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2019年10月15日(火)
* あの一字が、相撲の立合いのエネルギーの瞬時と… 昨日の早朝、ポタリングに行こうか迷った末、ポタリング(自転車散歩)の 予定を中止、何気なくニュースを見ていると、書家の武田双雲のインタビューを 中心とした取材があった。 3年前、本人がブログを更新し、発達障害のひとつ であるADHD(注意欠陥・多動性障害)の可能性があることを明かした。 ブログのタイトルは「たぶん僕は今で言うと精神の病気?」。 冒頭、アップルの創業者スティーブ・ジョブス氏がADHDだったと。 本人曰く、 <“たぶん、僕もADHD。度合いはわかんないけど。たとえば学生の時、 椅子を作る授業ど僕だけ完成せず、まったく椅子にならなかったり、裁縫が全く できない、何度頑張っても三角おにぎりも、箸もちゃんと握れない、黒板の文字 がすぐにゲシュタルト崩壊していく。授業が次の科目に移ってることがわから なくなるなど。まわりが就職活動してることの意味がわからなかった。 三回ともバイトはすべて首。学校では人と合わなかったけど両親やまわりに それをよい個性と受け入れてくれる人がいて恵まれてよかったなぁと。> 武田さんは熊本県生まれ。3歳から書道家の母に師事。東京理科大卒。 NTT入社後、25歳で書道家になった。NHK大河ドラマ「天地人」などの題字や、 書のパフォーマンスで知られる。
インタビューの中身は、なかなか奥行きが深く、ハッとする言葉が続く。 ◉ 両親が私に対して、誰とも比較することなく、その時々のハプニング全てを 肯定してくれていた。 ◉ 書家として生きていくため、駅で書を売る覚悟で目立たない隅に座した。 相手の欲する字を書こうとしたが、その為の色紙が無いことに初めて気づく。 そこから始まった。自分の書いた字に興味を持つ人は誰一人いない。 ◉ ある邂逅が自分を変えた。20歳代の女性が、「さっき、彼氏と別れてきた。 何んでもいいから書いて欲しい」と。その時に、『愛』という字を書いたが、 その墨が下にたれて涙のようにみえた。 気持ちが伝わったのか、女性は、 号泣した。そして、思いの外のお金を頂いた。 ◉ 発達障害を隠さないのは、障害と言葉はマイナスと受け取られるが、 そのマイナスの中に、膨大なエネルギーと、御宝があることを知っている。 【 口先でなく、事業整理に入り、成るほどと思うバッシングにあった。 大した時間が経過しない内に、悪魔の代弁者の彼らが、己の膿を、そのまま 表出しているに過ぎないことを… 「自分の傷口の血を、相手の傷口に、 擦りつけている」だけのこと。会社整理は、資本主義社会では経済的敗北者。 『創業者なればこそ、当初から覚悟の上… で如何した!』がベースの 一つにある。マイナスの結果も、これまた受入れられるのが創業者の強み。】 ◉ 書道教室で、小学生に想いのまま、字を書かせる。双雲は、「楽しく!」が 人生のモチーフ。それを常日頃、来ていた女生徒が、ラッコを書いた。 その理由を聞くと、『普段、楽しめといっているから、楽っ子、ラッコを 思いついた』と… ◉ 『AI』の時代なればこそ、自分のような発達障害の才能が求められる ―― ▼ 学生時代、ゼミ仲間の卒論テーマが、『年齢による価値観の変遷について』。 結局、あまりに深く、未提出で、責任をとってゼミを止めていった。 面白そうなテーマで、概略として考えてみる必要がある内容。因縁の「因」と、 「縁」の、年代別の変遷になるのか。 段々、棺桶に近づくにつれて、純心に 物事をみれるようになる。そして、その視点で自らを省みて「何とまあ!」 一人赤面。 先日、河川敷や、公園で何する風もなく、ボ〜ッとしている 老人に何をしているかインタビューをするインタビューが、これ傑作。 「面白くなかった人生、サッサと死にたい」とか、「こうしているのが好き」 失うものもないためか、本音を語る。もう少し、哲学的なものもなし。 しかし、発達障害で、「いま、ここ、わたし」の世界しか持ちようがないが 故の、特別な才能が深く掘り下げる特別の才能も授かる。
・・・・・・ 6424,旅行の話 〜パックツアーの構造 ―5 2018年10月15日(月)
* 事例で見ると… ・『エジプト・トルコ10日の旅』が、その最たる事例。 ローマで乗り継ぎ、カイロから、ナイル川沿岸にある3千数百年前の遺跡群を 周り、カイロに戻り、ピラミッドをみた後、トルコのイスタンプールへ。そして アンカラからカッパドキアの地下都市を早朝から深夜までの過酷なコース。 その過酷の日程を何とも思わせないのが、遺跡が物語る歴史の広がりと、深み。 エジプトといえば、ナポレオンのエジプト遠征で「兵士諸君4000年の歴史が 見下ろしている」の演説。1798年、ナポレオンが行ったエジプト遠征の翌年八月、 ナイル河口のロゼッタという町の近くで塹壕を掘っていた工兵が黒石の断片、 ロゼッタ・ストーンを発見。 この断片には、BC196年に発布された プトレマイオス五世を讃える諸行事の規定が、二種の書体のエジプト文字と ギリシア文字の三書体で繰り返し記されており、これを手掛かりに、フランスの シャンポリオン(1790〜1832)が、エジプト文字の解読を成功させた。 ナポレオンの戦略は失敗に終わったが、石の発見は大きな功績となった。 ・エジプトから息をつかさず、トルコのイスタンプールへ。世界で最も美しい モスクと評され、トルコを代表するブルームスク寺院は、オスマン帝国時代1616年 に建造されたもの。そして、アンカラから、カッパドキアの地下都市群へ。異教徒 の侵略から逃れるためにキリスト教徒が、奇岩群に隠れるように造られた地下都市。 この旅行で初めて、その存在を知ったが、宗教間の争いの過酷さが垣間見えた 信じ難い光景。ピラミッドに、ラムセス?のミイラ、アスワンからルクソール までのナイル川沿岸に点在する古代遺跡、そしてトルコの遺跡。 僅か10日で、 背中に重い歴史を背負いこんだ感覚になってしまった。ツアーなればこそ可能 にしてくれた事例。世界は広い上に、深い歴史が、地下深く埋ずもれている。
ネットサーフィンの、このコースのコピー。 私はエジプトからトルコの逆の10日間のコース。観光内容は全く同じ。
―――― ≪ 阪急交通社(トラピックス)の「エジプト・トルコ 周遊11日間」、 まずはエジプト編です。
(1日目) 21:25 中部国際空港よりエティハド航空でアブダビへ。(所要時間約12時間30分) ※北京で約1時間駐機 (機内泊) ー (2日目) 06:20 アブダビ到着。 09:30 乗り継ぎ空路、イスタンブールへ。(所要時間約4時間45分) 13:15 イスタンブール到着後、バスでチャナッカレへ。(320km6時間) ダーダネルス海峡は、フェリーで移動。 20:30 ホテル到着。 (チャナッカレで宿泊) ー (3日目) 07:30 古代都市トロイへバス移動。(約20km1時間)トロイ遺跡観光(1時間) 観光後、ベルガマへ。(約230km約4時間) アスクレピオン観光 トルコ石の店 で監禁 クシャダスへバス移動。(約205km3時間) 19:30 ホテル到着。 (クシャダス宿泊) ー 4日目 7:30 ホテルを出発、エフェソスへ。(約20km/約1時間)エフェソス遺跡観光 革製品のお店で監禁 その後、パムッカレへ。(約185km約3時間) ヒエラポリス遺跡、石灰棚観光後、アフィヨンへバス移動。(225km3時間30分) 20:30 ホテル到着。 (アフィヨン宿泊) ー 5日目 07:30 ホテルを出発し、コンヤへ。(約223km約3時間30分) メブラーナ博物館観光 ※入場観光 インジェミナーレ神学校観光後、 カッパドキアへバス移動。(約230km約3時間) 途中☆陶器のお店で監禁。18:30 ホテル到着。 (カッパドキア宿泊) ー 6日目 05:30 バルーンツアー又は4WDサファリ カイマクル地下都市観光 ギョレメ野外博物館観光 ※入場観光 ウチヒサール パシャパー デヴレント エセンテペ トルコ絨毯の店 観光後、アンカラへ。(約280km約3時間30分) 19:30 ホテル到着。(アンカラ宿泊) ― 7日目 07:30 ホテルを出発し、イスタンブールへ。(約450km約6時間30分) トプカプ宮殿 ※入場観光 アヤソフィア ※外観のみ グランドバザール 20:00 ホテル到着。(イスタンブール宿泊) ― 8日目 08:00 ホテル出発。ボスポラス海峡クルーズ ブルーモスク※入場観光 アヤソフィア ※ 外 観 の み !!!!! 14:00頃 イスタンブールより空路、カイロへ。(所要時間約2時間) 14:30 機内食が本日の 夕 食 ! : ここまでトルコ編 http://4travel.jp/traveler/masa00394/album/10764996/ --------------------- ↓ここから エジプト編
16:00 到着後、ホテルへ。途中、パピルスのお店で監禁 17:00 ホテル到着。(カイロ宿泊) ― 9日目 08:30 ホテル出発。 クフ王のピラミッド ※入場観光 スフィンクス カフラー王のピラミッド メンカフラー王のピラミッド 金製品のお店 メンフィス遺跡 ※入場観光 サッカラの階段ピラミッド ダハシュールの屈折ピラミッド 赤のピラミッド 観光後、カイロへ。(約80km約1時間30分) 21:00 ホテル到着。(カイロ宿泊) ― 10日目 08:00 ホテル出発。エジプト考古学博物館観光 ※入場観光 観光後、空港へ。 13:50 カイロより空路、アブダビへ。(所要時間約3時間10分) 19:00 アブダビ到着。 21:30 乗り継ぎ空路、エティハド航空にて帰国の途へ。 (所要時間約10時間25分)※北京経由。(機中泊) ― 11日目 13:55 中部国際空港到着後、解散
―――― エリア: カイロ(エジプト) 同行者 一人旅 一人あたり費用 25万円 - 30万円 交通手段 観光バス 利用旅行会社 ツアー(添乗員同行あり) 旅行の満足度 4.0 観光 4.0 ホテル 3.0 グルメ 3.5 ショッピング 2.5 交通 3.0 ≫
ーー ▼ これを見ているだけで多くの刺激的逸話が次々と想いだされる。 字面からすれば何とことはないが、現実は早朝から目覚まし時計換わりに 聞えてくる奇妙な祈りの声。それに、レストランでは食器を投げるように差し 出すボーイ。西欧・キリスト教圏と、イスラム圏の常識は全く違っていた。 深夜、カイロに到着した時、現地ガイドになりたての若い女性が、興奮した 口調で、『恐らく、イスラム圏に入るのは初めてと思いますが、今までの常識 の全てを横においてください。一度、ホテル外に出たら、釣り銭は、シツコク、 間違いを言わない限りマトモに戻ってきません。親切にされたらタカリの類です。 交通事故も、轢くより轢かれる方が悪いのです。サービスの観念は、ここには ありません。有るモノが、ないモノに施すのは当然のことで、感謝も何もない のがイスラムの考えです。怒るだけエネルギーの損失です。ここは異国です!』
追記: 異国体験といえば、日々、経験する城下町異界が面白くなってきた。 異界を異界として認知すれば、良いだけ。何処も凝視すれば異界だが… たった10日間で、これだけ重厚な世界を知ることが出来る! 知らないのも 悪くないが、知ることも良い。異様が実は、異様でも何でもない。異様なのは 己の頭の内側。問題は、そのことを早々に気づくこと。 〜北アフリカ・中近東 の三点は、ここと、『イスラエル』と『ヨルダン、シリア、レバノン』にした。
――― 1996年2月 エジプト・トルコ感激の旅 ーエジプト編ー まさにタイム・スリップして数千年前の古代を旅している日々であった。 まず最初に訪ねたのが「カルナック神殿」であった。 “まさしく驚愕!” 直径が二mの石の大列柱が百数十本並ぶ神殿。 これが三千数百年に本当に!周辺の王侯貴族を驚かす為に造られたというが、 今まさに自分が、目を丸くして驚いているのだ。 歴史が私という小さな存在を見下ろしているのだ。 日本ではまだ縄文の時代、これを造りあげた高度の技術があったのだ。 そして壁に刻みこまれたレリーフ、古代文字、現地のまだ若い日本人女性ガイドの 熱心な説明も手伝って古代文明の世界にタイムスリップした気分になってしまった。 そらに天を指すオペリスクとラムセス�鵺世などの王や神の像の数々。 今まで何度か海外旅行をしていながら、 何故ここにもっと早く来なかったのだろうか?と考えてしまったほどだ。 次に行った「王家の谷」。ここは何代の王様の墓が、かくれるように数々 掘られている集団墓地だ。この中で英国の考古学者カーターの執念で つきとめられたツタンカーメンの墓室にも入ってみた。 また、夕日の長い影を落としていたハトシェプスト女王の壮麗な葬祭殿と そこにやはり刻まれていたレリーフの数々。 その帰りにたちよったネクロポリスの麗に立つメムノンの二体の巨像の神秘的な 光景も印象的であった。 その翌日行ったアブジンベルの大神殿、小神殿、のラムセス�鵺等の巨大な立像。 実際そこに立ってみて古代歴史の深さを実感する事ができた。 またアスワンのナイル川で乗ったのんびりした“ファルーカ”という 小さな帆かけ舟の夕日の中での“ひととき”も、一瞬の中に永遠を 感じる事ができるようだった。
旅の後半になってカイロに入ったが、 ナポレオンが言ったという“四千年が諸君を見下ろしている!” というまさに異様なイスラム社会が大きなカルチャーショックになった。 丁度、ラマダン(一ケ月間の日の出から日の入りの断食の行)という事もあり、 異様さがさらに目立ち、我々日本人は西欧社会に感化されているのが、 逆に対比する事ができた。 早朝、街中とどろくアラーラの祈りのスピーカーの音も異様そのものだった。 我々の目からみると、接するエジプト人全員が金に特に汚い詐欺師そのもの、 “騙すより騙されるのが悪い!”“車は轢かれるほうが悪い!”とか、 それがイスラム教という。カイロ郊外にある二百五十万個の巨石を積みあげた 「クス王のピラミッド」も本当にすばらしいの一言。 考古博物館のツタンカーメンの黄金のマスクと財宝をみた瞬間、 ゾクゾク身ぶるいをしてしまった。 まだ今にも起きあがりそうな「ラムネス�」をはじめとする数々のミイラも 数千年をこえて不死への激しい希求を魂にかたりかけてくるようであった。
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