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2020年04月26日(日)
* 如何なってる… アメリカで、僅か3ヶ月で5万人も亡くなれば、只事ではない。家内が 長岡駅前のヨーカ堂の撤退したビルに出店したスーパーに買出しに行って、 暫くして帰ってきて宣う。 <長岡駅の専門店街の<「こころ」がパン屋と、 コーヒーショップと、ドラッグストアを除いて全てがシャッターを閉めている 異様な空気。頭で思ったのと、現風景でみるのとでは大違い>と興奮気味。 TVニュースでは、 < ☆ 米人口の95%が自宅待機対象に 米ニューヨーク・タイムズによると、新型コロナウイルスの感染者と死者数が ともに世界最多となった米国では、42州で外出禁止措置がとられている。 ワシントンD.C.とプエルトリコも合わせると3億1600万人以上、米国人口の 95%が自宅待機を余儀なくされている。 > ― ▼ これが、あと数ヶ月も続いたら、世界恐慌、世界大戦の勃発も有りうる。 北朝鮮の金主席が急に御隠れ?になったが、この一連の騒ぎで濡れ衣でもと 恐れたのか諸説紛紛ある。NHKなどTV局が毎日、様ざまな業界の惨状を特集。 昨日は介護関係のクラスターの恐怖と苦悩。そして、音楽関係者の苦悩。 3密の否定とは、居酒屋、スナック、コーヒーショップなど繁盛店への立入り の否定とくれば、大都会の否定につながる。『死にたくなければ、部屋で ネットと繋がり、あとはジッとしてろ!』は、今さら無理。若者の死亡率が 低いとなれば、大手をふって、何処が悪い論法に。世界の新型コロナの死者数 が18万、感染者数が、260万人。しかし、本来の数は遥かに多いのが通り相場。 ―
* ポストコロナの実際の落としどころの筋書きは 何か妙案がないものか… この状態のままでは暴動が頻発する。 大神様の口を借りるなら、 【人間どもよ、当分は、苦しめ、それが、地球の大自然を破壊してきた報い。 世界的大震災と思い定め、基本に立ち帰り、根底から文化、文明を組み替る べきと、教えている。それさえ気づかず、日々の生活に没頭する愚かさ。 中国と、アメリカの、病んだ姿勢の根本的否定の問題提起、これは… 都会のあり方の肯定が果たして正しいのか? 都会は3密が基本。 それ自体が不自然じゃないか、それさえ気づかない愚かさ。】 耳が痛いが、このベースを理解しないと、この問題は解決不可能。 …とすれば、この20万年かけて創り上げてきた文明の否定が必要ということ。 だから、生半かの対処じゃ無理である。あの病的トラちゃんと、ブーをみれば、 気づいて当然。 それが分らないとくれば、世界大戦という自滅で文化、文明 を一度、徹底的に破壊しなくてはならない。なめているよ、人間は! 何を万物の霊長だというのか。 …それを知らしめるに、丁度良い按配の コロナ菌が適正な武器ともいえる?
・・・・・・ 6615,閑話小題 〜平成の終わりに 〜3 2019年04月26日(金) * 遊び、学び、働きからみた平成の意味は? 人生の意味を考える時に、フランクルの哲学が参考になる。彼は、 ≪ <生きる意味は自ら発見するものであり、苦しみは真実への案内役だ>と。 <人生に期待するのでなく、人生の方が私たちに期待している>が印象的。 そこで自己超越のための3つの意味(価値)ーを、挙げている。 1・創造価値: 創造行為を通して得られる意味 =仕事・子育て・学問・芸術 2・体験価値: 体験を通して得られる価値・意味 =自然・芸術・愛 3・態度価値: 運命に対し模範的な態度を取ることで得られる価値・意味= 極限状況の中での尊厳ある態度。 また、ー人生には発見されるべき価値や意味があるーとして 1・意志への自由 (いかなる境遇でも自由意志を持つことができる) 2・意味への意志 (意味と目的を発見し充足するのは人間の努力である) 3・人生の意味 (創造・体験・態度など生きる姿勢の中に意味を見出す) の3つを上げている。フランクルは、「生きるとは価値判断(学習)と選択の 連続である」という信念が一貫してある。よく遊び、よく学び、よく働くことだ。 それに喜怒哀楽を開放してやることだ。≫ ― 昭和の終わりごろ、時代が世紀末にかけて大きく変わろうとしていた。 ソ連と東欧の崩壊。国内では、バブルと、その崩壊である。太平洋戦争以来の、 第二の敗戦である。何ゆえに、ここでフランクルの価値を取上げたか? それは、 価値観の根本的転換期だった時節が昭和と平成の境目ということ。 それだけ、大きな区切りが、改元の意味するところ。アメリカに捻りつぶされて しまった敗戦処理の時代。 右上りから、右下がりに方向転換をしたのである。 その時代認識が、甘かった結果が、私の現在の結果である。と、同時に始まった 本格的情報革命。ネット社会が、平成の時代に、現実社会を覆ってしまった。 情報量が一億倍? が、日々の生活を一変させている。 ― ・平成の時代の私的な出来事では母親の死になる。51歳時だったから22年前の 平成9年になる。昭和では27歳時の父親の死亡。大きな後ろ盾を無くしたが、 何かから自由になれた感覚もあった。昭和の終わりが1989年1月08日といえは、 その年に東西の壁が崩壊、その2年後にはソ連が崩壊した。ルーマニアで革命が 起きて、チャウスクスが殺された。また美空ひばりが亡くなった。 ・次に日本経済の敗戦といわれる、バブル崩壊。 日本経済の土地バブルと、 崩壊はその後の「失われた20・30年」につながりる。そのバブル形成の起点は 1985年9月22日の「プラザ合意」。バブル崩壊の開始時期は、定説があるようで はっきりしてないが (1)1991年(平成3年)3月説 (2)日経平均株価が下落に転じた1990年1月説がある。 平成はバブルの崩壊と低落傾向の30年だった。 これは、アメリカによる日本潰しの臭いが非常に強い。アメリカが作成した 日本経済潰しに何ら抵抗することなく、バブルに踊り、潰されたのである。 太平洋戦争の戦勝国が、抵抗力の全くない日本を手の平で、ヒネリつぶした30年 が平成の時代ということ。しかし、その自覚が国家にも国民にも何もない。 平成の間の国債発行高は? 考えただけでも恐ろしくなる。 ― ▼ こうして、平成と昭和を分断して、国として、私自身の事業を振返ると、 まだまだ、総括が甘い自分に気づかされたテーマになった。 国家として の日本は、あまりにも無惨。 近未来の姿が韓国と北朝鮮。 国家の態(体)を 成してない韓国を透視できても、自国のこととなると… 成るほど、バブルに 踊り、流された日本と、その縮小版の我身。最後は、態度価値を変えることで、 そのまま受容するしかない。 第一のバブル崩壊が『平成』の時代なら、 『令和』は第二のバブル崩壊の象徴? そこに『東京オリンピック』ともなれば… 平成天皇は丁度良い辞め時か。少しリーマンショックの2008年に雰囲気が似てきた。 私にとって平成は決して悪い時節ではなかった。事業の断捨離。厳しい返り矢だが、 決断すべき事態だったのが現実。 『昭和、平成』の時代から『令和』ですか! 『たどたどしく辿り着いた!』が、実感。 それと面白かった! が… 『あなたにとって、平成とは、どんな時代でしたか』の特番が(少)ないような! 昭和と平成のどっちが、良かった? と問われたとしたら、「へ・い・せ・い」。 なまなましいのは「しょ・う・わ」。とすると、『令和』は、何の問いですか? ・・・・・・ 6252,閑話小題 〜長屋のコンニャク談義 2018年04月26日(木) 熊: 何だよ、急に。 大家: 去年の同月同日のテーマを見て、急に思い立ってさ。 金ちゃんのことなら、御前ならズケズケ言うに丁度良いからさ。 熊: 俺だって、こんな兄殺し、叔父殺しの奴の悪口など話したくないね。 寅: 朝鮮といえば儒教の国だろう。そりゃ罪悪感で日々、恐れ慄いているさ。 それと、暗殺の恐怖もさ。側近と、その親族を根こそぎ処刑しているからね。 熊: 急に態度が変わったのは、締付けが効いてきたからさ。でもさ、誰が どうみても、核兵器も、ミサイルの放棄など、するわけないよ。 寅: 米朝首脳会談前に強硬派のCIA長官が渡朝し、厳しい前提条件を突き つけたはず。突如、中止になったり、会談が決裂したら、即、戦争の危機さ。 大家: 私は悲観的さ、アメリカは本気で戦争をするとみている。ロシア疑惑と、 秋口の中間選挙対策もあるし、中国、ロシアへの見せしめもあるしね。 やらない訳がない。それを前提に、これからの一連の会談を見るといいね。 熊: でも、トランプってバカだろう。プーチンがスパイ網全てを使って 大統領に押し上げた男。バカを大統領にして、子バカを嗾けただけだろう。 寅: おいおい、本当のことを言うと、暗殺されるぞ。 熊: 北、アメリカのどっちから? …ああ、両方かい。 八: プーチンは、世界を支配しているのがユダヤ資本と看破していて、憎悪に 近い感情を持っている。だからトランプを大統領に当選させて、北と相討ち をさせるのが戦略。かなり際どい日々が続くことになるね。 大家: 下手なハリウッド映画のようだな。トランプとプーチンじゃ、器が 違い過ぎ。政治家としての余命からして持ち時間の量が格段と違うよ。 寅: 悪い夢をみているようだね。でも、プーチンの、ありゃないよ。 熊: アメリカの俺程度の白人が支持層だろう。それなら、如何ともなるよ。 俺たちのレベルは、とにかく目先さえ良くしてくれれば、それで良いのさ。 そうだろう、それしかないからね。 寅: 俺も、熊に近い方だからね。でも、クリントン女史じゃ、あのままだろう。 八: どっちの政党でも「金持ちによる、金持ちのための政策」は変わらないよ。 日本は地政学的に、アメリカと中国の境目に位置している恩恵を忘れない ことだね。 熊: 世界の3分の2は、俺のような貧民の奴隷層だろう。しかし全く自覚が 無いんだよな。 寅: 日本人というだけで、3分の1の層だよ。でもさ、最近、つくづく貧しさを 感じるんだ。一生懸命働いて、生活するだけ何も残らないんだよ、何も。 大家: 三食食べて、こうしてノウノウと政治談議が出来るだけ、有難いと思わ ないとね。だけど、危ない状況の現状認識を忘れないことさ。
・・・・・・・ 5885,閑話小題 〜北朝鮮問題 2017年04月26日(水) * 北朝鮮の結末は 北朝鮮の記念日の核実験はなかった。中国が原油を止める事態ともなれば、 国家の存続が出来なくなる」という理由が出来て面子も立ったからだ。 それにしても、中国が原油供給停止の恫喝とは驚き。このままでは、そう遠く ない時期に戦争か、原因不明の病死の発表で体制が変わるか? 韓国に米国人20万人が滞在しているため、アメリカの奇襲攻撃がないこと位 は、南北朝鮮の人たちは知っている。ちなみに、駐韓日本人は6万人とか。 しかし目先を乗り越えても、年内か来年辺には?・・ 近未来も同じなら、 今やっても同じと考えても不思議ではない。韓国人の7割が移住希望を持って いるというのも、理解できる。 このところ、沈黙を保っているロシアのプーチンにとって、朝鮮戦争は、 願ったりかなったり、とすると、この男がカギを握っているのかも。 小狡い北狐、中国からロシアに原油供給を委ねる可能性もある。 ところで、韓国内は、この手の北の恫喝には慣れたもの、5月9日の大統領 選挙の方に遥かに注目度が高いという。 * 結局、今年の花見はなし 悠久山と福島江の恒例の花見、今年は行かずしまい。 近年、悠久山の花見 に行かなかった記憶はない。(信濃川土手の公園の桜は、早朝のポタリングで、 自転車を乗りながら見ていたが)。 毎日のようにTVで、世界の絶景紀行 モノを見ているのも影響している?のか、桜の当たり年ではなかったためか? 北朝鮮の恫喝のニュースで、そんな気分になれなかったのか。(それほど、 シャイでもないか) 鶯の鳴声を一度だけ、信濃川土手河原で聞いたが、自宅 の庭と、近所では一度も聞くことがなかった。 ・・・・・・ 5155,理性と感性と悟性 2015年04月26日(日) * 理性とは何か 学生時代のゼミで何気なく私が発した言葉が。「理性とは何ですか?」 あまりに唐突だったので、誰もがポカンとしていたが、それを簡潔に解釈した 内容を47年後にネットで見つけた! ネットと暇な時間は便利である・・ ≪ カントやヘーゲルによって展開された「ドイツ観念論」を理解するためには、 まず、感性と悟性と理性という三つの能力を区別する必要がある。 主体としての人間が対象に働きかける仕方である。 ・「感性」は「直観」の能力であり、時間と空間という形式を持つ。 (「直観」とは、カントの場合、見たり、聞いたりする感性的(=感覚的) な直接知を意味する。)我々が何かを見たり聞いたりする際には常に、その条件 として、時間と空間という形式が先行しているはずである。我々は物(あるいは 何かのイメージ)を空間(および時間)なしに考えることは出来ないのだから。 ・「悟性」と訳される「フェアシュタント(Verstand)」というドイツ語は、 「解る」「理解する」という意味の動詞(verstehen)から来ていて、 「理解する力」「常識」(英訳は、"understanding")を意味する。 その純粋な形式が、カントが「カテゴリー」と呼ぶ、判断の論理的形式である。 (これには、肯定や否定という判断の「質」、存在や全称という判断の「量」、 実体や因果性という判断の「関係」、必然や可能という判断の「様相」がある。) ・これに対して、「理性」は、より高次の、悟性の判断を総合的に関係づける、 推理の能力である。例えば、「人間は死ぬ」という命題は、「生物」という 媒概念を介して、「人間は生物である」「生物は死ぬ」という二つの判断を 総合したものである。英語でいうと、リーズン。つまり、「理由」「根拠」 「道理」を意味するのが「理性」である。なぜ?と問いかけたとき、 「なぜなら〜だからだ」と答える力が理性になる。≫ ▼ 「感性」は直感能力、「悟性」は理解能力、「理性」は「高次の推理能力」、 つまり高次の理由づけ、根拠づけになる。世間の噂話レベルは、身近な世界 の空間・時間が先行するため、一般的には「あの世界」に埋没する。 理性の真逆の世界。理性を高めるには、「ぼんやり時間」を意識的に持たねば ならない。「ぼんやり」とは、闇の世界で迷子になっている状態。その5文字は 1、「闇」―蛍と星とダークマター 2、「独」―独りでいること 3、「閑」―逆茂木に囲まれて 4、「怠」―「1日4時間労働」の夢 5、「懶」―心の余白 である。 いっけん、理性の世界とは真逆のようだが、この状況から、感性も、 悟性も、理性も研ぎ澄まされる。高次の道理の追求ということ! ・・・・・・ 5520,閑話小題 〜寺院消滅が止まらない! 2016年04月26日(火) * 寺院消滅が止まらない! 葬式といえば、今では節約対象の一番の対象で、地味葬が求められる。 葬式業者に頼んで、坊様への謝礼は、一番、削る対象になる。これまで 続いてきた葬式に対する習慣が一変し始めた。 あるレポートに、 「寺院消滅が止まらない!」があった。〜その概要とは〜 ≪ 団塊世代も死期に入り、葬式、法要が増えてきたが、以前ほど、49日法要、 一周忌法要、三回忌法要、七回忌法要など言わなくなった。大都会に集中し、 地方の過疎化と、家制度の崩壊が背景にある。あと10数年もしないうちに、 寺院の三分の一が住職不在になるという。 江戸時代に、戸籍管理を委託され、 それを良いことに、好き放題に搾取してきたことに檀家が、気づき、離れて いった歴史がある。で、今では半数近く住職の収入が300万前後。 2040年までに人口に占める若年女性人口(20歳〜39)の割合が、 現在よりも50%減少する自治体を「消滅可能とし」として全国の自治体の 将来人口を推計した。人口が減れば当然、寺も減る。 日本の寺院の役割は大きく二つある。「寺=信仰」、「墓=供養」である。 鹿児島県では、明治初期に、全国で吹荒れた廃仏毀釈により1066の寺院が すべて消滅、現在では490まで戻した。それでも寺院が少ないのが目立つが、 寺院の存在意義を、団塊世代以下の人たちが、見出さなくなったことが大きい。≫ ▼ 寺院が食べていける「檀家」数が、最低で200軒。これでは、地方の寺院 が消滅化は当然の流れ。何ゆえ死を恐れるかといえば、人生を充分に生きて こなかった結果、やり残したことへの無念と、死んだら、生臭い永遠の中に、 消え去る不安からくる恐怖。更に、身近な人の葬式で、彼岸に見送る儀式をし、 重油で焼かれた骨を墓に収めて終わり!とする共同幻想の儀式。で、後は、 法要で、生きている人たちが、世間向けに亡き人の思い出話。これは形を 変えた昔のレジャー、それはそれで、残された人たちの魂の慰めになる上に、 当人の慰霊になっていた。でも、これは、別に法要をしなくとも、仏壇の前で、 心を篭めれば、毎朝、出来る習慣。お墓は、死後の世界を信じる人の祖先様の 共同住宅という幻想の場。そう思えば、心が休まる。 後記)書き終えた後、以前、似たテーマで書いたのではと、ブログ内検索で 調べてみると、二回も書いていた。で、「没にしようか」迷ったが、これは これで載せることにした。戦前までは大方を占めた、情報不足の人にとって、 その法話は、有難たい心の洗濯、人生を考えさせられる内容だったが、今では TV、ネットで一般人の方が数多の知識がある。法難は、寺院に吹き荒れる。
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