは分かってはいても、老いるほど、何事も億劫になる。 底が浅いということになるが、私は、まずは自分の心の声を聴くことから。 で、毎日、過去17年分の、このテーマ日記を読み直し、当日分を読返している。 まず読返すのが前日分を読むが、恥ずかしいかな、必ずや間違い文字や、いい 加減な論理が目につき、修正する。 これをしないと、数年後に読返した時に 何とも嫌な心持になる。 この程度の内容でも、私にとって限界の線上。 だから諦めもつく。鼻先で笑うなら、実践してみたら? と。翌日、読返し、 前日分の誤字、当て字を見出し、その上に、数年前の中の文章にも… そして、 知能の程度が露わな内容の直面が連日、続くことに。愚痴になったが… 昨日も、連れに、『今朝のブログに「やさしさ」をテーマに書いて、何よ。 まずは、私からでしょう! 笑わすんじゃないわよ』 と一括された。 その一言に、ロクに読んでないことが見て取れたから怒る以前の愚痴。 『やさしくなれないから、テーマに取上げたんだ!』とも言い返せず、ったく!
後記: 芯から優しくなるには、苦労に苦労を重ねないと出来ないんじゃない。 テクニックではないんじゃないですか? 力も、知性も、あってこそ、包み込め るんじゃないですか? しかし、それでもやさしさは必要。放っておけば人間は 野獣の顔になるから、せめて、「ふり」から入ればいいのさ。そうでしょ! 8年前から現在に至るまで、年に数度、吠えかけられるが、ほぼ老化現象か、 鬱症が見て取れる。2〜3年以内に、そのまま表立つから面白い! 私も含めてだが、抱え込んだ問題を病気とすると、解りやすい。 問題は、対象にあるのではなく、当人の病の中にあるのである。それに 気づかないから、直ぐか、2〜3年後に、返り矢として当たる自然な事態。
・・・・・・ 5709,つれづれに哲学 〜「イリヤ」について 2016年11月01日(火) * レヴィナスの、「イリヤ」について 収容所から生還したレヴィナスの知人・親戚縁者の殆どが殺されていた。が、 世界は、そのまま、何事も無かったように存在している、その不思議と恐怖。 それを「主語無き存在」と語る。二人称の消滅した世界も末恐ろしいのだろ。 80歳半ばにもなると、同年代が次々と亡くなっていく恐怖に似ているのか。 ≪ 【ハイデガーと対決したレヴィナスは、「存在」について、いかなる 存在者も存在しないが「この存在者が存在しないという無」それ自体は 存在するとし、存在者なき存在を「il y a」と表現した。 存在について、ハイデガーは「〜がある(独語:es gibt〜)」を用いたが、 レヴィナスは「〜がある(仏語:il y a〜)」を用いて語ろうとした。 ハイデガーの「es gibt」は「それが与える」という意味の他動詞。 一方、レヴィナスの「il y a」は「それがそこで持つ」という自動詞。 ハイデガーが指摘した「存在者(あるもの)」と「存在(あること)」 という区別を、レヴィナスも踏襲はするが、その時、「存在」が「存在者」の 述語となっているので、「存在」のより根源的な意味が見て取られていない、 とレヴィナスは批判する。レヴィナスがここで考えるのが「存在者なき存在」。】 ヤスパーは、ユダヤ人だったレヴィナスの妻など、親戚・知人の殆どを ナチストに殺される。辛じて強制収容所から生き延びたものの全てを失う。 それでも、なお、世界はそのまま存在している…。 何が存在しているのだろう。レヴィナスは、このような主語無き存在を、 「イリヤ」と呼んだ。自分中心の世界を創り上げれば、イリヤの孤独から逃れる ことが出来るのか。いや、できない。それは、自分が知っている範囲で世界を 構築しているため。その恐ろしいイリヤから、抜け出せる道を、 「他者の顔に、その道を見いだす」とする。≫ ▼ 死に直面すると、「自分の死後も、世界は何事もなかったように 動いていくことが奇妙に思われ、それが恐怖心を呼起す」という。 それと、この世で遣り残した事と、残していかざるをえない家族と財産。 「あ〜、何で物でなく、事にしておかなかったか。事なら持っていけたのに!」 誰もかも、何も持たずに生れてきて、何も持たずに死んでいく。 レヴィナスの考える、<「存在者なき存在」> の自らの体験。絶対孤独の 世界の恐怖が、死に向かう人たちの共通の感覚だろう。 で、以下につづく。
・・・・・・ 5344,自殺っていけないの? 〜身の下相談 2015年11月01日(日) 身の下相談にお答えしますー上野千鶴子 * 自殺って何でいけないの? ・・・・・・ 79,閑話小題 ー話すより書け 2014年11月01日(土) * まずは、話すより書け 数ヶ月前になるが、小学校の同期会が近隣の温泉宿で行われた。 86歳の担任の西澤先生も出席され、会の始まる前に別室の先生に挨拶にいき20分 ほど話をさせてもらった。以前、新潟で一晩、御一緒して古町に飲みにいった ことがあった。その時、社内報に書きつらねた『事業百訓』のコピーを差上げたが、 その話から、『今ではブログに13年以上、毎日欠かさず文章を書き続けて、身近な 30人〜40人位が読者になっています。慣れてくると、これが面白くなって、毎日 2〜3時間はかけてます』と話すと、『そうですね、話すより書けと言いますね。 書けば、一度、内容を整理できるうえに、考えますから・・』と答えられた。 先生から、高校、大学の合格時に、お祝いの葉書を頂戴した。そして三年前? も慰めの葉書を頂いていた。先生は筆書の達筆家。そのため、悪筆の私には、 それがプレッシャーになり、その返事に悪戦苦闘。 大学のゼミの武澤先生も、何度も、手紙を頂いた。話すより、書けである。 入院した人に一番良いのが葉書の便りというが・・ 書く癖をつけると、論理的 になって、相手の話の骨格が把握できるようになる。読書と、手紙を多く書いて いる人は、そうでない人に比べ、話す内容が格段の差が出てくる。逆に、一寸 した世間話に、気楽に答えられなくなり、結果として、硬い印象を与えてしまう。 性格もあるが・・ 頭に浮かんだ言葉を、一度、書き出してみると、更に、 考えが出てくる。話すことで、次々と、新たに考えるタイプもいるが・・ 早朝、この文章の加筆、修正をしていると、意識内での自己対話をしている 感覚になる。それと、誰かに向かい問いかけをしているような・・ それが内省、 内観にもなっている。大自然に、一流芸術に触れ、驚き、感激し、感動し、 それを言葉にし、自己対話をし、誰かに話す、そして書き出し、残す。 この一連が人生を豊かにする。
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