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2018年04月09日(月)
* 不可解な? この絶妙なタイミングに… 何か不可解な事件が起きた。大統領の自宅のあるビルの火災にしては、 マスコミは騒がない。このタイミングからして、家族に対する無言の威圧になる。 〜ネット記事によると 【 トランプ米大統領の自宅があるニューヨーク中心部のトランプ タワーで 7日夕、火事が発生し男性1人が死亡した。消防士4人も負傷した。原因不明。 大統領は不在だった。火災が起きた際、トランプ氏やメラニア夫人はワシントンに 滞在中で、親族はビルにいなかった。同タワーはトランプ氏が2017年1月に 大統領に就任するまでオフィス、住居として使用。現在もトランプ氏の私邸と、 長男らが経営する不動産会社トランプ・オーガニゼーションの本社がある。 市消防局によると、原因は調査中。火が出たのは分譲住居部分で、家具などが 燃えて室内はほぼ全焼したという。火災発生時に50階(58階ビル)の窓から赤い 炎が見られ、タワー付近は大勢の人が集まって騒然となった。(2018/04/08) 】 ― 寅さん:時が時だけに、何か薄気味悪い時に、嫌な火災が起きたよな。 大家さん:だろう!人の出入りの激しいビルの中で、チェックは難しいはず。 北朝鮮からすれば、斬首作戦とか言ってるが、他人事ではないよ。 ドローンで、強力爆弾を積んで突っ込めば、それで済む話。 大たい、そんな物騒な場所に大統領になっても住み続ける方が変ですよ。 熊さん:俺だって、その位のことは常識と思うよ。どうしたのトランプちゃん。 寅さん:俺もトラだけど、俺と同レベルかいな。 NHKの番組で、解任の続く ホワイトハウスの実情を取上げていたが、共和党内も、この大統領の存在 に、苦慮していると言っていたね。あれは間違って泡沫がロシアの力を 借りて、大統領になってしまった漫画の世界だね。 大家さん:でも、無謀な政策の実行の段になると支持率が上がるということは、 やはり、アメリカの本心を、そのまま実行しているだけということですか。 八つぁん:少し話が変わるが、北がオリンピックを機会に、中国に擦り寄ったり、 韓国や、トランプ大統領と会談というけど、その前に決裂の可能性が高い。 で、このタイミングに火災だろう。ミサイルの外に、この手もあるかも? の予告ということ? とにかく、あそこは移動した方がいいね。 大家さん:時間稼ぎの手段ぐらいは、知っていて、早期に決裂するのが、トランプ 大統領の思惑さ。ロシア取引疑惑と、無能隠しに、戦争しかないもんな。 八つぁん:金ちゃん、やり過ぎだったよ。あれじゃ核戦争になっても仕方ないよ。 最悪の事態には、最悪の役者が揃うというけど、よくぞ揃った物。これは 歴史に残る迷場面ですよ。 熊さん:俺もそう思うよ。これまで、騙しっぱなしだもの北は。いくら何でも、 もうだまされないよ。で、決裂さ。 大家さん:トランプ:金対談までか、その前の、韓国大統領:金対談までは 大丈夫だろうが、やはり、緊迫した事態を注視しておかないとね。 追) 何とかなるのかな〜 本当に? あれから7年、何とかなったじゃないですか。 ―――――― 4406, 大丈夫、なんとかなるさ 2013年04月09日(火) * よい先生、わるい先生 ー「大丈夫、なんとかなるさ」近藤勝重著 著者は毎日新聞の論説委員をしており、「文章をうまく書く秘訣」などの レポートを読んだことがある。「随想は想いを書くもの。その想いを書くとは 思い出を書くこと。多くの経験の中で、記憶として残っているのは、その人に とって大きなインパクトのあったこと、それを書きなさい」という論に、 ハッとした。 これは、毎日新聞の夕刊に「しあわせトンボ」に5年前から 二年半の間、連載されたエッセー。なかなか味わいがある。 ーまずは、心に響いたものから、取り上げてみる。 ≪ 司馬遼太郎さんが学校嫌いで図書館が好きだったことは有名だ。 それは中学一年の英語リーダーで先生にニューヨークの、地名の意昧を質問 したことからはじまる。なんと先生は「地名に意味があるか」と怒声を上げた という。司馬さんは帰り道、市立図書館に寄ってニューヨークの意味を知る。 独学癖がつくようになるそもそもだが、一方で「いい先生につくに越したことは ない」とエッセーで言い添えている。 いい先生というと、アメリカのある学校 で数学を教えていた先生の話を思い出す。その先生は数学を教えることが自分の 仕事だと思っていたが、ある日、「私の仕事は子供を教えることである」 と思い直す。つまり科目「数学」から科目「子ども」へのチェンジである。 「数学」を教えていれば子どもに完全な答えを求める。しかし「子ども」 を教えるのだとなると、それは最終の目標ではなくなる。やがで子どもたちも 変わってきて、成績がぐんぐん伸びたエディという子はこう答える。 「先生に習うようになっでから、自分が好きになったんです」 「こころのチキンスープ」で知った話だが、・・・ ≫ ▼「数学を教えるのではなく、子供を教えるのが仕事」は、さすが。 この随想日記、「自分のために、同調したこと、心に響いたこと、記憶に 残したいことなどの雑記帳・記録帳」と割り切っている。忘却のためのメモ帳 ということ。そう割り切ってしまえば恥も外聞も何もない。「偉そうなことを 書いている割に全然、成長の跡などみえないじゃないか」と言われれば、 「全く、その通り!」である。未来の自分は、現在、そして過去の自分の 子供と想定。 その子供のために書き残すと思えば、逆に手が抜けなくなる。 「未来の自分は、現在と、過去の子供」という言葉、我ながら言い得て妙。 とすると、過去の自分は現在の親になる。あまり良い父親ではない? まあ、いい、この子(私)を見れば、仕方がない! ・・・・・・ 5503,エヴェレスト 神々の山嶺 ―映画感想 2016年04月09日(土) 「山岳遭難もの」は、苦手だが、『映画道』という言葉があるなら、 この『エヴェレスト 神々の山嶺』を避けてはなるまいと、シネマの日も あって、昨日の昼ごろ、心を奮い立てみてきたが、これが思いのほか、面白い。 私の邦画の評価で95点は上の上。 人間の極限状況は、そのまま、人生道 にも通じるところがある。 〜まずは、内容紹介より 《 日本のエヴェレスト遠征チームに参加していたカメラマンの深町誠は、 滑落事故で仲間を失い、登頂は中止になってしまう。 行き場を失い、ネパールの首都・カトマンズを彷徨っている中、骨董屋で ある古いカメラを発見する。それは、1924年6月8日、エヴェレスト登頂に挑み ながらも行方不明となったイギリスの登山家ジョージ・マロニーのカメラと 思われるものだった。 マロリーがエヴェレスト初登頂に成功したかどうかと いう登攀史上最大の謎に魅せられた深町は、証拠となるカメラを追い、 一人の男に辿り着く。消息不明だった伝説のクライマー、羽生(はぶ)丈二。 彼はなぜ日本から姿を消したのか?その男がなぜカトマンズにいるのか? 「天才クライマー」と呼ばれながら、無謀で他人を顧みない彼の孤立した 過去を調べるうちに、深町はその生き様にのみ込まれていく。そして、羽生に 人生を翻弄されながらも、彼を愛し続ける女性・涼子と出会う・・・。 二人の男と、一人の女。それぞれの想いが交錯する中、己の人生を賭け、 世界最高峰の“神々の領域”へと足を踏み入れる男たちの挑戦が始まるーー。 岡田准一、阿部寛、尾野真千子、》 〜登山家の[羽生丈二]の言葉が良い。 ――
足が動かなければ手であるけ てがうごかなければゆびでいけ ゆびがうごかなければ 歯で雪をゆきをかみながらあるけ はもだめなら 目であるけ 目でゆけ 目でゆくんだ めでにらみつけながらゆけ めでもだめだったら それでもなんでもかんでも どうしようもなくなったら ほんとうにほんとうに ほんとうのほんとうの どうしようもなくなったら もうほんとうに こんかぎり あるこうとしても だめだったら
思え ありったけの こころで思え
―想え。 [羽生丈二] ――
そこに山があるからじゃない。ここにおれがいるからだ。 ここにおれがいるから、山に登るんだよ。 [羽生丈二] ―― ▼ 魂から絞り出た言葉が、これか、と思わせる内容。お勧めである。 ・・・・・・ 5138,閑話小題 〜二人の旅路 2015年04月09日(木) 前日に続いて見た、プレミアムアーカイブスHV特集 『二人の旅路〜日中 激動を生きた京劇夫婦〜』も重厚な内容。 日本人の父と、中国人の母と、中国人の夫を持つ、「事実は小説より 奇なり」を地でいく日本女性の壮大な物語。 〜その概略から ≪ 中国・京劇のスターだった夫婦、梁嘉禾さんと柴田真理さん。 およそ20年前、残留孤児の妻と日本に移住。そのとき、夫は中国京劇の 最高峰・国家一級俳優の座を捨てた。妻は「夫のすべてを奪ってしまった」 と悔いるが、夫は「あなたといる今が一番幸せだ」と語る。 日中戦争後の中国、文革などの激動の時代を生き抜いた二人。2010年秋、 逆境を乗越えた末、夫は20年ぶりの舞台に立つ。〜2011年放送。 ≫ 〜ネットに、心のこもった投稿があった〜 《 このTVを観た後、一夜興奮して眠れなかった。涙がとめどもなく流れ、 枕をぬらした。1945年8月6日、麻里さんの両親は敗戦直前の上海で結婚した。 父は東京大学卒業、三菱商事武漢に勤めるエリート社員、母は裕福な20歳の 中国人美女、しかし7日後日本の敗戦、1946年父は強制収容そして日本へ強制 送還、その後は消息不明、中国人の母も日本人と結婚した罪で2年間の投獄、 柴田麻里さんが10歳になった時、母は人々から素性を隠し中国東北部の 貧農へ再婚、その後、麻里は柴麻里と中国名に改名し、京劇女優になった。 しかし、文化大革命の真っ只中、麻里は日本人の子であることが暴かれ いじめられ、傷つけられ、紅衛兵にも選ばれる事はなかった。そんな苦しみ の中、京劇名優梁さんと出会い 恋愛・結婚。しかし、2人は一緒に住む事も 許されず、3年間の別居。再び、麻里は素性を隠すように、西の果て、遼寧省 に移り 夫婦で京劇に徹する。夫 梁さんは 国家1級演劇家として、将来を 期待されたが、日中国交回復後、中国残留孤児として妻の麻里さんは、京劇 仲間から「日本に帰れ」と、苛められ 激しい追い出し環境に耐え切れず、 2人は日本に住む事になる。そんな中、父はウルグアイで亡くなったと知る。 もう日本での親族発見も叶わず、福岡市の残留孤児仲間と一緒に住むうち、 柴田麻里さんは身体を壊し、始めた中華料理店も閉店に追い込まれ、日本政府 の僅かな援助金で、貧しい2人の生活は続く。そして昨年、麻里さんの母親は 亡くなり、母の散骨と、梁さんの京劇記念講演の為、再び遼寧省に向う。 2人の長い、辛い人生を象徴する、大地を走る列車の窓から見る夕焼けの空は 遠く霞んでいた。あの日中激動の下に、押しつぶされていった2人の人生、 哀しい人生だ、しかし誠実な夫と、美しい妻の愛情は今も、2人の人生を 格調高く 結びつけている。美しい2人の後姿はいつまでも忘れられない。》 ▼ 家内と、互いに見つめあうリタイア後からの生活の中で、生きること、 老いること、夫婦とは、愛とは、厳しさ、優しさとは何かを考えてきた。 その答えが、この物語にあるような気がした。苦難は人生に付きもの。 それに日々、前向きに立向かうしかない。 一日一生の覚悟。 ・・・・・・ 4773,ぼんやりの時間 ー6 2014年04月09日(水) 「ぼんやりの時間」辰濃 和男 (著) * 「閑」ー逆茂木に囲まれて 森の生活(世俗)を抜け出て、ご隠居(サバンナ)の世界に入った現在が、 まさに逆茂木の「閑」の世界である。閑の字は、門の中の一本の木がある。 それが、ぼんやりの世界である。 ーその部分を抜粋し、考えてみるー 《 さかもぎの刺のある木の枝をならべて積み、垣にしたものを逆茂木という。 トゲトゲの垣を周囲にめぐらせておけば、「邪魔者はたやすく突破できない。 逆茂木の内側では、人はのんびりと過ごすことができるし、閑をたのしむこと もできる。それが閑という字の意味だ。 およそ、そんな意味の文章が 『閑適のうたー中華愛諦詩選』の冒頭にあった。・・ だれにも知られてない宿でぼおーっとして過ごすとか、めったに人の来ない 尾根道で二時間も三時間もぼんやりしたときをもつとか、そういうのが逆茂木 に囲まれた「閑」の状態というのだろう。閑は時間であり、空間である。 それはときに逆茂木の内側という空間を表し、同時に逆茂木の内側に坐り つづける時間を表す。そして、「閑」と「ぼんやり」は表裏の関係にあると いってもいい。現代人にとっては、隠れ家を逆茂木で囲むには、それなりの 工夫が必要になる。 白居易の詩『閑適の詩』に、こんなくだりがあった。 心足る(みちたる) すなわち 富(とめる)なり 身暇なり(からだひまなり) すなわち貴(とうとき)なり (中略)・・ やがて吉井勇は、こんな歌をうたうようになる。 目を閉ぢて半珈を組みて或る夜半はほのぼのとして涅槃おもふも苦しみ、 楽しみながらたどりついた一つの境地が、この歌にはある。 (中略)・・旅をすること、自然度の高いところに隠ること、日々、 散歩をすること、温泉に入ること、閑をもつこと、独りになること、 雑事から解放されたこと、すばらしい土地の人びとに会えたこと、そして たっぷりとぼんやりする時間に恵まれたこと、勇は、高知の猪野沢温泉で、 そういうぼんやり道の骨子になる部分の実践をしたことになる。 そのよみがえりは偶然のことではなかった。》 ▼ 「せめてミニ書斎を持て!」とは、この閑の独りだけの時空を持て、 ということになる。現に、この二m四方の、この空間は私だけの世界で、 BGMが流れ、2台のパソコンからは、欲しい情報、知識の殆どを手に入る。 今では、タブレットなどのモバイルPCという優れものもあり、何処へにも 持ち出し可能である。とはいえ、やはり自分の空間も必要である。雪もとけ、 自転車散歩(ポタリング)を再開したが、信濃川の土手の休憩で「ぼんやり」 を意識的に始めたが、これがなかなか良いが、難しい。先を急ぐ気持ちが、 勝ってしまい、直ぐに立上がってしまう。木の下や、ベンチで30分でも 一時間でも、小春日和の中、寝転べば良いのが分かっていても、気が競ぐ。
・・・・・ 5868,トランジション 〜人生の転機に、トランジション理論 〜2 2017年04月09日(日) ☆ トランジションの3段階 第2段階の「ニュートラルゾーン」に何かしらのチャンスが隠されている。 ・どん底に落込んだ中で「聖書」の真髄に触れるとか、 ・経済成長期の中で、千葉市郊外の新興住宅地(完成時5万人)の中心十字路の 商業地を確保とか、 ・新潟駅前の進出が、新幹線オープン時期だったりとか、 ・その新潟撤退の決断の直前に、後押しのような東北大震災に遭遇、迷いなく 事業撤退が出来たとか… 等々。 人生を生きていく上に何かが存在しているような。それは、プラスにマイナス にも働いてくる。表向きはマイナス状態だが、その背面には、大きなプラスが 隠されていたり、逆だったりする。それが‘機’、‘気’というのだろう。 問題は捉え方。 ブリッジズ理論では、トランジション(転機)を3段階とする。 〜その辺りから抜粋〜 ≪ 第1段階……何かが終わる 第2段階……ニュートラルゾーン 第3段階……何かが始まる すべてのトランジションは、何かが終わるところから始まります。 米国の学校では、卒業式のことを「コメンスメント」(Commencement)と呼ぶ。 その意味は文字どおり「始まり」です。学校を卒業することは、学校生活の 終わりであると同時に、「進学」「就職」といった新しい人生の始まりもある ということで、卒業式をコメンスメントといいます。 何事にせよ、私たちは 新しいことを始めるためには、以前の古いことを終わらせる必要がある。 ニュートラルゾーンは、前述したようにどっちつかずの宙ぶら状態ですが、 自分をとことん見つめ直す機会であり、忙しい日常から一歩引いたところで、 あれこれ考える時間を持つという点において、一種の猶予期間(モラトリアム) だといえます。私たちは、ニュートラルゾーンを経験した後で、ようやく新しい 一歩を踏み出すことができるのです。 〜次回でそれぞれの段階を乗り切る方法について詳しく説明しましょう。≫ ―― ▼ 創造には、必ず崩壊が背景にある。関東大震災は、都心の再開発に 欠かせない条件だった。人間の成長にとって、挫折も然り。アップスケール (脱皮)には、それまでの殻からの脱皮を必要とする。学生時代は社会に 旅立つ猶予期間。そこで何故に生きるとか、全く違った各地の人や、書籍を 通して、違った時代の人との触媒を経験するための猶予期間でもある。 現時点の御隠居状態は、生の向こう側への旅立の猶予期間。来し方を振返り、 それぞれのトランジションを見つめ直す機会を与えられている、ということ。 本当の転機は、余命期間を告げられた時節だろうが… その時は、気が動転、 人生の何たるかを考える余裕などない筈。その時、<共同無意識の一つが、 この私でしかない、ただ消え去るのみ> と、すり減るほど唱えるしかない。 で、以下の登山家[羽生丈二]の言葉につづく。
ほんとうにほんとうに ほんとうのほんとうの どうしようもなくなったら もうほんとうに こんかぎり あるこうとしても だめだったら 思え ありったけの こころで思え ―想え。
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