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2019年03月14日(木)
<第四の革命―情報圏が現実をつくりかえる> ルチアーノ・フロリディ (著) * 情報通信技術が新しい現実をつくりかえ始めた 18年前に、この個人HPを立上げ、途中から新たに出来たブログを併設して 現在に至っている。それ以来、そのプラス・マイナス効果を感じ取っている。 続けていると、本音と自慢話が表たち、底の浅い自分を曝け出す結果になる。 まして第三者は、より鋭敏に感じ取れるのだろうが… …ソクラテスの対話、カント哲学=<現象の世界と、経験不可能な物自体 の世界を峻別し、現象を経験可能にさせる条件・形式を考察するのが基本>…。 これ等が混在しているが、本来は日々の道標の雑記帳の役割と、脳のサイボーグ の役割を果たしていたが? 世界では、各自が超高性能の情報端末を持って、 サテライト機能を持った結果、そこに新たな情報圏が、現実社会を覆って しまった。 適応出来ない人は、ある程度使いこなせる幼児より劣る? 珍妙な現象が現に起きている。 ≪ 〜Amazon:内容紹介〜 ◆情報通信技術は環境だ! モノのインターネット、スマホ、人工知能、無人自動車、サイバー戦争… …デジタルICT(情報通信技術)が、単なるツールを超えて私たちの現実をつくり かえつつあります。渦中にあるためとらえにくいですが、私たちは広範な文化的 革命の始まりを目撃しているのです。それは大きな可能性とリスクをもっています。 ICTが個人、社会、世界、環境に与える影響を予測し、制御し、経済や社会、 政治的なダイナミクスを向上させるために、今起こりつつある根底からの変化を 読み解く、新しい概念と哲学が求められています。私たちが直面する新たな困難に 意味づけを与え、適切な知的枠組みを開発するための、情報の哲学です。 〜内容(「BOOK」データベースより)〜 私たちはいま、コペルニクス、ダーウィン、フロイトの革命に続く、 デジタルICTがもたらした第四の革命の只中に生きている。ICTは、もはや単なる ツールではない。それは環境であり、私たちの知的、物理的なリアリティを創り、 自己理解と相互に関わるしかたを変え、世界を解釈する力となった。 今起こりつつある根底からの変化は、どのような可能性とリスクをもたらすのか? ICTの進歩は、人類とその見通しうる未来に、どのような影響を与えるのか? ・人間は、 1) コペルニクスで、天空の中心ではなくなり、 2) ダーウィンで、生物の中心ではなくなり、 3) フロイトで、意識の中心ではなくなった。そして 4) チューリングで、情報処理の中心でもなくなった。(i.e."第四の革命") ・「物事をどう認識するか?」が鍵。 (i.e.第4次産業革命の参照モデルとはそのための地図) ・現状のAIは、意味を理解していないし、理解させるにはどうしたらいいか? についても皆目見当が付いてない。 ・コンピュータ・システムは、意味の部分を人間に処理させる。 (例:ログインの際に、パスワード入力の後に出て来るパズル。 難読文字とかジグゾーとか) ・スマート社会では、人間はシステムに組み込まれる。≫ ―― 〜Amazonのレビューより〜 《 TVを見たり、日本の今の教育を受けたりしていると洗脳されるように、 ものの見方(認識)をシステム(環境)に支配されてしまうことは、人間の 奴隷化につながります。 ・「なぜ?」と聞くこと、 ・どういう見方で世の中を見ているのか好奇心を持って聞いてみること、 ・新しい軸(仮説、ビジネス・モデル)を見つけてみること、 が人間本来の開拓力なのだと思います。 スマート社会は、受動的でいると意味 を理解してないシステムが暴走して大変なことになります。人間が人間ならではの 参加をし続けていくこと(i.e.各人が成長していくこと)が大切なのではないか? と小生は思います。 》
― ▼ Windows95が世に出て以来、世界が一変した。それに加えてスマートフォン など高性能の情報機器が世界的に普及してしまった。それを使える人と、使え ない人と二分されたといってもよい時代。 第四の革命<先の4) チューリングで、 情報処理の中心でもなくなった。(i.e."第四の革命")>のチューリング。 「考え方(プロセス)は考慮せず」「結果(出力)の正しさに着眼すべき」である とする理論に関しては次の機会にテーマにする。…私自身、20年前に情報圏に 加わる努力をして何とか、この個人HPを二年後に開設して現在に至っている。 一日の軸が、これを書上げることになっていた。その結果、辿り着いたのが、 この文章のテーマと、その内容の結果。 考え方の展開より、その結論。 それは永遠に繋がっている。 天動説でなく、進化論でなく、無意識の世界でも なく、情報処理の中心でもなく、「いま、ここ、わたし」だけの刹那な味わい。 誰が味わっているにでもなく、誰でしょう、これは? それにAI化である。 ここで、<プライバシーとは、その人が反映されている情報の統括権。 それなしでは自由が失われる> これを書き続けていると、この言葉そのもの。
・・・・・・ 6209,閑話小題 〜グーグル効果 2018年03月14日(水) * グーグル効果 「グーグル効果」たる言葉があった。早速、グーグル効果で検索すると… 【 「分からないことがあったらGoogleに聞け!」 …なんて言われるように、 ネットにおける情報検索はもはや我々の日常の一部です。しかし不思議な ことに、ネット検索で手に入れた情報ってすぐに忘れてしまう。 われわれの脳はそれ以前に、オンラインで瞬時に見つけることのできるような 情報は「記憶の必要なし」として、自動的に忘却する(「グーグル効果」)のだ という。よって、うっかりすると、(うっかりしなくても)脳ミソをスマホに 外部委託することになり、事実上頭の中身はカラッポ近い状態にありながら、 総合的・体系的な知識があるように振る舞う愚かを演じることも大いにある。】 ー検索バカーということだが。
【 現代はインターネットの発達により、人間の知能は主役からその他大勢へと 転落し人はインターネットを人間の交換記憶のパートナーとして扱っている 時代になった。 自分の友人、恋人などに記憶を託すのと同じくらい容易く 「クラウド」に記憶を任せてしまう。しかし、インターネットは別の点で人間の 交換記憶パートナーとは異なっている。 ネットはパートナーよりも物知りで、情報を素早く取り出すことが出来る。 今日ほとんどすべての情報が、素早くウェブを検索することで情報を素早く簡単 に取り出せる。インターネットは、記憶の外部メモリーとして周囲の人々に 取って代わるだけでなく、知的能力を代替する役割も担うようになってきている。 「記憶」という日常的な作業をシェアする友人家族に、インターネットがどの 程度取って代わっているかを調べた実験ではコンピューターのような目の前に 電子のパートナーがあると、自分の脳に細かい情報をとどめておけない。 コンピューターを交換記憶のパートナーのように扱い、自分の頭の中に情報を 保存する代わりに、クラウドの頭脳に記憶をゆだねている。デジタルソースに 記憶を預ける傾向にあるという。 人々はインターネットが自分自身の知能を 構成する道具になったとの感覚を持っている。グーグルの検索の結果はウェブ ページで見つけたものでなく、自分自身の記憶の中にあるものの産物として想起 されて、あたかも「それを自分は知っていた」と無意識に感じてしまっている。 】
―― ▼・ 私自身、この17年間、学生時代の日記帳の日記帳や、旅行記を書いたり、 新たに得た情報や知識を調べ直してテーマにして物語化したり、記憶装置に したり、新たな発想装置にしたり、内観の手助けにしたりしてきた。 内面のクラウド化で、備忘録の役割もある。これ等がブログの役割の主柱だが。 グーグル効果の意味合いは、ここでは否定的だが、書店では、積極的に、プラス 効果を前面に出した本が、多く並んでいる。現実に、このブログは、その産物? として脳の一部になっている。 特にHP内の「分類」の内部検索が、非常に 役立っている。夜半にヨガの「死者のポーズ」を取入れた瞑想で、無意識から 新たな切口が見えてくるのがプラスに働いくる。だから続いてきたのだろう。 「自動的に忘れるから良いのである。」 「頭を空にすることこそ、面白い。」 「総合的・体系的な知識があるように振る舞う必要など必要ない。 これそのままでしかないから」 ・ グーグル効果?の、事例として過去の旅先のブログの写真に、ネット上で 見つけた写真を追加して楽しむことがある。追体験が気楽にしているような。 新たな視線で見えてくる過去を味わうことが「気楽」で可能になる。 南アフリカや、ニュージランドのバンジージャンプで、頭につけたビデオも 然り。当時の体験が、リアルに戻ってくる。 <ジンバブエ、バンジー、映像> の検索一つで、TVでの追体験が可能になる のも、ググルになる。 「能動的カウチポテト」だが… 。
・・・・・・ 5477,閑話小題 〜エレベータ落下の夢 2016年03月14日(月) 20年位前から、年に一度位、乗ったエレベーターが壊れて急降下する夢を みていた。何故かリタイア後からはみなくなった。ある本で、それには意味が あるという。 そこでネット検索すると、以下のようにあった。 《 エレベーターが落下する夢は、あなたの運気がどちらかというと下降線を たどっていることを象徴していますので、慎重に事を進めるように。 あなた自身が現在手にしている地位や周囲からの信用を失う暗示である場合が あります。また、実際に地位や信頼を失うことはないとしても、それらを失う のではないかと心配するあまり、恐怖心や不安感が夢として表れることがある。 ☆ かなり高い場所から落下するエレベーターの夢 かなり高い場所から落下するエレベーターの夢は、今トラブルを抱えていた としても、自分自身でそのトラブルを乗り越えて、解決できることを意味して います。また、自分の能力に対して高すぎる理想や目標を抱いているため、 理想と現実のギャップについていけない心の葛藤が表れている場合もあり、 地に足がついた生活に変更すべきとの警告を促す意味を持つ場合もあります。 ☆ エレベーターが降下する夢 気分が良い感じが残る降下するエレベーターの夢は、あなたを取り巻く 状況が安定していることを暗示していますので、心配する必要はありません。 もし、なかなか物事が決まらなかったり、落ち着かない状況が続いている渦中 の方であれば、その不安定な状況から脱却できる可能性があります。ただし、 自分自身が落ち目だと感じているときには、非常に不安定な精神状態が、降下 するエレベーターの夢として反映される場合もあります。 ☆ エレベーターが止まらず降下し続ける夢 エレベーターが止まることなく降下し続ける夢は、深く悩み過ぎている 心理状態の象徴ですので、少し気持ちを楽に持つようにするとよいでしょう。 また、自分でコントロールができない精神状態をも表していますので、 意識して心を穏やかに保てるような工夫が必要です。》 ▼ 客商売は、いつ何時、緊急事態が起こる可能性があり、即座の対応が 必要なため、常に緊張の糸を張っていなければならない。万一、対応できない 場合の不安が纏わりついているが、それがプツンと切れた状態が、エレベーター の落下の心理状態ではないかと思われる。決まって出てくるのが、一番初めに つくったホテルのエレベーター。古くなってガタガタ音がした後、急降下して いく。上記の説明からすると、一部、納得できる。高層ビルのエレベーターが、 止めどなく上っていくところで夢から覚めたこともあったが。エレベーターは 違った階を移動する小さな密室の異空間。夢の象徴として考えると面白い!
・・・・・・ 4747,そんなに長生きしたいですか ー1 2014年03月14日(金) 『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部 羊著 4年前から、18年続けてきた一年一度の「一日人間ドック」を止めた。 別に、深く考えた訳でなく、毎年、同じことの繰り返しでしかない。 検査で早期発見をしても、悪性なら助からないし、良性なら助かる。 それならば現象が現れてからでも同じこと。それをわざわざ、定期検査を するのは洗脳されているのではないか?の疑問もあった。それと 「60歳までに、人生を生ききった、元をとった」という思いがある。 この数年、近藤誠と中村仁一の「ガンとは闘うな!」の影響もある。 お二人は、薬漬け、抗癌治療、健康診断そのものに疑問を投げかけているが、 この著者・久坂部は、アンチエイジング、長生き、そのものに疑問を投げる。 まずはーアマゾン内容ーより 《 何歳まで生きれば“ほどほどに”生きたことになるか? 長寿をもてはやし 抗加齢に踊る一方で、平均で男6.1年、女7.6年間の寝たきり生活を送る。 多くの人にとって長生きは苦しい。寿命は不公平である。だが「寿命を大切に 生きる」ことは単なる長寿とは違うはず。どうすれば満足な死を得られるか。 元気な内にさがしておく「死ぬのにうってつけの時」とは何か。 数々の老人の死を看取ってきた現役医師による“死に時”のすすめ。》 ー‘はじめ’からしてシリアスであるー 「本書は、長生きの良くない面にスポットを当てています。だから、 基本的にはいやなことを書いています。なぜそんないやなことを書くか というと、巷にあふれる健康長寿情報にはあまりにウソが多いからです。 そんなきれい事ばかりを聞かされていたら、この先どうなるのか。 ますます老いや長生きが苦しくなってしまう。その危機感が強くあります」 ーあるレビューよりー 【 著者は現役の医師。「長寿」に対する日本人の考え方、医療のあり方に 疑念を抱き続けてきました。そんな著者が臨床例を紹介しながら、長生きの よくない面にスポットを当てて解説します。「今や早死にの危険は減ったけど、 長生きの危険が高まっている」という逆転現象。むしろ、長生きすることを 「リスク」と捉える傾向すらあるそうです… 身体は死のうとしているのに、 それを無理やり引き留めるのだから、死が苦しくなるのは当たり前。 延命治療のこういう側面には、なかなか気が付きません。誰もが初体験である 「老化」そこに大きな不安が生じるのは誰でも同じです。しかし、そこに つけ込んだビジネスの多さに驚かされます。本書ではそれらの実態を踏まえた うえで、改めて理想の「老い方」、そして「死に方」を提案してくれます。 長寿を願い、健康情報に振り回され今を忘れていませんか? 遠い先ばかり見て未来に逃げず、今を十分生きていますか? 】 ▼ 最近、自分の血糖値や血圧の話題をしている人に違和感を覚える ようになった。「ああ、この人、洗脳されている」と。子供の頃、老人へ の悪口に、「死にそこない」という言葉があった。現在、それを言ったら 袋叩きになるが、著者は、「死にそこなわないで、自然に任せて逝きなさい」 と勧める。死にそこなった老人たちの実態を見ているからだ。 ・・・・・・ 5842,閑話小題 〜涙を流すより、考えよう −2 2017年03月14日(火) * 「涙を流すより、考えよう」を、さらに考える。 20数年前から哲学に興味を持ち、「入門書」を中心に独学をしてきた。 宇宙時間からみれば、平均80年の微細な人生。 私たちは、何のため生まれて きたのか、何をすべきか、何を知るべきか等々の自問自答の問いかけと答え。 そこで面白い例えに出あった。<なぜ生まれたかって? それは地球外生命が、 地球に大よそ80年の人間としての生命を授かり、可能な限り地球の大自然の 光景と出合い、属する「人間」とは何かを可能な限り知り、蓄積してきた文化 文明を知ること。特に身近な文化を味わうこと。それを可能にする特質である 「考える」とは何かを考えること。> 考えるには、脳をクリアーにする必要がある。そこで、最先端の文明の力を 活用する。また情念では涙を枯れるほど流すこと。情念の最たる「感動・感激・ 感激」こそ考える原動力になる。脳をクリアーにするに、瞑想が効果的になる。 手っとり早い「α波音楽瞑想」も可能である。一度、トリップをして現象世界 から離れること。 私の年齢は、人生という地球の旅も終盤にきている。 可能な限り、世界の広さと深さに触れてきたが、上っ面ばかりだったのようだ。 振返れば、知識も経験も若い時と比べると習熟している。その時々に、出来ない ことも、知りえなかったことも可能のため、後悔が立上る。「われ後悔せず」 と、その時点時点で考え、判断してきたとしても、後悔が日々、湧きたつ。 それが晩年の人生の味だが。成る程「極限までは誰も行ける。問題は、その先に、 どれだけ行けるか」の道理が身に染みる時節。情念の最たる「感動・感激・感激」 こそ人生。まだまだ、この場面が私を待っている。人生の晩餐会に、これを酒と 肴にして、「涙し、笑い、楽しまなくては!」 生きてきたよう死ぬようである。 ・・・・・・・ 4006, 宇宙は本当にひとつなのか ー8 2012年03月14日(水) * 超ひも理論とは 「宇宙は本当にひとつなのか」 村山斉著 【 これまで電子などの素粒子は大きさをもたない点として考えられてきました。 ですが、素粒子をただの点として考えると、つじつまの合わない、ことが出て くるようになってきたのです。そこで、考えられたのが素粒子は実はひもだった と考える理論です。これが超ひも理論につながる最初の考え方でした。 素粒子が実はひもだったというのは、突飛な発想のように感じると思います。 どうすれば、今まで点だったものをひもとして考えられるのでしょうか。 超ひも理論でいっているひもは、とても小さなもので、その長さは一〇の 三三乗分の一マイナスセンチです。小数点の後にゼロを三二個並べた後に 一が来るくらい小さいものなので、私たちは見ることができません。 超ひも理論では、私たちが素粒子だと思っていたものは、実は振動して 広がっているひもなのですが、あまりに小さいので点だと思い込んでいたという。 今まで点だと思っていた粒子の正体がとても小さなひもだったという超ひも理論 が正しいものだったら、宇宙の姿も大きく変わってきます。まず、宇宙は 一〇次元でなければいけないことになります。一次元の時間に加えて空間は 九次元ということですので、私たちが目にすることのできる三次元空間の他に 小さな異次元が六次元あることになります。加えて、プレーンと呼ばれる 三次元空間の膜も確かに存在して、物質はその膜に貼りついているという ことも、理論が正しいことになります。】 ▼ 物質をカタチつくっていた素粒子が、実は振動して広がっているヒモ だったとすると、モノとは何かという原点から考え直さなければならなくなる。 その超ひも理論が正しいと、宇宙が10次元なければならなくなり、空間が 9次元なければならないという。それから、多元宇宙論が導き出されるという。 「物質は、コトの一時的現象」という話を聞いたことがあった。 コトのエネルギーから生じるのが振動なら、素粒子と思っていたのがヒモ状の 振動と同じことになる。人間の感動も魂の振動。下にコピーしてある, 二年前の3月14日のーカントの神について、どう語ったかーが、宇宙論を 読むと符合する部分が多い。その前年分もか。
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