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2021年07月16日(金)
* 佐藤愛子のケース 幽体離脱は、ずばりいうと夢!‘現実と身体感覚が混同して、境目が あやふや状態’ではないか… 佐藤愛子が、私とほぼ同じ体験を書いてある。 違うのは、文筆家と素人の違い。恐らく数日中に‘何やら不思議な神秘体験が 有りそうな?… これだけは、別物の感覚であり、実感し初めて信じることが 可能である。『夢』と断定できない部分が大だから面白い。フロイトの弟子の ユングが、この感覚の持ち主で、不思議な体験を分析している。宇宙の彼方から 幽体離脱をして見えた地球の姿は、宇宙飛行士が見た地球と同じ。 ≪ ♢ 知ってしまった者」の責任[レビュアー]梯久美子 (ノンフィクション作家) あの愛子先生が、ノンフィクションを書いた! ――読み始めてすぐにそう 気づき、長年の読者である私の胸は高鳴った。文体からして、これまでの作品 とは違っている。主語は「私」ではなく「筆者」。ユーモアも、世の中への 怒りも封印し、ひたすら真摯に、冷静に、事実を追いかけていく。 しかもその事実というのが「あの世」から電話がかかってくるという、異様な 出来事なのだ。 その不思議な経験をするのは、愛子先生の古くからの友人である高林医師。 市の教育委員会から依頼され、高校生を対象に講演をした高林医師は、終了後、 高校三年生の女子生徒から手紙を受け取る。高林医師の話を聞いて感動したと いう内容だった。これをきっかけに、ひふみという名のその少女と高林医師は、 ときおり電話で話すようになる。 進路を変更して医師を目指すことにしたひふみは、猛勉強の甲斐あって 医学部に合格し、入学祝いのために二人は初めて会うことになった。だが当日、 高林医師がいくら待っても待ち合わせの場所に彼女は現れない。そして後日、 兄を名乗る人物から電話があり、彼女が交通事故で亡くなったことを知らされる。 ひふみの兄からはその後も電話がかかってきた。三度目の電話の最中、バチーッ と木の裂けるような鋭い音がして、部屋の照明が消える。そして兄の声が途絶え、 高林医師が、もしもし、と呼んで応答を待っていると、突然、ひふみの声が聞こえて くるのである――。 〜続く ≫ ― ▼ 霊体験をしたことがない人からすれば、何とも世離れした内容と思うだろうが、 私は、色いろ体験してきたこともあり、何の抵抗もなく、捉えることが出来た。
・・・・・・ 7063,閑話小題 〜コロナ禍がもたらすこと! 2020年07月16日(木) 「魔神は瓶に戻せない」──デヴィッド・グレーバー、コロナ禍を語る 〜「ほんとうに自由な社会」へ * コロナ禍がもたらしたこと! 要約すると、<コロナ禍が変えた非日常の日々こそ、あるべき姿。それまでの 現象は幻覚ぐらいに考えた方がいい。元に戻すなど、魔神を瓶に戻すようなこと。 満員電車の通勤を避けて、週に5日の通勤を1,2日にして、残りは自宅か近くの 図書館でテレワークをする夢のような、この非日常のが良いに決まっている。 この日々こそが、クレーバーがいう『瓶から解き放たれた魔人』ということに。 〜 その辺りが面白い!〜 ≪ デヴィッド・グレーバーは新型コロナ危機について、何を語っているのか? 本稿執筆現在、メディアを通してなされた最新の発言は、フランス発の動画 ニュースサイト「ブリュット」の米国版に掲載されたインタヴュー (2020年4月29日)。 ― コロナ危機以降、医療、農業、小売など生活に必要不可欠な業種を 「エッセンシャル・ワーカー」として見直す動きが広まっている。人類学者 デヴィッド・グレーバーは、経済とは社会の一員である我々がお互いをケアし、 ともに生存するための手段であるべきと主張する。 【 わたしたちは、これらすべてが終わったのち、それは夢に過ぎなかったのだ と考えるよう促されることでしょう。実に奇妙な出来事だったが、それは現実 とは何の関係もない、今や目を覚まして、通常に回帰すべき時だ、というわけです。 しかしほんとうはそうではない。通常こそが夢だったのです。今起こっている このことこそが現実だった。これこそが現実です。わたしたちは、わたしたちを ほんとうにケアしているのはどんな人びとなのかに気づいた。ヒトとしての わたしたちは壊れやすい生物学的存在にすぎず、互いをケアしなければ死んで しまうということに気づいたのです。】
上記で夢に過ぎなかったと人類学者が述べているこれまでの「通常」とは、 『ブルシット・ジョブ』(原著2018年、日本語訳は岩波書店より2020年7月刊行) で執拗に記述される奇妙な現実だ。 実入りのよいホワイトカラーであるほど その仕事には社会的意義がなく、そのことに自覚的な少なからずが「内心必要が ないと思っている作業に時間を費やし、道徳的、精神的な傷を負っている」一方、 「日々行われるケアによって社会を可能にしている人びと」は、医師のような 例外を除き、不安定な低処遇を強いられがちであるという現実。グレーバーは 新型コロナ危機を、何よりそうした「通常」の異常さが露呈する契機として捉え、 彼が「ケア階級(caring class)」と名付ける人びとに正当な地位を回復させて 新たな社会的現実を生み出すべきことを説く。】
ドイツのラジオ局「バイエルン放送」の文化番組が行ったインタヴュー (4月8日)の冒頭を引こう。 【 ─デヴィッド・グレーバーさん、人びとは今、ホームオフィスで仕事をして います。一部には、無条件のベーシックインカムの実現可能性を思いめぐらせる ひとさえいる。 アナキストにとってはよい時代でしょうか? デヴィッド・グレーバー;ともあれ、多面的にものを考える人間にとっては よい時代ですね。だって、エリートたちや指導者層は今、一種のジレンマの前に 立たされているのですから。彼らはこの40年というもの、わたしたちにはもはや 新しくラディカルな発想など必要ないのだと人びとを説得することしかして こなかった。もちろんそんな考えは間違っていたわけですが、ひっきりなしに こうしたことが主張されてきたのです。さて今、そうした人びとは突如として、 選択の余地のない状態に置かれてしまった。物事をラディカルに変えなければ ならない。それなのに、どうすれば変えられるのか、やり方を忘れてしまっている。 だからアイディアを持った人間が求められているのです。】
― ▼ 人を人間たらしめてきた群れのあり方を、根本から問い直しているのが、 このコロナ禍の問題。誰もが情報端末を身に付けてしまった時代の有りかた! 10年で100倍、20年で1万倍も情報量が増えていく時代。コロナ禍が、それを 気づき出したのである。9年前に、倒産というカタチでリタイアをして、あとは、 野となれ、山となれで、良く言いえば『自由人』。 悪くいえば『粗大ごみ』 帰るべき家が、棲家に。そこで頼るべきは、日常の習慣。 自分一人のテレワーク。 これも慣れると、なかなか味わいが出てくる。
・・・・・・ 6696,閑話小題 〜ラ・ロシュフコーの箴言 2019年07月16日(火 * 辛辣な人間観察の箴言集の言葉とは 辛辣な人間観察で知られるフランスのモラリスト文学者ラ・ロシュフコー。 〜ネットによると… 【 フランスの名門貴族の生まれであり、数々の戦いに参加した後にいわゆる 『箴言集』を執筆。辛辣な人間観察で描かれた彼の作品は、フランスの政治家 「リシュリューと対立し2年間の謹慎処分を受けた事や、フロンドの乱(17世紀 フランスで起こった貴族の反乱)でフランスの政治家「ジュール・マザランと 対立したことなどで味わった苦難が反映されているとも言われている。】 〜いずれの箴言も突き刺さる箴言である。まずは、
◉ <人はみな記憶力の乏しさを嘆く。 しかし、誰も判断力の乏しさを嘆かない。> 評: 身近な人の意見に大きく左右されて、自分の足りない脳の蔵の乏しさに 気づかないで… 晩節になって、判断の積み重ねの結果の行蔵に唖然とする。 ― 才があって愚かな人はいるが、 分別があって愚かな人は決していない。 ― ◉ <わずかな言葉で多くを理解させるのが、大人の特質であるなら、 小人はこれとは逆に、実に多くの言葉をしゃべりたてながら、 相手に何一つ伝えないという天与の才能を持っている。> 評:何やら、私だけではないから見過ごしてしまう道理。 ― ◉ この世でもっとも幸福な人は、わずかなもので満足できる人である。 なぜなら、 欲しいものが多ければ多いほど、満足するには、 限りない財宝の山が必要になるからである。 評: 実家が代々、骨董商だったこともあり、戦後の転業後の父親の 趣味が骨董収集。 学生時代に、欧州一周の旅の際に大英博物館、 ルーブル、ミラノ、フィレンツェの美術館で、世界の名宝を浴びるほど 見ていたお陰で、何でまた?手元の置きたがる父親に不信感を持っていた。、 ― 好調な時は充分に楽しみ、 不調な時は気長にかまえる。 よくよくの場合でない限り、決して荒治療はしないことである。 ― 人は理性でしか望まないものは、 決して熱烈には望まない。 ― ◉ 我々は、どちらかといえば、 幸福になるためよりも、 幸福だと人に思わせるために四苦八苦しているようである。 評: 8年前の会社整理の時に、まず、自分は不幸でないと、自ら思うこと から気持ちの再構築を始めていた。今さら如何でもよかったのに。 ― ◉ 賢者は征服するよりも、深入りしないことを得策とする。 評: 情愛、特に女性に関して、抜き差しならない深入りは? ― 自分の内に安らぎを見出せない者が、 それを外に求めても無駄である。 ― 世間なんかなくっても やっていけると考える人は、 よほど自分を だましている人間である。 しかし、自分がいなければ、 世間はやっていけないと思う人間は、 それ以上に間違っている。 ― 我々は、 我々の大切な人の死に対して涙しているのだというが、 実際は我々自身のために涙を流している。 ― 自分自身を信頼すれば、 他の事に対しても信頼が生まれてくる。 ― ◉ 賢者はどんな不幸な出来事からも、何かしらの利益を得る。 その一方で、愚か者はどんな幸福な出来事にも、心を傷つけられてしまう。 評: 確かに幸福の状態は賢者で、不孝の状態は愚か者に見えるが、実は逆。 そんな浅いものでないのが人生の味わい。要するに考えてきたかどうか! バカの考え、休むに似たりというが、考えは心の底に蓄積されている。 ― 敵が欲しければ、味方より偉くなるだけでいい。 味方が欲しければ、 味方を引き立ててやればよい。 ― 幸運に圧しつぶされないためには、 不運に堪える以上に大きな徳を必要とする。 ― 友人に不信を抱くことは、 友人に欺かれるよりもっと恥ずべきことである。
― ▼ 数百年の時空を超えて、辛辣な人間観察の箴言が迫ってくる。 人間は、そうそう進歩しないということ。但し、知っているか、 知らないかで人生の節目時の判断は大きく変わっていたはず。 次回は、老いに対するラ・ロシュフコーの箴言。これがまた辛辣!
追:そうか、去年の今時分にフランスが、優勝をしていたのか! ・・・・・・ 6333,閑話小題 〜サッカー、フランスが優勝 2018年07月16日(月) * つれづれにサッカー ワールドカップも終わりをつげたが、クロアチアがここまで勝ち残るとは… クロアチア選手の疲労度を考えるとフランスが有利だった。 で、今朝のネット記事によると 《 ◇W杯ロシア大会 ▽決勝でフランスが4−2でクロアチアを下し、自国開催 だった98年大会以来20年ぶり2度目 となる優勝を飾った。優勝2回はブラジル (5回)、ドイツとイタリア(4回) に次ぎ、ウルグアイとアルゼンチンに 並ぶ4位。欧州勢の優勝は4大会連続。》 ― ▼ 毎年、今頃に行われる自転車レースのツールド・フランス最終日の凱旋 レースも良いが、ワールドカップの優勝は別物。これで甲子園への高校野球に 関心が移っていく。 … … … 熊:終わってみればオフランスですか。 寅:序盤で、ドイツ。中盤でブラジルが敗退したからね。 大家:最後はクロアチアを応援したけど、点数そのものが、その残存エネルギー そのままを現していたようだね。それにしても欧州のサッカー好きは、凄いね。 熊:ボール一つあればね… 誰でも出来るからね。これにオリンピックと隔年ある ため熱くなるからね… 八:日本も、よく戦ったよ。 何かさオラウータン、チンパンジー、ゴリラの間を、 短い手足の日本猿がで駆け巡って姿が、滑稽に見えてね。ゴリラの体当たりで、 吹っ飛ばされても、健気に立向かうのが愛らしくてさ。 寅:これで東京オリンピックでも、一応、メダル候補に? 大家:ワールドカップで活躍すると、収入が格段と上るというから、頑張るさ。
八:過去のワールドサッカーをHP内検索を入れると、幾つかあった。 ―――― 2002/07/01 面白かった!!
ワールドサッカーが終わった。やはり世界のトップが集まる試合は面白い。 サポーターと一体になった選手が段段燃えていくのがよい。 その時の勝負のアヤが左右するのが特に面白い。優勝候補のフランスと アルゼンチンが早々に敗れるというのも、勝負のアヤであった。ワールド カップというのがこういうものだという事が、理解できたように思った。 実際のところサッカーの面白みがいま一つピンとこなかったのが、 これを契機に好きになれそうだ。
決勝戦が終わったときの,勝者と敗者の差の大きさもそのまま 画面に出ていた。やはり一国でやるべきというのも確かであった。 最終戦で会場の勝者に対する会場のシラケぶりには世界に対して、 この国のセンスの低さを曝け出してしまった。
韓国の熱狂と比べ、途中で負けてしまった事を差し引いても 盛り上がりが少なかった事は否めない。 ブラジルが勝ちあがっていくプロセスでやはり強かったようだ。 南米の予選ではやっと勝ちあがってきたという。 彼らも実際優勝できると思ってなかったことも含め、喜びは最大級だろう。 TVの前でこれだけ熱狂するとは思ってもいなかった。
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