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2018年05月06日(日)
* 世間話のでき方 家内が少し興奮気味に、「今日ね、ヨーカ堂裏で、自転車の一時停車を怠り、 警察官二人に呼び止められて、調書にサインさせらた。こんなことは初めて。 警察もよっぽど暇ね」と…。 新人教育の現場教育だろうが、私など年に 8ヶ月間は、雨以外は毎日一時間は乗り回しているため、常に違反運転の際どい 日々を送ってきた。微妙な交差点では、歩道から車道に車線を変えるテクニック だけはベテラン。そこで昨年の秋口に、ブレーキと車軸の故障修理で、郊外の 自転車修理店に行った際の逸話を話した。 【郊外にある自転車店の反対側のカツの専門店に行こうと信号を渡ったところ、 黄点滅。微妙だったが、辛うじてセーフ。 ところが、遠くから急にパトカー のサイレン。私じゃないだろうと思いつつ、カツ屋に入ったが、もしかしたら と思いつつ、カツ丼をたのんだ。何かしら泥棒がパトカーに追われた感じ?で… 帰り道は大通りでなく、裏通りを目立たないようにして帰ったよ。】 「要するに、信号無視でパトカーに追われてカツ屋に逃げ込んで、帰り道を こそこそ帰ってきたのね」と大笑いされた。自分の一時停止違反の話では面白く ないが、私の話を加えて面白くする枕(落語の前フリ)に、この話は有効に なり、立派な世間話にあいなる。「世人の世間話とは、かくありなん」の典型。 世間話作成の現場中継の記録でした。何は主役、連れは端役の間抜けですか!
追記: 熊さん: これ警察に読まれて、呼出されて怒鳴されないかい。 寅さん: 大丈夫だよ、八つぁんなら喜ぶさ。続編として克明に書けば、 面白じゃないか。 見せしめでも無理無理。だって、創作だろう? 熊: 自宅の忘れ物をして、取りに帰った話題から一時停車の疑いで呼出す ようなものだよな。俺って、やはり頭が足りないんだな。でも、情報化 って、これが、まかり通ってしまうんだよな。本当に怖ろしいよ!
・・・・・・ 4059, つれづれに ーネット社会の現在 2012年05月06日(日) * 飲食店の漫画の棚 ーデジタル本の世界 喫茶店や中華料理店のランチの楽しみの一つに、本棚の週刊誌か月刊誌を 読むことがある。 最近、店内に入ると、iPhoneかiPadで、その店が 契約したネット上の本棚にアクセスして色いろの雑誌を読むことが出来るという。 店は一月7000円を業者に支払えば店内のネットで雑誌が見放題になるとか。 よく考えるものである。前回、70冊の蔵書をデジタル化にするため業者に 依頼したが、先日、久々に、そのHPを見たところ、デジタル化した本を 月980円で見放題のサービスを始めていた。 漫画が中心とあったので、 契約はしなかったが、これも面白い企画である。現在、私が契約しているのは、 朝日新聞のデジタル版と、朝日、毎日の週刊誌など数十冊が読めるビューン。 朝日のデジタル版は月1000円の加算。ビューンは月480円。 もちろん 有料でアクセス出来るブログがあるが、写真集のデジタル本に有料でアクセス 出来るのがある。幾つか買ってあるが、次々に更新されているのが良い。 * スマートフォンと、タブレット 現在、スマートフォンが爆発的に売れているという。iPhoneが初めて 売り出された時に買ったが、画面が小さすぎて、インプットに戸惑って使いこなす ことが出来なかった。そこで学んだことは、二代目以降の機種変更になってから 購入すること。それもあってiPadは、二代目のiPad2になってから買う ことにした。スマートフォンが爆発的普及は、携帯電話が世の中を変えたように、 世の中を更に大きく変えるだろう。 それはゲームや、ブログ、ツイッターなど 書き込みや閲覧の端末にも使える。小ささが逆に便利な場面で有効になる。 電車や、車の移動とか、昼休みに何処にでも持ち歩けるからだ。何ども書いて いるが、現在、普通の携帯電話とiPadを使い分けている。PCは居間の TVの前と、仏間の書斎コーナーにiMac一台ずつ、とiPad、合計三台 を使っているが、その使い分けのバランスは非常によい。これに読書とTVと、 ペットのインコとくれば、お宅そのもの。図書館と、スポーツジムと、早朝の ポタリングと、週二日の近くの店のランチで息抜きをしているのが日課。 これまでのスリルとサスペンスのストレスが少ないのが、逆にストレスである。 ・・・・・・ 4800,年金破綻報道の罠 ー� 2014年05月06日(火) <世界で一番わかりやすい、年金「安心」理論> ー細野真紘 (2014年の論点100) * 基礎年金と、厚生年金と、老後の預金 あくまで年金は老後生活の資金補助の位置づけ、とは知らなかった。 まず、老後の預金に、基礎(国民)年金が加わり、最後に厚生年金が加わる。 これを40年にわたって、かけてきたかどうかで、既に老後格差が、ついて しまっている。父親の代から、連れ合いに別立てで給与を与え、健康保険と 厚生年金をかけるのが当然のようにいっていた。それは私の知識・知恵ではない。 ー以下の部分は、年金を分かりやすく要約してあるー 《 ◎ まず国の年金は、大きく2種類があるのです。 1つ目が「自営業者」の 「国民年金」です。中小業者は定年がないため、60歳以降も収入を得ることが できます。そのため、年金をもらうための保険料は(会社員などと比べると) 安くなっていて、給料を預貯金に回せる割合が多くなっています。その老後 にもらえる「国民年金」は満額で月6万6千円程度。つまり「自営業者」の ための「国民年金」は、「弁当」でいうと保険料を安くして、老後は最低限の 「お米」だけもらえる位置づけで、「おかず」については60歳以降に働いた お金で買ったり、それまでの貯蓄で買ったりできる。 ◎ その一方、「会社員」の場合は定年退職のため、定年以降は、収入を得る ことが難しくなってしまいます。そのため、会社員の場合は、現役時に(自営 業者よりは多めに保険料を払うことで、国から「厚生年金」を死亡するまで 受けとれることになっているわけです。これは「弁当」でいうと、会社員は 定年があるので、現役時に(自営業者より)多めに保険料を払い、引退後に 死亡するまで、国から「おかず付の弁当」をもらえるようにするものなのです。 その「厚生年金」は月16万円程度となっています。合計で22〜3万になる。 ちなみに、公務員の場合も会社員と同じ定年制になっているため、「共済年金」 は「厚生年金」と同様に「おかず付の弁当」となっています(厚生年金と共済 年金は分ける必要性が乏しいため、一元化する方向に向かっています)。 ◎ 今では日本は「世界一の高齢化率」で、世界で最も65歳以上の割合が多い国 となっています。そして、国の年金制度は仕送り方式なので、「将来は年金が もらえなくなる」という声がよく聞かれます。そこで、「現在の少子高齢化で、 年金は破綻する」という論を考えてみましょう。まず、日本も含めて世界の 先進国では、基本的に国の年金は、個人が自分のため蓄える「積立方式」 ではなく、現役世代が高齢世代を支える「仕送り方式」です。そのため、 テレビなどでは図表を使い、もっともらしく"年金破綻論"が展開されている。 「今の年金制度は仕送り方式で、2010年現在では現役世代2・6人で高齢者1人を 支えている騎馬戦型が、高齢化のピークの40年後には現役世代1・2人で 高齢者1人を支える肩車型になる。こんな仕組は破綻する!」 これは一見、 もっともらしく思えますが、実は単純な「ひっかけ問題」にひっかかってしまう。 まず、国の年金制度は「仕送り方武」ではあるのですが、この「仕送り方式」 にも「ひっかけ問題」が潜んでいて、多くの人は「これまでの保険料が、 すべて高齢者の年金に支払われている」と錯覚している。ただ、現実に、 そんなことになってなく、かっての現役世代が多かった時の保険料については、 きちんと今後の年金の支払いに備えて国が「年金積立金」として保有してある わけです。そして、なぜ日本ではこのように極端な人ロ構成になっているのか、 というと、「団塊の世代」の存在などの特殊要因があるためで、そのため 「年金積立金」も世界一の水準にまでなっているのです。さらに年金の財源は、 保険料だけではなく、あくまで「国の保険の仕組み」なので、財源として 「税金」も入っているのです。 》 ▼ ネットで積立残高を調べてみると120兆円あったが、問題は多くが日本国債に ばけていること。また、年金支払に税金も含まれていることは全く知らなかった。 だから、さほど心配する必要がない? 私の場合、家内も厚生年金に40年近く 入れていたので、合計で税込で350万(税抜きで300万余り)。持出しが 家内の預金から年間で??万になるが、地方もあって生活には不自由はない。 欲しいものや、旅行も、外食も、現役時代に十分、楽しんだため、TV番組で 追体験をしながら見ていれば充分。 中小企業者や個人営業の場合は、別立て 預金は当然のことで、敢えて言うことでもはない!でも、周辺で、してない人が 多い? また、保険屋と証券屋に騙されていたことすら気付いていない? 他人事ではないが。今さら年金の話題に熱中するようじゃ、B層もいいところ? まあ、面白いが! ・・・・・・ 5895、閑話小題 〜ゲントの祭壇画 2017年05月06日(土) * ゲント聖バーフ大聖堂祭壇画「神秘の子羊」 去年春にベルギーの空港でテロがあった。その二週間前に到着、観光後の、 一週間前に出発したが、一つ間違えれば被害者になっていたかもしれなかった。 全日空がベルギーの直接便の就航を始めた直後のパリのテロのため、乗客が 激減し、ベルギー・オランダ、ドイツ、の何れの観光地も観光客は疎らであった。 その上にベルギーの空港のテロである。このツアーはパリのテロの直後で、 その数ヶ月前にもパリの美術館めぐりをしていた。そのため消極的だったが、 家内に引っ張られ鞄持ちのようについていった旅行だったが、内容は大当たり。 このコースは、欧州主要美術館巡りのゴールデンコースの一つ。 これまでは日本からベルギーへの直接便はなかった。 特に美術館が、どれも これも非常に良かった。 その一つが、『ゲントの祭壇画』。 〜ネット検索より〜 《 ゲントの聖バーフ大聖堂にあるファン・アイク兄弟作の祭壇画「神秘の子羊」 は、初期フランドル絵画の最高傑作と言われる作品。 15世紀に描かれたとは 思えない。兄ヒューベルトの死後、エイクが制作を引継ぎ兄弟で完成した傑作。 ・主題は開扉時下段中央に描かれている≪子羊の礼拝≫だが、上段部分、閉扉時 部分に見られる細心綿密な写実描写など本作には特筆すべき点が多い。 ・本祭壇画の開扉時下段中央に描かれている主題≪子羊の礼拝≫。 ・ヨハネの黙示録に記される『諸聖徒日(天上諸聖徒と殉教者を祭る11月1日)』 の場面を描いたとされる(拡大表示)。 ・真紅の衣を纏い装飾的な玉座に座る、信仰・崇拝・儀礼・神話・教義などの 中心となる位格・存在、キリスト教においての超越的絶対者の父なる神や、 典型衣装とも云うべき濃紺の衣をまとう聖なる神の教典を読む聖母マリア、 神の審判が迫ることを説き、人々に悔い改めの証として洗礼を施した、洗礼者 聖ヨハネの描写は現実性を強く感じさせる、写実的描写を用いて描かれている。 これらの表現に画家の完成された(絵画技法的)技術と優れた才能を感じさせる。 なお開扉時の左下段翼部分≪正義の審判者≫は1934年盗難にあい行方不明のまま、 現在は複製画が入る。》 ― ▼ 現地で初めて知ったことだが、この絵を見るためだけに、世界中から見学客 が訪れている。特にスペイン文化圏で有名で、観光客のための直通の特急列車 が毎日出ているという。立花隆がガンになった時に、「死ぬ前にあの絵だけは 見ておきたい」と、わざわざゲントまで出かけていった逸話があるほど。 ツアーに出るたびに、世界主要都市の美術館でシャワーのように、人類の遺産 美術品を浴びせられるように見続ければ、感動の質量の幅が拡大していく。 これに地球自らが創り上げた大自然の美しさ。 神は、自分自身が創り上げた 姿を自ら見るために、人間をつくったというが、正にそのとおり。 ゲント祭壇画も、それを感じさせる絵画の一つ。
〜で、何時ものような偶然で、以下の脈絡として繋がっていく。 ・・・・・・ 5530,若者よ、外に出よ! ー� 日本には限界がある 2016年05月06日(金) 『人生の教科書』なかにし礼著 * 日本だけでは限界がある 40歳前半までは、自宅に中・高の二人の息子がいた。そこで、行くところ といえば国内の自動車旅行が中心だった。その二人が学園生活のため、上京 していったのを機会に、海外ツアー切替わっていた。その非日常の面白さに 惹かれたのが家内もである。一人では躊躇する秘境・異郷でも、家内と一緒だと 何とか行ける。また、非日常の中に家庭の日常を持ち込むのも慣れてしまえば 悪くはない。 夫婦してのホテルのレストランの朝食が何とも豊かな気持ちになる。 学生時代の昭和42年に、大学の「海外旅行研究会」というクラブが企画した 『世界・30日の旅』の存在を知り、行ってはや、49年になる。当時の海外旅行者 は20万人。信じられない数だが、これがツアー観光の愛好者になる切欠となる。 何もかもが新鮮で、ただただ面白い経験だった。人生観が一変した経験である。 なかにし礼の、以下の内容には大いに賛同するが、自分では書けない。 書けば上から目線が、露出する。 しかし、事実は事実である。 ≪ 旅に出るならば1日でも早いほうがいい。自分の感受性が全部そこで 晒されて、カメラにたとえるならいろんな映像を受け止めていることになる。 そのインプットは大きいものだ。そのインプットは日本にいてもできない類 のものなのだ。これは賭けてもいい。日本という国には限界がある。 刺激の限界だ。食べものだけ見ても、なんの刺激もない。それが日本の料理 だといえば、それは確かにそうだ。だが世の中の料理はそれだけではない。 「肉じゃがを作れる女性がいい」、とか言う男がいる。こういう人も旅行を していない男と思う。世界の味を知らないからこうした面白くない発言になる。 北アイルランドのジャイアンツ・コーズウェイにも肉じゃがはある。 それはスープという形で出てくる。肉じゃがの原型はビーフシチューだが、 これはさらにその原型だと言える。牛肉と芋が入ったこの肉じゃがの原型を、 現地の黒いビールを飲みながら食べる。これがうまい。明らかに元祖の味。 日本の肉じゃがよりも断然おいしい。だから日本は食事にしても、もっと研究 しなければいけないと思う。日本の文化は確かに素晴らしいものがあるが、 そこに踏みとどまって進化をストップしていい理由にはならない。・・(略) 日本人のいいところはいっぱいある。創意工夫とか、細かいことに関する こだわりとか・・ しかし、一方では何かにつけて「疑いを持つ」ことが 非常に罪悪視される環境になっている。それで画一的な価値観を植付け られて、「肉じゃがを作れる女性がいい」などという頭になってしまう。 これではもったいない。 だから若者よ、疑いを持つために旅をしなさい。 そしていろんなものを自分にインプットする。 インプットしたらさらに視野を広げて守備範囲を広げる。 そうしないとインプットする内容も尽きてしまう。 だから何度も言うように、限りない欲望と探究心、好奇心を持ち続けないと いけない。それは、夢という非日常の世界を見続けるためである。 寝たときにだけ夢を見るのでは寂しい。目醒めて、そこで夢を見るべきだ。≫ ▼ 何度か書いたが、成田へのスカイライナーに乗って暫くすると、 「あ〜帰ってきた!」という妙な感覚になる。そこから非日常の刺激の強い 時空になるため、その蓄積が、磁石となって、旅を誘い、その非日常の世界が、 真なる時空、真実の自己であるような錯覚をもたらす。だから、別腹の 世界を自分の中に持っていて、暇な時間にトリップすることが出来る。 この現実世界に、世間の常識に対し、疑問を持ち続けることが出来る。 <目醒めて、夢をみることができる>
・・・・・・ 5165,閑話小題 〜一昨日で、まる14年になる 2015年05月06日(水) * 一昨日で、まる14年になる この随想日記を書きはじめて満14年目になる。その頃、通勤途中の長岡駅裏 近くにパソコン教室がオープン、渡りに舟で通うことにした。予め、「私の希望 は個人のHPを開設し、続けることと、ネットサーフィンを楽しみたいこと」 と、ハッキリしていた。丁度、ブログなるものが普及を始めた頃でもあった。 満14年となると、2001年5月で、9・11テロの4ヶ月前である。この頃から、 ブログが普及を始め、携帯電話の高度化も含めて世界が一変を始めた。 毎日毎日、傍からすれば、どうでもよいことを、飽きもせず、書き続けた ものだが、あれだけ文章化が苦手だったのが、日を追うごとに面白くなって いった。人間は、誰もが自分の話を聞いてほしいもの。書き始めると、周辺の 人が、毎日のように見てくれるようになった。そのため、力が抜けなくなる、 それが最大の効果と気づいた。それならと、読書日記などを中心としたHPと、 何気ない思いを書連ねるブログに、分けることにした。書き続けていると、 その積み重ねの効果が実感できるのが良い。それと習慣の力を実感する。 月に1〜2度、この数日もそうだが、書くテーマが思い浮かばなくなる。 しかし、習慣の力で、14年も続けていると、その乗り越えかたが、身に ついていて、馬鹿力が湧き出てきて、普段より面白い文章が書ける。 次の目標は、あと6年の、まる20年間になるが、生きているかどうか? とすると、まず来年のゴールデンウィークが目標になる。 毎年、この時期には同じような文章を書いてあるのだろうが!
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