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2020年01月05日(日)
* これは危ない! 年頭から、よりにもよってトランプの直接命令で、イラン革命防衛隊の ソレイマニ司令官の殺害とは… これでは戦争か、大規模テロが間違いなく 起こるレベル。 トランプは、早速、戦争を否定する声明を出したが、これで 収まるわけがない。 イランのアフガン化? イラク、シリア化? 直接被害は 一般大衆。トランプにとって、イランとの戦争は、自らの弾劾裁判の目を逸らす 狙いになるが、一般市民からすれば身近で何が起きるか… これは危ない。 ― ネットによると… 《 イラクの首都バグダッドの国際空港で3日、米軍による空爆でイラン の精鋭部隊・革命防衛隊の実力者ソレイマニ司令官らが殺害された。 米国防総省が殺害を認める声明を出し、イラン側も死亡を認めた。 ソレイマニ司令官はイラン国内で英雄視される存在で、米国とイランの 緊張関係がいっそう高まるのは必至だ。》 《日本は原油の8割から9割ぐらい、天然ガスなども多くを中東から輸入して いるので、今の生活が一気にできなくなってしまって大パニックになる可能性 がある。》 ― ▼ 日本にとって、由々しき問題だが、シェール石油生産国になった アメリカにとって、以前ほどの問題がなくなった。 まず考えられるのが、要人の暗殺か、無差別テロ、本格的全面戦争かの何れ かになるのか。 それぞれのシュミレーションがある筈。… …小型原爆テロもありとすると、海外旅行も安心できない事態。イスラム教と ユダヤ・キリスト教連合の本格的な文明の相克ということか。白人第一主義の 極右トランプ大統領の本音が出てくるのは、これから。弾劾裁判で精神失調で… 何をしでかすか? 狂信教徒の白鬼と赤鬼の次の殺戮場面がイラン? イランは捨身で、核開発に邁進、それを阻止しようと、アラブとイスラエルが 本格的戦争を仕掛ける構図が鮮明に… これも21世紀の現象! 今世紀、妖気漂う世界が… 本とうに持つのだろうか。
・・・・・・ 6506,閑話小題 〜世界のドキュメンタリー「シュガーベイビー」 2019年01月05日(土)
昨日の晩酌時に、『世界ドキュメント』で、少し危ない?内容で、 日本では援助交際といわれている『シュガーベイビー』をテーマにしたもの。 知人の何人かがシュガーパパ…? 長い人生の中で何度か?機会があったが、 父から「愛人を囲うのは割に合わない…」と家訓で、聞かされていた。 城下町・長岡では、河井継之助が江戸末期に『禁止令』を出した?とかで、 『愛人を持つ』という言葉に、否定的含みがあるが、金沢では、羨望を含んだ 願望があったような? この番組で、ネットサイトで堂々と、シュガーパパ、 シュガーベビーが、個々の条件を公開… その、あまりの内容に、 慌ててチャネルを変え、寝室のTVに録画を入れて、後でみることに… ― ≪ イギリスで活動するTVタレントのヴォーグ・ウィリアムズが、社会的に 論議を呼んでいるテーマに挑戦。セレブな世界旅行をダディーたちと楽しむ 20代の美人は、もともとは学費を稼ぐのが目的。いまや「男性に自己肯定感を 与える役目なの」と、ベイビー側の“人間度”を誇らしく語る。 ヴォーグは、ダディー側にも突撃。「売春ではないか」と責めるが… マネー社会の新たな“甘〜い”男女関係か、人々の心理や社会背景を探る。≫ 〜ネットサーフィンから〜 【 〜パトロン? 愛人?…NO! シュガーベイビーという女の生き方〜 …彼女達の目標はCEO、経営者、起業家やプロデューサーになることだ- しかしもし、将来的に彼女達の雇い主が彼女たちの「シュガーベイビー」 としての過去を知ってしまったら、間違いなくクビにされてしまうだろう。 「シュガーベイビー」という生き方はそれほどリスクを伴うものであって、 彼女達は常に細心の注意を払わなければならない。 「シュガーベイビー」 はたくましく、真面目で自分たちが求めるものがはっきりとしている女性達。 「シュガーベイビー」という生業を通して、成功者であり、金持ちである人達 と交流できるというのも、彼女達にとってはインセンティブなのだ。 彼女達は金持ちの男性達から金を巻き上げる為に「シュガーベイビー」になる わけではない。成功者との交流の中で、自分がどのように成功できるのか、 そして自活ができるようになるのか学ぶのである。 起業家とは、多大なリスクを負いながらも、いつか成功するだろうという 長期的なスパンでビジネスを立ち上げ、運営する人達のことである。 この定義からしたら「シュガーベイビー」は間違いなく起業家なのである。 そんな賢く、セクシーで野心に燃える彼女達のために乾杯しよう。 例え私たちが彼女達の様な生き方をしたくなくても、彼女達の野望、 自信、そしてただひたすら成功を追い求める姿勢は敬意に値する。】 ―― < ー投稿者:りか/20代ー シュガーデートは、日本で言うパパ活なんだと思います。 両方ともかわいらしい響きの言葉にしていますが、実際には危険や将来的な 後悔があることをもっと知るべきです。美貌や若さとお金の取引は、それが 出来なくなった時に自分の価値を見失ってしまいそうです。> ― ▼ 日本では、クラブ、キャバクラに、旧業態では、花街に、それがあった ようだ。女性にはファザコンのためか、パパ、ジジ専が存在する。ここで 最大のサイトで、ベビーが20〜25歳、パパが45歳以上。男のベビー希望者も。 20〜30年前の話だが、県内相場は、女子大生が20万とか。 フォロアーの知人の中に何を書かれるかヒヤヒヤの人が? いや、いません! 秘・異郷ツアーのエネルギーを「シュガーベビーデイト」に向けていたら… 後味が良し悪しからして…? 身ぎれいにしておくべき、身ぎれいに! …せめて一年ぐらいなら? 味わったら一年で済まないでしょう。これは!
―― 2006年10月18日(水) 2024, ある煉獄の中にて 才八∋ウ_〆(∀`●) これからの内容は本人の同意を得て書いている。 (もし本人の同意なくして書いたとしたら、本人を著しく傷つけことになる上に、 裏切り行為になる。本人曰く「母の苦労を多くの人に知ってもらえるから、書い てもよいです!」…)そこには誰も悪人はいない、存在するのは人類最大の問題 (嫁・小姑など家に存在する)不条理。Aさんの話を聞くうちに浮かび上がって きた奥行きの深い話。どこの家にも、このような問題はあるが、あまりに複雑な 構図である。 それを背景としてAさんの一人間としての素晴らしさが 浮かび上がってくる。 〔註〕煉獄とは、地獄と娑婆ー現世の中間にあるところ ー女性Aさん(25歳)の視点で書くー (以下、敬称は略す) ・Aの母親F(48歳)が夫と離婚、Aと弟を引き取り中越地区の実家に出戻った。 ・実家にはFの両親B・C(80歳前後)と、Bさんの未婚の姉のD(80歳代前半) が存在。 家は大きな家ではない。 ・Aの母親Fは、AとAの弟E(21歳)を育てるため身を粉にして働いた。 そしてAは女子短大を卒業、新潟の私の会社に就職して5年目になる。 弟Bはコンピューター専門学校を卒業、今年から首都圏のソフト会社に就職。 ・ところが母親は立ち仕事で人一倍働いたため、腰痛が悪化。去年から働きに 出れなくなり収入も途絶えた。 ・そのため元々折り合いが良くなかった同居の叔母Dとの人間関係のバランスが 崩れてしまった。 子供二人が家を出ていってしまったことと、母親Fが働け ないため収入が途絶えたことで、最も弱い立場の陥り、その結果として鬱病に なりかけている。 ・Aにとっては、そんな実家には帰りたくないが、そのままにしていたら母は 重度の鬱病になり廃人に…。A一人の収入では母親を引き取れない。そこが地獄 絵図の世界としても、その狭い家に帰らないと母は間違いなく潰れてしまう… いう内容。 露骨に言ってしまえば、 ☆ ・「行かず後家」と、・その実家に「出戻ってきた母」と、・嫁の立場の 「お祖母さん」と、・その間でシドロモドロする「お祖父さん」が織り成す 小さな世界の蓄積された‘葛藤ドラマ’ということになる。 (以下、字数の関係でカット2009年10月18日) ・・・・・・ 6141,読書日記 〜「続・下流老人」 ー3 サイレントプア問題 2018年01月05日(金) <続・下流老人 一億総疲弊社会の到来・2016/12> * サイレントプア 何事も皺寄せは弱者の方に行くが、多問題家族や、シングルマザーの貧困層 だけでなく、都会と地方格差の問題がある。青森や沖縄など地元大学関係者など の話に、「うちの地方など‘貧乏が普通の状態’がある。それ以前に、自分の 貧乏すら気づいていない。誰も声を上げない貧乏を‘サイレントプア’という。 過疎化など人口の50%以上が65歳以上の高齢者になって冠婚葬祭など社会的共同 生活の維持が困難になっている集落を「限界集落」という。跡継ぎもおらず、 高齢者が地方に一人だけ取残される現象は‘家族消滅’の象徴である。 私を含めた姉・兄の甥姪の地元在住は、私の長男の一人だけ。あとは首都圏。 高齢化にともない、年金補助金不足から、政府は、「一億総活躍社会」と囃し たてているが、女・老人も極限まで働け!ということ。誰が還暦過ぎても働い ものか。例外はいるが… お金が、あればこそ面白いが、金欠なら、話は別。 要するに‘高齢者の働かない自由’が奪われた社会になることを意味する。 生涯現役社会が、本当の豊かさの訳がない。 ― * 介護難民の増加 〜下流介護難民 それぞれの人生の格差が、そのまま上流老人と下流老人の格差が生じるため、 ことは深刻。グレードの高い老人ホームの一時金だけで4億のものもあるという。 逆の「下流老人」は、実に厳しい状況になる。それを改善する手立てのサービス は、現金ではなく、現物支給でなくてはと、著者は強調する〜 『 …つまり一律の現金給付では‘個々人の生活の必要’に即した弾力的な 制度運用ができない。簡単な話。『車椅子をあげます』という時に、障碍者の ふりをして車椅子を貰う人はいません。でも、『現金であげます』といったら、 障碍者のふりをして現金を貰おうとする人はたくさん出てくる。現金と現物は 違うのです。だから普遍的ニーズを満たすために現物支給をすべしと言っている のです。』 スペインやギリシャで生活困窮者への食事提供をTVで放映していた。 誰もが下流介護難民の可能性がある。死んでしまえば、それも解消される? 「長生きをしたくもあり、したくないもあり…」生きている故に言えることだが! 〜で、以下に続く ・・・・・・ 5044,生と死をめぐる断想 ー1 2015年01月05日(月) 『生と死をめぐる断想 』岸本 葉子(著) * 死をそばに感じて生きる 〜団十郎の辞世 ー 色は空 空は色との 時なき世へ ー 以下は、序文の冒頭の内容。日本人の2人に1人の割合でガンになり、 3人に1人の割合で亡くなるという。高齢化で、ガンになるまで、死ななく なった結果、死を意識する時間が長くなったこともある。今では死に関する 知識を、一般の人が、ネットなどから死生観を収集したり、表現できる機会が 増えている。 ー まずは序文の冒頭からー ≪ 2013年2月に亡くなった歌舞伎俳優の市川團十郎の辞世の句だ。 葬儀の場で長男の團十郎のパソコンに残されていたという。 詠まれたのは前年の十二月、亡くなる数ヶ月前である。 色は空(そら)、空は色(いろ)との 時なき世へ、と海老蔵は読んでいた。 この句に接し、『般若心経』の中のあの一節を思い浮かべる方は多いだろう。 色即是空 空即是色。それに寄せて読むならば、冒頭の句は、 色は色(しき)空 空(くう)色(しき) との時なき世へ、となる。 色はかたちあるものと、ひらたくは言われる。空は空っぽ、何もない、という ことか。空しい、ということか。かたちあるものは実は何もない、空しい、と 教えているのか。そうではない。(略)・・ このことは追々深めたい。 時なき世とは。時間のない世。時間を超えた世。超時間性は永遠と言換えられる。 それは、この世に対するあの世なのか。この「時なき世」が團十郎の句では 「色は空空は色」と「との」でつながる。「との」は、と言われる、とか、と 聞いている、の意だ。色即是空、空即是色とかねてより聞いている時なき世。 「へ」は方向を示す助詞である。色即是空、空即是色とかねてより聞いている ところの 時なき世へ、自分はこれから行くのである。團十郎の死生観を 表す句と言える。(略)・・ 團十郎が、死を前に遺した五七五が、芸についての 教えでなく死生観の表出だったのは、私には少し意外、けれどもすぐに理解できた。 團汁郎は長く血液のがんを患っている。治療の副作用による絶え間ないめまいと 吐き気を無間地獄と、あるインタビューでは曝えていた。何度も再発入院し、 骨髄移植をしていた。・・・≫ ▼ 色を「しき」と「いろ」、空を「くう」と「そら」と、息子が間違えて 言ってしまった可能性もあるが、真偽はわからない。栄華を極めたあと、 とたんの苦しみの死際の言葉であればこそ、心に響く。 即興の辞世! 《 色即是空 死んでしまえば それまでよ 空即是色 》 ・・・・・・ 5409,新年に ー「過去」は過ぎ去らることはない 2016年01月05日(火) *「過去」はわたしを忘れない 〜『貧乏の神様』柳美里著 芥川賞作家の柳美里の『貧乏の神様』の中にあった言葉。 現役時代の「森の生活」の時節は、過去は遠い彼方のように思っていたが、 還暦を過ぎる「サバンナの生活」に移行したころから、以下のように 過去への心象風景がチョイと変わってきた。 〜その一節より ≪ ・・「過去」とは、過ぎ去った時間や事柄を示す言葉ですが、 わたしは、「過去」は決して過ぎ去らない、と思うのです。 自分が2つの足を置いているその場所に、過去は地層のように堆積し、 精神が地震に遭ったように揺らぐと、足元に亀裂が走り、地層(過去) が露出する―― 放浪の最中に、わたしは何度も過去に待ち伏せされ、 過去の落とし穴に足をとられそうになりました。 わたしが過去を忘れても、過去はわたしを決して忘れない。 過去が更新されて「今」になるのではなく、過去は過去のまま 更新されるのです。未来は全て過去にある、という言葉の意味を、 40歳を過ぎて噛み締めています。≫ ▼ <過去を忘れても、過去はわたしを忘れない!> <未来は全て過去にある> の言葉が先の少ない時節の胸に刺さる。 秘・異郷を中心に50回のツアーに行った先のどこかが、TVの旅番組で、 毎日のように現地レポートされる。その度に、それぞれの記憶が露出し、 その体験した記憶に、新たな現地の映像が加わっていく。この随想日記も、 早朝に15年分を読み返していると、過去からの声が、それぞれの同月同日の 「いま、ここ、わたし」の声が、ざわめきのように「いま、ここ、わたし」 に語りかけてくる。 葬式で、故人の決して後味が良いだけでない思い出が、 心の足元を揺らがすことがある。サバンナ(御隠居)の生活では、有り余る 時間の中で、過去の堆積物から思いもよらないフラッシュが沸いて出る。 あの暗い老人は、その暗黒の堆積物の暗部に引き込まれた結果である。 「因果応報」「因縁」というが、隠れている過去は、何かをキッカケに 表立ってくる。それが現在か、近い将来になるかでしかない。 人生とは、過去という荷物を担いで、一歩一歩を独りいく道のりである。 ・・・・・・ 5774,閑話小題 〜シェルター内事情 2017年01月05日(木) * 居間から寝室へ重点移動 ★ 一昨年の11月に寝室のTVにWoWoWの二台目契約をした上で、ブルーレイ を入れて13ヶ月、経過した。 居間では外界の音が入ってくるが、寝室は、 ほぼ無音状態。この間の録画数が300本を超え、限界状況の表示が出てきた。 今では録画する都度、優先的に何かを見るか、消している。 『録りだめしても、二度と見ないのでは?』の対策がある。映画に飽きた気分 転換に、小まめに録画一覧を見て、頭部分だけを見る習慣付をするとよい。 習慣的に見ていると、これ自体が面白くなる。 また再び続きから見ると、 連続ものを見るようで抵抗がなくなる。 面白いものは、何があれ面白い。
★ 年末年始の一週間、面白そうな番組が目白押しのためベッドにクギ付け状態。 それに飽きると、廊下を挟んだ仏間の一角のパソコン前に移動するか、居間 まで出張をし、お茶を飲む生活。その寝正月も、昨日からはスポーツジム通い が始まり、TV漬け生活も終わった。とはいえ、それに図書館と、スーパーの酒 とツマミの買出し、スポーツジム通いが加わるだけ。 6年続けてきた、週一の シネマ通いは、今年から大よそ半分にする予定。ベッド内で映画を連日見れば、 二週に一度で充分?だが、実際はどうなるか。 『こんな生活、飽きない?』 という声が聞こえてきそうだが、そうでもないから困ったもの。雪国の冬場は、 「晴耕雨(雪)読」で、シェルターに閉じ籠りを楽しむしかない。 <還暦までの10年間に、30年分を圧縮して生きる>が、実際に、そこまで出来た かどうかは別としても、この年齢になると、気持ちを穏やかにさせてくれる。 老いの愚痴、怒りは、世間的制約で、出来なかったこと、実践できなかった、 不燃焼が起因している。で、攻撃は、弱者とか、社会そのものに向かう。 次々と立ちあらわれくるフラッシュに、独りごとを呟いている自分がいる。
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