| 5975,閑話小題 〜学びことが好きな人はわずか10% |
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2017年07月25日(火)
【自分を磨く言葉 本田季伸著】より * 学びことが好きな人はわずか10%、 ≪「ハーバード・ビジネス・レビュー」によると、学ぶことが好きな人は、 全体の10%程度に留まり、90%の人は社会人になると、勉強すらしないのが 現状。一方、10%の人は、仕事にしろライフワークを見つけ出し自分を追い 込んで、鍛えているため、自らの中に強みを見つけ、それを楽しんでいる。≫ ▼ 90%に意識を向け「世間様」という方が本末転倒で馬鹿みたい… 情報化社会へ激変する中、情報と知識は簡単に入手できる。自分の生きる 意味(価値)を知り、自己変革を続けないと、折角、地球に生を受けたのに 勿体ないじゃないかと生き急いできたが… 根源的自己問答を重ね、生きる 意味を確認するかしないかで… そうして周囲を見直すと、数限りの材料が 転がっている? 映画プロジューサーのジョージ・ルーカスの、 『全ての人が何らかの檻に入れられている。でもドアの鍵はいつも開いている』 のとおり、何が好きなのか、何が強みかを知るため学び続け、外に出る しかない。その蓄積の差そのままが、現在の私たちの現前に突き付けられる。 私たち檻の住人の、外側の人に対する視線が何とも微笑ましくも悲しい。 檻の外に出た人は、失敗して、がっかりするかもしれないが、外に出ないで 何もしなければ間違いなく悲観絶望する。 一期一会の垂直にたつ瞬時 (感動、感激、感謝)のために、学び続ける必要がある。 「死んでしまえば、それまでよ!」としても…
・・・・・・ 5610,閑話小題 〜神様の働き 2016年07月25日(月) * 神様の働き 出所は忘れたが、最近、面白い逸話を知った。 【 災害に会った人に、次々と、逃げるように促す人たちを尻目に、 「必ず神様が助けてくださる」と、その場に残ったため、死ぬ羽目になった人が、 天国で、神様に「何ゆえにお助けにならなかったのですか」と愚痴を言うと、 「何人も逃げろと人を通して言いましたよ」と神様が答えた!】。 なかなか含蓄のある言葉である。5年前から、半年に1度は、見知らぬ人を 含め、嫌味、罵声が飛んでくる。今では慣れたもので心の治癒期間の予測が 可能になっている。一般債権も、労務債権もほぼ無し、自ら清算したことなど、 一般は知る由がない。そこで平然とするしかないが、やはり心は乱れる。 何度か繰返しているうち。『これは、何かを伝えようとする神の声?とする と、これは何だろう』と、その都度、考えるようになっている。それは、神様が 己の歪みに光を当ててくれていることに気づかされた。意味があると思えば、 何かが見えてくる。その上、蓄群のそれぞれに神様が、「復讐するは我(神) にあり」と、具体的な蓄群への罰の事例を見せてくれている。 これが面白い。 ものは考えよう。『神は自らを助ける者を助ける』と同じ道理。学び続けている こともあり動揺は最小だが、普通なら居た堪れないだろう、これは。 それにしても、蓄群は程度が、あまりに酷い。『蓄群、珍獣を笑う! そして、珍獣、群蓄を笑う!』ということか。 〔蓄群=羊のように只管群れることしか出来ない一群。その結果、何も考えない〕 ・・・・・・ 5245,ペットの話 2015年07月25日(土) 居間の座いすの、障子とガラス戸一枚越しのサッシで囲まれたベランダに、 籠に入ったインコが鎮座している。30数年間、代々にわたって10羽目になる。 平均滞在3年になるが、殆どが逃げていくか、病気で死ぬ。現在のインコの 滞在は4年半。一代前の中型のコガネインコは、頭が良くて懐いていたが、 一年半で病死をした。現在のインコは、オウム科で最小の型で、性格が穏やか。 とにかく癒される。 以下の哲学者のペットに対する指摘が分かりやすい。 * ペットは教師 ーニーチェ「超」入門ー白取春彦著ーより ≪ 本当の教師はさまざまな角度から能力を自覚する契機を与えてくれる人だ。 知識など二の次にすぎない。日陰に押し込められている能力を解放さえさせて くれれば、必要な知識などはおのずと吸収されてくるものだからだ。 そして、そういう真の教師は生身の人間とは限らない。 書物である場合も多いだろう。風景かもしれない。一皿の料理かもしれない。 ある見知らの人間の態度かもしれない。飼い犬かもしれない。 犬が教師になるかもしれないというのは隠喩でも皮肉でもない。 人が犬などのペットを飼うのは、本能という自然にしたがういさぎよい態度に 魅了されるからだ。動物はいつも今を生きている。来るべき時間に起きること を想像して心配したりしない。過去を振り返って悩んだりしない。つねに今を 受けとめて生きている。空腹ならば食べ、空腹でなければ餌に見向きもしない。 素直に本能にしたがい、恥じることもない。欲望を明瞭に露出する。 それでいて、自分だけよければいいという態度をとらない。 喜ぶときは素直に喜ぶ。しかし、多少の我慢とあきらめも知っている。 彼らは真っ直ぐに生きているのだ。 人間もまたそういう生き方に あこがれている気持ちがあるから、ペットを飼う。 ペットの癒しというのは、自然に生きることを見せてくれるからなのだ。 その意味で、一匹の犬でさえも、わたしたちの良き教師になりえるのだ。 もちろんそこには、人間が押し込めているものを解放してくれる働きがある。 これこそ、教師と呼ばれるものの最大条件ではなかったか。≫ ▼ インコの「ピーコ」、鳴き声の呼びかけで振向くと、たった一つの芸、 『連続枝回転』を3〜8回、最高で50数回もする。居間の席を立って何処か に行こうとすると、「行くな!」という意思表示と、朝の餌ねだりの回転が、 何とも愛らしい。思いたって餌をやると、必死に食べている途中に、ハッとし、 食事を中断して、枝に移動、回転をする。気持ちが真っすで、今を生きている。 ペットから、ニーチェに飛躍するが、 〜ニーチェを語る一節から〜 『要するに、世界は無価値、無意味なものだ。この言い方は一見して絶望的な 感じを与えるものだが、人が世界に意味を与え続けている意味で、今の生こそ が光源なのだと気づかせてくれるものである。』と、ペットは人に教える。 ・・・・・・・ 4880,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー43 2014年07月25日(金) * チェーンストアの組織論の特徴 チェーンストア組織論の特徴は「3階層」「5職能」 で表現される。 (少し専門的な内容になるが) ★ 「3階層」 とは<トップ><スペシャリスト><ワーカー> の階層。 階層を増やさず、可能な限りフラットにし、ミドル・マネジメントを 増やさないシンプルな組織が特徴。 ○ スペシャリストは、それぞれの専門で、店舗なら多くの店の運営を、 バイヤーなら、各部門の仕入れ経験をこなし、それぞれの商品の専門 キャリアを多く持っている人をいう。売場では、多くの店と売場を 経験した店長、次長がスペシャリストに入る。 ○ ワーカーは、マニュアルに従って作業をする職階の人で、ノンキャリア 社員、パート、アルバイト。ところが、情報機器の進化で、現場段階の ワーカーと、スペシャリストの区分が曖昧になっている。 スペシャリストの技能が情報機器で簡単に使えるようになっているため。 ★ 「5職能」 とは横割りを5つに増やし トップの下で <スタッフ> ※トップのためのスタッフ <サービス> <ライン・スタッフ> <クリエイティブ・ライン> (商品部)〜仕入れ担当で、一般的にバイヤー <オペレーション・ライン> (店舗、加工、物流施設の運営) の機能で分担する組織である。 ▼ 旧来型の組織論のライン、スタッフ、サービスの3職能を、3階層、5職能 で理論付けが特徴! 目新のが<ライン・スタッフ>=ラインのためのスタッフ。 クリエイティブ・ラインやオペレション・ライン(マネジャー)に付くスタッフ のこと。ラインの業務プロセス作り、カイゼン、有益な情報・データの提供など でサポートするスペシャリスト。 これらは、チェーンストア統一伝票システム から成立した部門別管理と、それぞれのマニュアルが、ベースになる。 それぞれの教育計画は、社員と幹部の登用試験制度と、配転計画のキャリアから 成立する。トップ育成計画と、スペシャリスト育成教育、正社員教育システムに 則って、それぞれ行われる。特にトップ教育は、本人以外には知らされずに 行われるメニューがある。職能として、スタッフとして、新規出店の開発部門、 経営計画作成、サービスの財務などの配転の中で育てられる! 官僚のキャリアの育成計画は、この計画にそって出世競争の中で勝ち残った者が 選択されるのと同じ。右上がりの時代ならよいが、右下がりになると、配転計画 段階で、多くが排除されていくしかない。私自身は、自ら10年目に行うべき 配転計画の判断ミスをしてしまった。それも、自分の限界と割りきるしかないが・・ 高度経済成長時代の鬼っ子ということか。 ・・・・・・ 4513, 大往生したけりゃ医療とかかわるな ー7 2013年07月25日(木) 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 』中村仁一著 著者そのままを私の事前指示書にしたいぐらいだ。そこで早速、図書館から 借りていたこの本を、アマゾンで注文をした。その本に、自分の希望を書いた ポストイットを貼り付け、仏壇の引き出しに入れておけば、それがそのまま 指示書になる。そして気が向いたらまとめてブログの分類コーナーを作り、 張り付けておけば良い。 実際のところ、気がすすまないのか、面白いのか。 死際を考えると、すべきこと。ーまずは、その指示書からー ≪ ー 事前指示書(その1)ー 2006年9月17日2 中村仁 「医療死」より「自然死」が好みのため、意識不明や正常な判断力が失われた 場合、下記を希望する(ぼけた時は、ぼける直前に「断食死」を 敢行するつもりだが、タイミングを外す場合も考慮して)。 1 できる限り救急車を呼ばない 1 脳の実質に損傷ありと予想される場合は、開頭手術は辞退する 1 原因のいかんを問わず一度心臓が停止すれば蘇生術は施さない 1 人工透析はしない 1 経口摂取が不能になれば寿命が尽きたと考え、中心静脈栄養、 末梢静脈輸液は行わない 1 不幸にも人工呼吸器が装着された場合、改善の見込みがなければ その時点で取外して差し支えない ー 事前指示(その2)ー 1 使い古しの臓器は提供しない 1 葬儀式は簡素に家族だけで、遠方の者には連絡せずとも良し、 葬儀会館使用も可 1 読経、死後戒名は不要 1 告別式不要、供花、香典は辞退すること 1 死体処理は完全に灰にするか、凍結乾燥粉砕で肥料にせよ (もし、偲ぶよすがが欲しければ、髪の毛か下の毛を刈り取るべし) 1 年忌法要、墓石詣リは不要(但し、死体処理が希望通りにならず、骨が 残れば、死後戒名、年忌法要行うも苦しからず、墓石詣リも勝手たるべし)≫ ▼【一切の延命処置を拒否し、葬式は密葬。坊様の読経も墓も必要としない。 骨は、先祖の墓に読経なしで、家族の手だけで入れて欲しい。】これが私に 似合っている。父の口癖が「死んでしまえば、それまでよ」。 死ななくても、 「いつ何時、何ごとも、一期一会、瞬時過ぎれば、それまでよ」である。 ・・・・・・ 4139, 元始、ママは太陽であった ー2 2012年07月25日(水) * スナックは「未知なる異空間の社交場」 著者の言葉そのままに、何処の店も似たかよったりである。 この長期不況のため、客足は激減、スナックの数も同様である。 何とか存続しているのは、昔からの店で固定客を掴んでいる店だが、 話は不景気の話ばかり。やはり還暦過ぎると、以前のような元気は減退、 それにつれて回数も減っている。それでも月に平均二回は通っているが一晩 3〜4軒のハシゴが2〜3軒で帰ってくる。高度成長期の一時期を除くと、 スナックは儲かる仕事ではなくなった。まあ、よく維持していると感心する。 一部をコピーする。 ≪ 日本全国にスナックはたぶん15万軒ぐらいある。15万軒の扉の中で、 毎晩『つぐない』や『銀恋』や『麦畑』や『津軽海峡冬景色』が何万回も 歌われて、何十万人もの家族が、何十万人もの家長のママを囲んで和気藹々 夜を楽しんでいる。家に帰れば別の家族が待っているママもいるし、ひとり 暮らしのマスターもいる。 店の中では一緒に遊べる家庭があって、飲んだり 歌ったり、お腹すいたら焼きウドン作ってみんなで食べたり、「今度はどこの 温泉に行こうかなど盛り上がったりしている。この数年でやたぶん200軒以上の スナックに足を運んできたが、裕福なママやマスターなんて一人もいなかった。 「儲けを考えたら、こんなことやってませんよ」というのは、僕がいままで インタビューで、一番よく聞いた言葉のひとつ。でも、そこには別の「幸せ」 と呼ぶのは大げさかもしれないけれど、こころのコリをほぐしてくれる温い なにかが、確かにあった。有名スポーツ選手を射止あたり、年収、何億という 女社長になったり、名家の女家長どして君臨したりオンナ道の「勝ぢ方」にも いろいろあるのだろう。でも、もし僕がいい年したオバサンだったとしたら、 気の良い常連たちに恵まれた、場末の小さなスナックのママでいる以上の 幸せは、なかなか思いつかない。 ところで一説によると、日本で一番多い スナック名は「来夢来人」(ライムライト)という。ネットによると、 その名前のママが四人揃ってライムライト・サミットが開かれたといか。 不景気話が中心だったと思うが?・・ スナックを「未知の異空間の社交場に 人生の酸いも甘いも知り尽くしたママが待っていると考えるか、酔っ払い相手 の怪しげな空間として捉えるか」でスナックの価値(意味)も変ってくる。 カフェやバー、こじゃれたレストランがない町は日本中にたくさんあるけれど、 スナックのない町は殆んどない。共通の異空間を人を求めているのだ。≫ ▼ そういえば、タンザニアの年越しに行ったスナックが印象的だった。 タクシードライバーを中心にした小さな村の中に10坪位の掘っ立て小屋 だが、カウンターがあり、テーブルと椅子が5〜6あるスナック。 そこに30歳位のグラマーの現地人ママがいて、年末の年越しのため10人位 が焼肉パーティーをしていた。私たち日本人5人が、そこに加わり大騒ぎ、 しかし、10メートル先にはハイエナが数匹、唸り声をあげていた。 タンザニアの片田舎にも日本と同じようなスナックが存在していること 自体が奇妙な気持ちだった。スナック、そこは漆黒の異次元の寂しさを 紛らわす共同空間でもある。 ・・・・・・・・ 3773, 閑話小題 ー今場所は面白い大相撲 2011年07月25日(月) * 今場所は面白い! 大相撲、今場所は、いやに面白い!相撲はプロレスと同じでないとしても 「現在も談合の臭い強い○○業界?」と酷似した世界。いずれにしても数年内に、 これまでの延長上の事件が発覚、「現在の相撲協会は解体、根本的出直しの事態 になる」こと必定。「税金免除の談合社会も終わりをつげる」可能性を孕んでいる。 しかし、少なくとも今場所は八百長はやりつらい。で、まず「あの方」が引退に 追い込まれた。この場所全体を俯瞰すると三十代半ばの力士達の、勝率が極端に 良くない。興行上、大関以上に日本人は一人は必要。そこで来場所から、何の引退 の替わりに日本力士が大関になる筋書きになってはいたが、今場所は難しい。で、 ・・ 全体が阿吽の呼吸で場所全体の筋書きを創作するといえば、恰好がよいが、 阿吽の談合が大相撲の本来の伝統?「それを今さら何をいっているか!」が、 彼ら役者(親方を含め)の言い分である。それをいっては御終いだが、 事実は事実。現在の協会が解体されれば、国技?を前提にした税金免除だけでなく、 これまでの備蓄金も没収される。せっかく日本的伝統を長年かけ、つくり上げて きた親方制度の蜜が吸えなくなるため、親方衆が保守的になるのは当然。 で、今場所は、どうも、こうも、「僕らは、そうすれば良いの?」が、露出して いるから、これほど面白い場所はなかった。今場所は、優勝は大関の日馬富士。 大関に一歩及ばなかった一人を含めた関脇の三人が、大関に向けて一線に並んだ。 また、八百長で20数名の力士が追放された効果で、若手が一挙に十両・幕内に。 地位は人を作るで、数場所で、それなりの実力が備わってくるはず。 その怪我の功名で、相撲が俄然面白くなってきた。この傾向は数年は続くだろう。 有望な力士も、古参に苛められ若いうちに、その力が発揮しないうちに枯れて しまうのが、これまでのパターン。その上に、貸し借り、金銭のやり取りで 昇進が決まってくるから関取になったと同時に変になってしまう。その意味で 当面は大相撲は復活するだろう。 若手有望力士の台頭がテーマでキャンペーン をはれば良い。ということは古参力士の大量引退劇が始り、相撲自体が新鮮に。 何処の世界も同じ。老兵は消え去るのみか!
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