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2021年08月07日(土)
* 金メダルが、そんなに大事か! 名古屋市長が、即興で金メダルを齧ったパフォーマンスが問題になっているが、 怒れたマスコミがつくり上げたレベルでしかない。そんなに、金メダルが大事? スポーツがそんなに神聖なものか…? 現在の日本も世界も明かに変である。 そう宣う自分が一番、変なのは解っては?いるが… オリンピックが終われば、次が甲子園野球と秋の総選挙へと、話題が移っていく。 ―― * コロナ禍の中、オリンピック運営と、日本好調は好調に 欧州とアメリカと比較しても、オリンピック運営と、コロナ禍とワクチン接種 は静かに比較的順調に推移している。コロナ禍の現場は、こんなものではない筈。 野党の現政権批判は、立場があるが故に仕方がないとしても節操がない。 毎日、寝室と仏間の、このパソコン前で、YouTubeとネット三昧も、慣れると 悪くない。小人、閑居すると、如何もフラッシュが魂の底から湧き出でてくる。 老いるとは、こんな心情になるということ。エネルギーが、押しこまれると、 こういう状態になるということ。 ―― * つれづれに… 人生のベースとして後味の悪い行為を最大限に少なくしてきた。取りとめなく、 毎日、書き続けると、それ自身が癒しなっている。 ネタ切れ程、心の奥底から 何かが浮き出てくるようで… 最近、過去の失敗の湧出る内容に驚いている。 年取るほど、考えが老成化していくためか、何を遣らかしてきたのか、己の 誤りに、深く魂の傷に独り紋々とする。教養が少ないのがベースにある。 大家族の中で、沈思黙考する時間が少なすぎたのか。 他者の心の内を慮る 習性が少なかったようだ。 ―― * 昨日は太平洋戦争から76年の記念日! 幼児の頃からの記憶が鮮明に始まったのは、終戦直後に生れたことにある。 慮る余裕が無かったのか。一日一日が家族にとって試練が心底に残ってるのは、 怪しげな悪魔と、天使が同居していた空気感が、そこにあったからである。 大家族が日々を辛く重くしていた。家族の他に、男女従業員が存在していた。 兄姉からの虐めの避難場所は親父の懐… 親父の笠を着る嫌なガキでもある。 …毎日が、ドラマのような事件があり、それは刺激的であった。 兄、姉が 何処から手が出てきて殴られる可能性がある緊張の日々。上京して大学で友人が 出来て、初めて一人っ子の存在を実感してみて、家族環境が、それぞれに立場 を作っている意味を知る。これはこれで… 人間関係のベースがゼロに近い甘さ が付きまとう。
・・・・・・ 7085,閑話小題 〜コロナ禍と共存の時代! ―2 2020年08月07日(金) * 生命現象の核心を解くキーワード、 それは<動的平衡> <動的均衡>で思いつくのが政治。猿山のボスの座も然り。 また、生老病死のプロセスも動的均衡の上である。そのバランスが壊れたのが、 コロナ禍であると… コロナ菌を成敗出来ないのなら、共生のウィズコロナで いくしかない。「物質とは淀みの緩やかな回復過程」というが… 人生を振返ると感じとることが、これ!
〜以下はAmazon読者の投書の要約である〜 ≪ 私たちは、自分は自分だ、自分の身体は自分のものだ、という風に、確固 たる自己の存在を信じているけれど、それは実は、思うほど確実なものではない。 私たちの身体は、タンパク質、炭水化物、脂質、核酸などの分子で構成される。 しかし、それら分子はそこにずっととどまっているのでもなければ、固定された ものでもない。分子は絶え間なく動いて、間断なく分解と合成を繰り返している。 休みなく出入りしている。実体としての物質はそこにはない。 一年前の私と今日の私は分子的にいうと全くの別物である。そして現在もなお 入れ替わり続けている。
つまり、私たちの身体は分子の「淀み」でしかない。それも、ほんの一瞬の。 私たちの生命は、分子の流れの中にこそある。とまることなく流れつつ、 あやういバランスの上にある。それが生命であり、そのあり方を言い表す言葉が、 本書のタイトル、<動的平衡>である。本書は、最初から最後まで、<動的平衡> とは一体何なのか、どのように成り立ち、いかにふるまうかを考えた本である。
爪や皮膚、髪の毛であれば、絶えず置き換わっていることが実感できる。 しかし私たちの全身の細胞のそのすべてで置き換わりが起きている。固い骨や 歯のような部位でもその内部は動的平衡状態である。お腹の回りの脂肪も、 たえず運び出され、たえず蓄えられている。分裂しないはずの脳細胞でも その中身やDNAは作り替えられる。
なぜそれほどまでに、あてどがない自転車操業のような営みを繰り返さねば ならないのか。それは、絶え間なく壊すことしか、損なわれないようにする方法 がないからである。生命は、そのようなありかたとふるまいかたを選びとった。 それが動的平衡である。
生命は、必死に自転車をこいでいる。追手から逃れるために。追手は生命を とらえて、その秩序を壊そうとたくらむ。温かな血潮を冷まそうとする。 循環を止めようとする。追手の名は、エントロピー増大の法則。輝けるものは いつか錆び、支柱や梁はいずれ朽ち果てる。いかなる情熱もやがては消え、 整理整頓された机の上もすぐに本や書類が積みあがる。乱雑さ(エントロピー) が増える方向に時間は流れ、時間の流れは乱雑さが増える方向に進む。 生命も、この宇宙の大原則から免れることはできない。しかし、エントロピー 増大の法則に先回りして自らをあえて壊し、そして作り変えるという自転車操業 を続ける限りにおいて、生物はその生命を維持することができる。私たちの身体 において、たゆまず、けなげに自転車をこぎつづけているもの、それが動的平衡。
あなたは本書を読み終わった後、季節の移ろいを感じ、高い空を見上げ、 いろんな思いを巡らせることだろう。あるいは、たくさんの友達と会話すること だろう。その時々に、こう言ってほしい。「ああそれはね、動的平衡だよ」と。≫
―― ▼ コロナ禍が、細菌をとおした細胞の塊りの長たる人間への挑戦とすると、 そう簡単に済まされる問題ではない。 …著者は、TVインタビューで、 <ロゴス(言語)と、ピュシス(自然)の問題を取上げている。これは次回の テーマになる! 進化?し過ぎたロゴスへの自然界からの逆襲になる。 ネット上で地球上の人間の脳が繋がり、それが現実社会を支配を始めた。 その上に遺伝子まで加工を始めたと、くれば神が怒らないわけがない。 自然界の動物の食肉市場が、コロナ禍の発生源というのも、出来過ぎ! 4年前にアメリカは白人優越主義の怒れるトランプを大統領に選出して、 現実に実行を始めた。それが本音なるが故に、当然、建前を破壊するしかない。
・・・・・・ 6718,閑話小題 〜美しいことは、どう、良いのか? −2 2019年08月07日(水) * 特に女性は外見で損得が大きく変わる そうこう考えると、私も男が故の分厚い美人優位に気づかなかったのかも。 美人は力のある男に優先され狩られる。その積み重ねの遺伝子が残るため、 遺伝格差の背景がある。とはいえ、アインシュタインと、モンローの組合せの 問題が…逆も考えられるから。また、特徴に一つが、『計上が上手』がある。 たんなるブリッコとの違いが、ここにある。相手が如何思うかを、読んで、 好い加減な落としどころを経験で熟知している。初な男には、その辺りが 弱点と知り尽くしている。クレオパトラが、この計上のうまさで知られている。 ― ≪ 〜前回のつづき ◉ 1972年に発表された社会心理学の古典的論文「美しいものがいいものだ」 と、それに続く数多くの研究が、外見がいい人は、そうでない人より <知的で、 有能で、信頼出来そうに見える>という説を確立している。振返ると、やはり、 部下の判断に美人に甘くなるのは否めない。 ◉ これに加え、仕事において、「女性は美しくなければならない」という 「美の神話」が作用することで、本来労働者としての能力で評価が行われるべき 職場において、美しい女性が贔屓され、美しくない女性は差別されるという指摘が されている。現代では女性の雇用や昇進の条件としてPBQ が広く慣行化されつつ あり、ファッションモデルや女優などのセックス・ワーカーのように、人に見て もらう職業ではない職種や仕事でもPBQ(美の職業資格、女性は美しくあることが 職業の資格であるかのように重視されること)は求められるという。そうした 強制力の中で、働く女性は働きながらも、美しさを気づかわなくてはならず、 疲れ切ってしまうという。 ◉ このような、Wolf(ibid.)が美の神話に関して女性同士の関係や仕事について 指摘した事柄は女子力にも共通するのだろうか。検討したい。また、先ほどの 上野千鶴子や碓井真の指摘からは、女子力が仕事上の能力・活躍をも意味する 概念となったことが強調されているが、果たして女子力はフェミニズムにとって それほど望ましい概念となりうるのだろうか。≫ ― ▼ 映画、ドラマの主人公は、当然、美男美女だけ。それが逆に、美男美女 なればこそ、有能で、善人で、自分を助けてくれるヒーローと思い込んで しまう。 …誠実そうな人と、誠実な人とは全く違うことに、気づかない。 特に女性に関しては、美しいことが存在意義になっている。 それも美しさが 高いほど、その重要度が比例して増していく。それに加えて、美人度に加えて、 振る舞いが加味される。 数日前に、全英ゴルフで、1年前までアマチュア だった20歳の日本女性が40数年ぶりに優勝をした。姿見は悪くないが、発する 言動が何とも… 半年もすれば、変身、するのだろうが! 10年ほど以前の 話になるが慶応高校が甲子園に出場した時、その父兄を含めた応援団の姿が 地方出身校と、全く違っていた。 ・・・・・・ 6355,閑話小題 〜つれづれに夏 2018年08月07日(火)
◉ ボクシング協会の会長。同年代に近い?が、時代掛かった昭和残存の唯我独尊 の姿が、自分に被さって見えて気恥ずかしくなった。…そういえば、偉そうな肩書 『何々協会会長』になって、急にふんぞり返って… とかくあるケース。 ▼ 戦前戦中の時代に、破竹の勢いで信者を増やしていった大本教が、軍部や 政治家から目をつけられ、大弾圧にあった。その過程の裁判での、この虎穴 問答は人生に色々な示唆を与えている。虎を、生老病死としての四苦八苦と 例えることができる。それぞれの苦に、自ら受け入れ苦しむことこそ解決の最短 の道になる、と考えることができる。 事業断念も決意も、虎を3つの断層= 9・11テロ、9・15のリーマンショック、3・11大災害の三つの震災と みなし、その重なりから、虎穴に落ち込んでしまったと想定。逃げ回るより、 先んじて喰われてしまおうという最後に思い出したのが、この問答。 その時に、当時の大本教を題材にしたー『邪宗門』高橋和巳著ーを 読んだが、これが面白い。
・・・・・・ 4893,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー45 2014年08月07日(木) * 面白かったという手応えが残った有難さ! 改めて45年を振返ると、これは人生そのものの総括であり、自分の限界の 再認識にもなる。経済雑誌『財界』を発行する財界研究所の創設者・三鬼陽之助 の弁『経営者たるものは、その行蔵を表立てないこと、秘しておくこと』がある。 経営者失格の私が、こんな行蔵を書くべきでないのが、本当だが、今さらである。 先日、ここで取上げた『意味としての心』の中で 《「意味」の『意』は「気持」。『味』は、ミ。満るのミ、記号で言う、身、 実、につながる。その時々の節目で、何が満ち、何が実として、あったか? 逆に、何が足りなかったか、の棚卸は、ある意味、内省になる。》と書いた。 生きてきた中で、その時々に空虚な心を少しでも満たそうと、エネルギーを ひたすら注ぎ込んできた。それが、そのまま自分の姿であり、その凝視が内省に なっている。 逆境時にも、ひたすら読書三昧を重ね、1日、2〜4時間の読書 を続けてきた。 最近ではネットサーフィンを含め、現在も続いている。 それでも、一番肝心なところを理解し得なかった。知らないこと、知らない知識 へのチャレンジが少なかったことになる。 「得意淡然/失意泰然」は勝海舟 のことばだが、私には、逆の「得意泰然/失意沈然」が悲しいかな、見て取れる。 最期に、この結果が当然である。逆の結果としても、私には大して変わらない? ご覧のとおりの結果を、現実に経験をしてみて、事前で考えていたことと、 大きく違う! 事前の見方をしていた自分が薄っぺらに見えている。 まず<倒産が悪い!という一連の思い込みの間違い>がある。 <倒産には、悪い倒産と、良い倒産があり、良い倒産は、むしろ勧めるべき 決断であって、ワーストでなく、ベターでもなく、ベスト>という経験から 得た実感である。もちろん、ケースによるが。激動の時代ほど、事業サイクルが 短くなる。だから、見極めをつけたら、銀行などに植付けられた<倒産は悪い> という先入観をかなぐり捨て、見切りをつけるのが「良い倒産」に繋がる。 『倒産に良いも悪いもあるものか!』が間違い。<従業員の生活を破綻させる> <取引先を連鎖倒産させる><家庭が破綻する><生活の目処が立たない>等々、 多くの問題があるが、決断しなければならない時節には、決断しなければなら ないことがある! 結果からすれば、戦争などで大家族が生き抜くなどの事情が ない限り、起業家などすべきでない! しかし、後悔が少ないのは、日本の 歴史上に過って無かった高度成長期で、良い思い味わったり、起業の面白さを 充分経験できたことがある。『面白かった!』という実感が、間違いなく残って いるのは、有難いことである。意味のミが満(ミ)ちていたため。装置産業の プラス面の「時間持ち」と、マイナスのブラックスワンとの遭遇の経験も、 振り返ってみれば、光の中での夢幻でしかない。
・・・・・・・ 3786, ユング −17 2011年08月07日(日) * ユングについての総括 ・ 父親の死の時の不思議な体験をキッカケに奇妙な感覚が10年余りの間、 身についておたこともあり、ユングの理論には非常に興味をひかれた。 ユング本人に元もと通常以上のシックス・センスがあったため、それを、 そのまま発達すればよかった。大本教の出口なお、天理教教祖の中山みきは、 そのセンスが強力だった。また日蓮には身体全体にオーラが包み込んでいたと いう記述が残っている。 27歳時の父の死亡時での実体験が無ければ、 シックス・センスに対して信じることはなかっただろう。現に幽体離脱の ような体験をしたのだから、これは信じるしかない。ユングがフロイトと 対立・離別をしてまで、この方面の研究を続けた内容は侮れない。 ・ ユングが取上げた中で、「共時性」と「布置」に、まず興味をひかされる。 奇妙な偶然の一致の不思議さ。これは多くの人が経験しているはずだが、 それを話すと、何か軽薄と誤解されるのを恐れてか、あまり口外をしない。 子供の頃に親戚の人が、その類の話しをするのを聞いて、「いい大人が、他 愛無い話をしている」と心底で感じていた。しかし人生経験を積み重ねる うちに、親戚の人たちの言っていることは、決して他愛無い話でなかった ことを知った。幽霊の話しも、その一つになるが、これも、あり得ること。 共時性、布置とは少しズレルが・・ ・ またオカルト現象も、ユングを読んで、実際のところ驚いてしまった。 これも個人が持っている、ある能力が何かに感応した働きだろう。そうこう 考えれば、哲学の存在論に関わってくる。現在、自分が、現に此処にいる 不思議からみれば、オカルトなど、他愛にないもの。エスキモーで5キロ先 にいる白兎を見つけることが出来る人がいるとか、犬が数千キロ先の親の 鳴声に反応するとかを疑問に思うこと自体が、小さな限界の範囲内で決めて いるからである。脳には20億年の生物進化の記憶がある。 ・ 最近、特に感じるのが、それぞれが持っている経験と能力の深さと広がり である。特に、ブログなどで、それが比較的簡単に覗き見ることが可能に なったこともある。デジタル化で人間の五感を遥かにしのぐ機器が不朽を はじめると、逆に人間の持つ不思議さが一つずつ解明されることになる。 ブログ、ツイッターなどの普及はユングの世界を超える可能性がある。 ネット世界の出現こそカルト?
・・・・・・ 5988,閑話小題 〜最後の講義・8 ー石黒浩:対談 2017年08月07日(月) * 意識の場所を指し示すことは難しい ―他人を見る以外自分の姿は見えない― 彼は、小型の人型ロボットを幾つか並べて、色いろな相談の質問に対応する 効用を示している。専門分野が違ったフレンドリーの人型ロボットなら、対話 も進むことになる。初めて知った時は、仰け反るほどの驚きであった。 ―― <石黒> 「嫌なことはやらない」というのを貫いています。やりたいことを やるのは小学校の時から同じです。だから、つらいと思った記憶はありません。
<本荘> 普通、これはやるけど、これはやらない。と決めてしまうと、 可能性が限定されそうですが、石黒さんは興味のあるものだけをやるという 考えを持ちつつ、他分野・異業種の人と関わり、フィールドを広げていますね。 <石黒> 他人を見る以外に自分の姿は見えてこないじゃないですか。 自己意識を持つには、人と関わるしかないわけです。異業種の人でも、意外に 自分との共通点を見つけると面白くなって、一緒に何かをしたくなります。 要するに、すべて自分を知るためです。自分自身や人間という存在に興味を 持っているので、大抵何でもできるし嫌なことはないわけです。
<本荘> 一般の人は、自分の録音した声を聞いたり、録画したものを見たり するのは違和感があると思いますが、石黒さんはそういう感覚はないのですか。 <石黒> 自分自身の感覚がよくわからないフワフワしたものだから、それを 確かめたい思いがあるので全く抵抗がありません。もしかすると、リアリティ がないのかもしれませんね。「意識の場所」は、このあたり(場所)にあると、 ピンポイントで指し示すことは難しいですよね。 ―― ▼ 秘異郷ツアーには全国から「面白い人、大変な人」を選りすぐったと信じ ざるをえないこと屡々。その旅仲間の中に、それぞれが合せ鏡で自己を見つめる 研修をしていることになる。行先は、異世界が次々と現れ出てくるから面白いこと、 この上ない。違った異世界を目指し、感動するのが目的。どれもこれも、生涯、 忘れえぬ人生体験になる。<他人だけでなく、他所を見る以外、自分の居場所は 見えてこない。> ということ。魂を大自然に開放するため、私たちは旅に出る。
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