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2018年11月09日(金)
* 秋晴の、非日常のドライブの旅 昨日の9時ごろ、急に家内が 『湯沢苗場のドラゴンドラの紅葉が素晴らしいとTVで見てネットで調べたけど せっかくの秋晴れ、今年最終の紅葉でも見に行かない! 今日、行かないなら 明後日に独りで、‘普通列車・二日間乗り放題のチケット”で行くつもり。 どうする? あんたはせいぜいスポーツジムに行くくらいでしょ!』と。… この数日、腰痛も出ているが、この秋晴れ! 車で遠出のドライブも、この 数年してないし、湯沢なら丁度よい距離。 途中で気が変わったら、川口の棚場 で鮎でも食べて帰ってくればいいと、日常生活に非日常の「苗場の紅葉かりへの ドライブが決まった。全く知識も情報なしの突然の出来事。 苗場の西武プリンスホテル近くの駐車場にある受付で、入場料2600円を払い、 ロープウェイの乗場まで5〜6分ミニバスで送られ、待つことなく4人乗りドラゴン に2人が乗せられた。 全長は5,481m。日本最長の苗場ドラゴンドラ。片道の乗車時間は25分もあり、 秋の紅葉が素晴らしいと… 2600円は、ちと高いが、これだけの景色なら良しと しなければ。麓は、まだまだ紅葉だったが、登るにつれて、ほぼ紅葉が終わって いたことに気づく。それでも、全く失望しないだけのパノラマが広がっていた。 車で二時間なら来秋の10月半ばに来るだけの価値はある。 成るほど、「よく見れば薺花咲く垣根かな…」。 10時に出発、宮内の青島でチャーシューラーメンを食べ、帰宅したのが17時半。 7時間半の非日常の世界の物語。 家内の突然の提案後、30分ほど間をおいて 考えたのが、 <この年齢、何があっても不思議でない、次の機会は、あるかなし! いま行かないと後悔、先に立たず。そうして、今まで生きて、今さら 何を躊躇する!>の大げさの内語。 突如の決心の場合もあったが…
☆ 『今日か、明日行きたい?』 『是非行ってらっしゃい。そこでなくとも!』 『次は、ほぼ無いですよ』 若い人ほど、それが言える! 『いま、しておかないと、永遠にしないことになりますよ! 今しておく 繰返しが、人生。老いてからの後悔ほど、哀しいことはない。』 それにしても、老いは哀しいものです。無為の人生。その内側たるや!
誰に言ってるの? 自分でしょ。自分へですよ。 何か間違えてるっじゃ ないですか? さて、ポタリング! へ。
・・・・・・ 5352,浅田次郎の人生相談 ー日々を無気力に過ごしていますー 2015年11月09日(月) ー『世の中、それほど平等でない』浅田次郎著 * 旅すれば、内向きの自分が解放される 学生時代の二年まで、学生寮とクラブの世界で、都会生活の日常に飽き あきしていた。しかし、二年生の夏休み前に(何度か書いた)、人生の将来 設計のレポート提出を、「キリスト教倫理」の教授の宿題を出されて、 自分の先行きを人生で初めて真剣に考えて提出をした。タイミング良く、 その夏休に、寮の(10年位年上)先輩夫婦が、軽井沢の『友愛山荘』という 宿舎のペアレント(管理人兼マネジャー)をしていた因縁で、二年先輩の Kさんと、手伝いにいくことになった。ところが、その一ヶ月間の、楽しく、 面白かったこと、この上なかった。若い女性が何かロマンを求めてくるのを 相手に、夕食後、歌ったり、踊ったり、ゲームの相手をする。 それまで、 寮も、クラブも男所帯が、全く違った世界の日々を味わうことになった。 その時の、ある出会いで、翌年、「30日間・欧州一周旅行」に参加する ことになり、人生観が一変した。 寮に、クラブに、クラスに多くの友人が 存在していたし、進級ごとに、アップスケールをしていた。要するに、 恵まれていた。 〜まずは、その辺りから〜 ●質問: 日々を無気力に過ごしています(19歳男性・大学生) ≪「この春から上京してきましたが、大学デビューに失敗し、自宅と キャンパス、あるいはバイト先をただ往復する毎日を過ごしています。 夏休に入っても、サークルにも所属していないし遊びに行く友達もいません。 このままではまずいと思うのですが.何かきっかけが欲しいです。≫ ●回答: 旅をすれば、内向している自分が嫌になる ≪・次郎: バイト代貯めて旅行でもなんでも行ってくればいいじゃないか。 何をうじうじしてるんだ。若い人はね、外国へ行くチャンスがあったらどん どん行きな。僕らのころは高くてなかなか難しかった。ここまでいろいろな 投稿を見て感じるけど、細かいことでぐずぐず悩んで内向している人、多く ないか? そういう人は外国へちょっと行ってこいって。自分の心が開かれる。 外国がいいってわけじゃないけど、内向している自分が嫌になるよ。 それは旅の功徳です。 ・太朗: 国内旅行はいかがでしょう? ・次郎: 国内旅行はもっと大切です。若いうちに遠いところだけ旅して 日本のことを知らない人は、結局外国に行っても何もわからない。 近いところから遠いところに足を延ばしていくというのが、理想的な手順では あると思います。まあ国内でも海外でも、自分の知らなかった世界に触れて、 小さい自分を吹き飛ばしてきなさい。行ってらっしゃい。≫ ▼ 大学の醍醐味は、サークルである。そこに入らないと面白みは半減して 当然のこと。まだ遅くはない、何かのクラブでも、ゼミに参加すること。 そして、大学生活の目的を早々に定めることだ。学生時代の4年間は、あまりに 短すぎる。 大学は各地の様々な人が、学問を学ぶという建前で、自由に学び、 遊ぶところ。とにかく、クラブに入ること。胸襟を開いて、対話が出来るのは、 この時期ぐらいである。 世の中には、本当に「変わった人」が、多くいる。 その一人が「自分」でもある。そこで自分の硬いバイアスに気付くことだ。 そして、これを一生かけて壊し続け、新たな自分を導きだしていくのが人生。 今さら、その手を緩めることなど、出来ようはずはない。 先回で、少し下げた目標回数50回目のツアーに行って、自己を達成した。 若い人だけでなく、外国からの視線で逆照射をして、自分と、所属する世界を 見直してみる必要がある。そうすれば、9割以上を占める、『世間人』の バイアスと共に、己の枠が鮮明に浮び上がってくる。それに、少しでも気づく か気づかないで、その人生は変わってくる。 私の人生で、20歳の頃に、 そのバイアスが、一度、粉々になったのが、人生で一番の収穫だった。 『世界は広く、深いこと』に、まず気づくことが大学生活の絶対なこと。 その為には、ありきたりだが、『感動、感激、感謝』の質量の絶対量を 確保することだ。 それは日常には無い。それは、『非日常』に埋まっている。 学生時代は、人生の中では『非日常の時節』である。それは自ら探さなければ。
・・・・・・ 4987,閑話小題 ー一日の閲覧者が、実は7倍の350! 2014年11月09日(日) * 一日の閲覧者が、実は7倍の350だった! 晴天の霹靂である。Yahooの「バードウォッチ」が20〜40の閲覧で、 エンピツのサイトが40〜50の閲覧。これは重なっている。それからみて、 「Hatena::Diaryは、同じだろうと、検索数を、バックアップ用 でもあり、開設以来の7年間、一度も調べてなかった。 ところが数日前に何気なく調べたら、(総検索数を7年×365日で割った) 一日、300近く。何かの間違いだろうと、この数日、日ごと調べたら、 7年間の平均と同じ検索数。多くて50〜60と信じていたが、実際は350 の検索があったのである。見続ける多くが決して好意的でない? とすると、 少し恐ろしい気がする。悪意の視線を意識してはきたとしても・・ 学生時代から、こと批判に関して、多くの人に重すぎる?と言われてきたが・・ 何気なく知人に聞くと、殆どが見続けているという。それにしても50〜60 は少ないと思っていたが、実は7倍の350以上の閲覧とは驚きである。 未来の自分への憶え置きと、毎日の出来事と、読書などの雑記帳として、 墓場として、書いてきたため、あけすけの内容になっていたが、周辺の知人 の50〜60人なら、まあ、いいだろうと・・ 全力で親しい友人に「とっておきの話をする感覚」で、5000日近くも、 面白おかしく書いていれば、この閲覧数は不思議でないが。それも三年半前 からは、ライブで、めったにない特異体験の生中継である。血だらけの手 (こころ)で、有りのままを、その血で書いていれば、第三者からみたら、 これほど面白い内容はないだろうし、心の歪みの露出が、そのまま現れ 出ている。特に、その特異の歪みが面白いのでは。 ところで10年位前、毎日新聞の記者から、何気なく書いた内容を指摘され、 「それを更に聞きたい、それにしても凄いことを書いてますね!」という 電話があった。そこで慌てふためき内容を書き直したが。もし積極的にネット 上に打って出れば数千は可能?ということか。間違えても、出るつもりは ないが、もしかして心境の変化がある? それぞれが特異点であり、 そのままを書けば、特異のブログになるはず。 < ところで、こうとも考えられる。10数年分の随想日記が、 コピーしてあるため、「Hatena」の読者のキーワードにヒットしていて 大部分が見てない可能性がある。いずれにしても、ネット上は、こんなものか> ・・・・・・ 6084,閑話小題 〜珍獣とチンころ ―2 2017年11月09日(木) * 対話は続く 「珍」とは、他と変わった差異のこと。差異を検索すると、 【ある物において、外の物と異なる(比べてみて同一ではないこと)点、即ち、 ある観点で同一の特徴を持つ事物の間にある自己を区別する別の特徴の事】と すると、誰もが、珍ころ、珍獣ともいえる。この言葉は、かけ合い漫才形式で、 面白可笑しく、解りやすくするため考え出したもの。大勢に流されて何も考え ようとしない俗にいう「世人」「世間様」を「珍ころ」。珍獣は、個人主義を標榜 し、外様に徹し、傍から見れば「変な人」。野獣でもない半端な獣、小乗仏教的と 言えるが。犬のニックネームに多い「ころ」に珍付きとは。これは万人に当て 嵌るため、自分を合せ鏡に出来て、シリアスになれる。これは「珍獣」に も言える。対他には、「珍ころ」。対自には「珍獣」とすれば、納得できる。 ― 珍ころ: それにしても「珍ころ」はないだろう。 珍獣:「チンチラ」と思ったが、犬より野性味が強い猫はあなたに適当でない。 珍ころ: 動物それぞれが、自分以外を珍獣と言うのでは。かけ合いのアヤは 解っているが、パピットで対話させるのはシリアス過ぎないかい。 珍獣: 犬の愛称に多いコロは、街中の半径500mの生活圏を全世界とする名称。 、 人間世界でも似たようなもの。それぞれが長い因縁を背負っている。 先祖の家柄とか、地元校が何とか。一歩街を出てしまえば何も通らない。 珍ころ: 視野狭窄は分かっているが、それしか見えないので仕方がない。 そのことを一番、自分が自覚している? だから、今さらの話。 「珍ころ」と言えば、「珍ころ姉ちゃん」が想定される。 誰もが、 「珍ころ」であり、「珍獣」じゃないか。 珍獣: 今では死語になっているチンコロ姐ちゃん。「小さくて、 太っている 若い女性」のことだが、半世紀も前の富永一朗の漫画。 珍獣: 左右の手のパペット(指人形)で、漫談をしている風でふざけている だけだが、死を覚悟して自らをふりかえる時に、自ら作った枠組を強く 実感する。その自己対話が、こんなようなもの。 珍ころ: だから、その時まで知らないふりをしている。 珍ころ: さっき気付いたが、あんた、20歳の頃、行方不明だった、あの犬? 珍獣: そうよ。勝手に汚れて見えた外顔をみて、珍獣と言っているだけ。 群れの仲間しか見てないため、風変わりの本能剥き出しの私に獣性を見て 揶揄しただけ。そりゃ、50年以上も、ほっつき歩いてくれば、変わるさ。 逆に、あんたの方が、珍獣に思えるのさ。 珍ころ: それは逆も言える。あんたこそ仲間内からみれば、薄汚れた珍ころ。 珍珍: ところで、アメリカ大統領。あれって、珍ころ? 珍獣? ロシア・マフィアシンジケートの「珍ころ」と、言っていたが。 あの品性から見て、「珍獣」。日本、韓国、中国の歓待に舞上がってる 裸の王様も可愛いといえば可愛い。とすると、プーチンは何? 野獣? いや、野犬。これまで、何人暗殺してきたことか。で、安倍首相は珍?、 ここで、止めておこうか。 ― ▼ これ、私が書いているより、誰かに書かされている感覚になっている。 なら、それって何? 何か人類にとっての重大な危機に対する本能が、 何かを言いたいのか。それとも、年齢の不安が、これを書かせているのか。 第一次世界大戦の犠牲者は、戦闘員と民間人の総計が約3700万人、 第二次世界大戦では5000万人をこえると記録されている。朝鮮戦争勃発なら 数百万人単位が予測されるが、チョッとした発火から全面戦争になる危険が 日ごと高まっている。 恐ろしい限りである。 … 大乗か小乗か、群れるか一匹狼かの問題でしかないじゃないか。
・・・・・・ 5717,技術的特異点 〜� 2016年11月09日(水) 『人工超知能が人類を超える』台場時生・著 * 2045年が『技術的特異点』の年 図書館で借りた本に「技術的特異点」たる言葉があった。 NHKスペシャルで、昨年の1月に『ネクストワールド』の5回シリーズで、 このテーマを取上げていたとあったので、早速、Youtubeで見てみた。 番組では2045年の世界が、どのようになっているかを予測し、ドラマ仕立て に構成をしていた。例えば、平均寿命が100歳になっているとか、人間より はるかに賢いバーチャル犬が、ドラえもんのように我々の生活をサポート してくれたり、アンドロイド(人間型ロボット)が会社で働いたりしている。 〜「技術的特異点」を‘ウキィペディア’で検索すると、以下のとおり。 ≪ 技術的特異点、またはシンギュラリティとは、人工知能が人間の能力を 超えることで起こる出来事とされ、テクノロジーが急速に変化し、それにより 大な影響がもたらされ、人間の生活が後戻りできないほどに変容してしまうと する未来予測のこと。未来研究においては、正確かつ信頼できる、人類の技術 開発の歴史から推測され得る未来モデルの限界点と位置づけられている。 =概要[編集] 技術的特異点は、汎用人工知能、あるいは「強い人工知能」や人間の知能増幅 が可能となったときに起こるとされている出来事であり、ひとたび優れた知性が 創造された後、再帰的に更に優れた知性が創造され、人間の想像力が及ばない 超越的な知性が誕生するという仮説である。 フューチャリストらによれば、 特異点の後では科学技術の進歩を支配するのは、人類ではなく強い人工知能や ポストヒューマンであり、従ってこれまでの人類の傾向に基づいた人類技術の 進歩予測は通用しなくなると考えられている。 この概念は、数学者ヴァーナー・ヴィンジと発明者でフューチャリストの レイ・カーツワイルにより初めて提示された。彼らは、意識を解放することで 人類の科学技術の進展が生物学的限界を超えて加速すると予言した。 意識の解放を実現する方法は、さまざまな方法が提案されている。カーツワイル はこの加速度的変貌がムーアの法則に代表される技術革新の指数関数的傾向に 従うと考え、収穫加速の法則と呼んだ。 特異点が現実化するかについては議論が 続いているが、多数の人がこの予測を肯定的に捉え、その実現のため活動している。 一方で、特異点は危険で好しくなく、あってはならないと考える人々もいる。 実際に特異点を発生させる方法や、特異点の影響、人類を危険な方向へ導く ような特異点を避ける方法などが研究されている。≫ ▼ 東京下町に住む従兄が、地元の従兄の通夜の御斎で、話すには、 『私は84歳で進行ガン。あと10年後に生まれたかった。これからの10年が、 一番面白いのに。現在4Kビデオに凝っていて、三台を持っている。私の一生は、 写真・映像を写し撮ることに特化してきた。4Kで一度撮ったビデオを4kTV で見ながら、ベストの一瞬を切取りとった写真が何とも良い。ドローンに、4K ビデオカメラを乗せて自然を思う存分、撮りたい・・』 と、目を輝かせながら 語っていた。 技術の進化が留まることなく続いている一コマの事象になる。
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