|
2017年03月11日(土)
* 3・11から6年 6年前の地震の瞬間を今でもリアルに憶えている。 NO2だったO氏と、会社を継続すべきか詰めた話し合いを終えて立ち上がった 瞬間、大きな横揺れが続いた。「これは何処か遠くのタダならぬ地震か?」と TVをつけると、何か異様な速報が次々と現場から報じられていた。 ことも あろうに、会社を閉じようかの時に… そして、NHKのアナウンサーが、 『東北地区の海岸線の皆様、その場から近くの高台から逃げてください!』の 絶叫のような呼掛け。新幹線は東北新幹線と上越新幹線は全面ストップ。 県内の被害はさほど無いようだ。自宅のある長岡へ帰るにはと、急遽、バス 乗場に行くと、普通通りに運行していた。17時過ぎたばかりで、サラリーマン 系の帰宅時間前もあり、空席があった。その時は、只ならぬ大地震だが、東北 のため、人口密度が低いので、大惨事には至らないだろうと… で、18時半 頃に家に帰ってTVを見ると、TVで「逃げろ逃げろ!」の声が甲高く聞こえていた。 その時には、福島原子炉の深刻な惨事は、知らされてなかった。「そういえば、 学生時代の友人が、仙台の飛行場近くに終の棲家に決めて、ゴルフに釣りを 楽しんでいた」ことを思い出していた。そして… 会社は、その日を境に25%の売上ダウン。一週間後に、迷うことなく 会社整理の決断をすることになる。その奇妙な偶然の一致に何か不思議な感覚 になっていた。6年間、長くもあり、短くもあった。中越地震、柏崎・刈羽地震、 東北大地震の三つの立て続けのブラックスワンの到来。それ以前のバブル崩壊、 2001年の9・11テロ、2008年の9・15リーマンショックの大激震を含めた一連。 「次々と続くブラックスワンの到来、これも有りですか」と、事業への未練は 一切無くなってしまった。面白かった手ごたえと、充実感があるのが救い! 〜で、数年分の、同月同日の内容に続いていく〜 そういうこと! ・・・・・・ 5474,閑話小題 〜昨日の早朝の夢 2016年03月11日(金) * 東北大震災から5年 忘れもしない大震災から5年経つ。その時、会社整理の判断、決断についての 社内会議を終え、立上がった直後に大きな揺れがきた。それがスローで大きい。 これは並みの地震ではないとTVをみると、アナウンサーの絶叫が聞こえてきた。 『東北地区の沿岸の御住まいの方は、直ぐに逃げてください!』と。それでも、 千年に一度の大地震とは思わなかった。しかし時間が経つにつれて、尋常で ないことに気づいた。新幹線が不通のため、新潟から長岡までバスで帰える しかない。17時になれば通勤客がバスに殺到するから、直ぐに帰れば乗れると 判断しバス停に行ったら何とか乗れたが・・ その間に大津波が、東北沿岸部に 襲っていた。その騒動の最中の一週間後の18日に会社清算の決断するに至った。 あとは会社抹消のための手順の実行にまっしぐら、大地震など他山の出来事で しかなかった。それもこれも、今では懐かしい出来事でしかない。早かったのか、 遅かったのか。あれだけの震災も、そろそろ風化をしてきている。 私にとっても、事業清算を時を一にしてむかえた。それが重なったのも何かの 因縁だろう。私にとって、その重なりがあったことで、自分も震災者のような 気持ちがあった。そのせいにすることもできたが、明らかに、リーマンショック が直接原因で、間接原因は、新潟駅前での過剰投資と、情報化による価格競争の 激化と、ビジネス客の日帰り圏に新潟県が入ったことである。 逆に言えば、 丁度よいタイミングに、リーマンショックと東北大震災がおきてくれたといえる。 無念とか、悔しい、惜しいなどの気持ちが、殆どないのは、あまりに社会が激変 したため、これでは仕方がないと諦めがついている。
* 一昨夜半の変わった夢 今朝方、変な夢をみた。 創業したての頃、ある月刊雑誌に感銘し、 愛読者の会、「もっけいクラブ・新潟支部」の会を立ち上げた。そこに、 面白い男‘T’なる人物が顔を出していた。飲食関係の経営コンサルタント だったが、時々、理屈に合わないことをいうが、それでも真っ当な部類? だった。 現在は、長年の飲酒過剰で糖尿病で入院していると、聞いていた。 夢の内容とは、自宅の近所の運動場のような所に、ストレッチのような スローの運動を子供も含めた人が10人ぐらいでしていた。自分も参加したが、 これは中々良いが、スポーツジムに通っていることもあって、その一つと みていた。 「誰かが背後で指導しているのでは?」と、周りをみると、 その‘T’なる人物が、顔色がツヤツヤして、そこに元気で立っていて、 携帯電話で仕事関係の話をしている。「確か、入院しているはずだが何故?」 と思ったが、一言二言会話を交わし、「私の家でお茶でも」と思いつつ、 自宅に帰りかけると、車で私を追い越していったところで目が覚めた。 そこで、「もしかして、死んだのでは?」と、一瞬思ったが、私の勝手な 思い込みだろうと、次の瞬間、寝入ってしまった。 ところで、今朝方も 面白い夢を幾つかみたが、一番面白いのが思い出せない。
・・・・・・ 5109,閑話小題 〜一ヶ月足らずで、4年ですか! 2015年03月11日(水) * あと一ヶ月で、4年になる! 『咽喉過ぎれば熱さ忘れる!』だが、日々好日を心かけ過ごしている。 もう、債権機構からの弁護士への問合せもなくなり一年近くになる。 あと一年の5年が一つの目安。去年の今頃は、消費税の未払い分の件で、 弁護士事務所で国税の調査を受けたり、住友系債権回収機構から、郵貯 の個人年金を数十万を差し押さえられたりしたが、その後は何も無し。 この稀な経験のない人や、社会は、倒産=悪と勝手に決め付けるが、 この経験を通し分かったことは、何事も±の両面、いや多面があること。 病と同じで良質の内に先手を打つことで、悲惨な結果を避けることが出来る。 それには事業設計段階から、万一の備えを組み込んでおく必要があった。 事業整理の目安を、資金繰りに追われる下ライン(中小企業の3分1)か、 (装置産業もあるが)営業赤字に陥った段階を自主清算?と予め決めていた。 そしてリーマンショックから二年半、そのラインに触れた瞬間に決断。 そのため、準備段階を含めた45年間の事業人生で、資金繰りの苦労を 一切なしで終えることが出来た。一般債権、労務債権は、ほぼゼロ。 これらも一般常識からみて不思議のようだ。その上に、そのまま自宅に住んで、 何も変わらない状態が憶測の世間話をつくっている?のだろが、それを許す ほど現実は甘くないのは周知のこと。何とか軟着陸だったが、15年の準備 期間と30年間の新潟駅前事業、合計45年間のエネルギー体(会社)を、 自ら潰すのは自殺に似ている。その苦悩、恐怖、痛さ、辛さが分かる筈がない。 それぞれが、そのレベルの価値感を講釈をするだけ・・ 得たもの失った ものが多いが、その間、魂が被植民地化されてなかったことも事実。 ニーチェが、『価値は、全てある観点から見たものに過ぎない。 確かな真理などというものはない。ただ、様々なパースペクティヴ (=観点、見方)があるだけ』と述べている。 という、この論も、 私の枠内の価値の羅列で、身勝手な論法でしかない。日々、是、口実か。 でも、シリア性からすれば、この結末も悪くはなかった? (>_<) おもろ! 少し考えれば分かるだろうが、こんな面白い経験もない! 幼児の頃から子守唄代わりに聞いていた、何?を自分が現に経験している。 大体、その認識は教養と、両親の質に比例をして、洗脳された共同幻想のまま、 勝手に「決め打ち」をするが、それが鮮明に見えてくる。 カントの認識論に、 「対象に認識が従うのではなく、認識が対象を従える」が、そのまま、鮮明 に見えてくる。それも共同幻想の認識とくるから・・娑婆など、軽薄そのもの。 いや、軽薄は、私の方ですか! (〃゚д゚〃) (*ノωノ)テッ ―――――― 4744,閑話小題 ー3年前の日記より 2014年03月11日(火) * あれから三年経ったが 3月11日といえば、東北大震災から三年になる。 10年日記帳には具体的な現象を記録しているので、振り返ってみる。 震災と、倒産への、生々しい日々が書かれている。人生の大きな節目に、 こういうことが重なるのが不思議である! 忘れたいが、そうは言って いられない。直視し、現在を見つめ直すしかない。それにしても、日本の 政治は明らかに変! ・2011年3月09日(水):昨夜半、数時間、眠れず。 正午、轡田氏、 事務所に来訪。2時まで。 事業断念に向け具体的になってきた。 年齢からしても、こんなものか。終わりの始まりということ。 ・3月10日(木):16時〜17時45分(会計事務所と弁護士事務所の共同 センターの一室で)支配人、副支配人、会計事務所の担当Jさん、 弁護士と、打ち合わせ。6月か、ゴールデンウィーク明けか、秋口か? ・3月11日(金):14時から支配人と、前日の話合いの内容をチェック。 決断は私がするが・・ その時に、14時46分に大きな揺れ。どうも、 揺れ具合が、普通ではない。これは何処かで大地震が起きたはずと TVを入れると、東北で、過ってないほどの大地震と報じている。 そのまま見ていると、とにかく海辺の人は非難するよう絶叫。 新幹線は不通、17時過ぎに長岡に向け、バスで帰ることにした。 ・3月12日(土):昨日の地震は、時間が経つにつれ、想像を絶する惨状。 津波で多くの街が水没していく内容がリアル。昼は近くのイタ飯屋の サエゼリアで食事。 ・3月13日(日):報道が、福島原発の崩壊に向いている。TVは全局、 この震災関連。福島は、かなり危険な状況。 YouTubeをみると、 さっそく、リアルな投稿が多く流されている。 ・3月14日(月):新幹線が不通のため、車で新潟に向かう。高速道路に 車がいやに多い。新潟回りで東北に向かっている。 11時に福島原発の二つ目が爆発、かなり危険のようだ。 ・3月15日(火):福島原発、3つ目が爆発、ますます危険になってきた。 そういえば、学生時代の友人の奥野君が、仙台の海辺に終の棲家にして いるはず。東京の加藤君に電話をする。奥野君とは連絡取れず! ・3月16日(水):今日予定していた林さんとのコンサルト、この混乱で、 中止。原発事故が、差合っての大問題。もしかしたら、金沢か、山陰 あたりに避難? それより、会社のことがある。明日か、明後日に 決断しないと! ・3月17日(木):前日は、車で自宅に。(新潟に16年間赴任していた 大学時代の友人)東京の三崎君に電話を入れる。東京は、平静という。 それより、明日にでも会社存続か、断念か、の決断である。 ・3月18日(金):為替介入があって、79円ー>81・4円へ。大震災から、 まる一週間になる。これで日本は新たな領域に入る。 今日の、二人の役員との打合せで、事業断念を決定する。 来週、弁護士と、その手続きに入る予定! ▼ 東北震災の中での、大きな節目。何か、いま一つ、現実感が無かった。 しかし、動物的な感覚が、茹で蛙の自分を支配して、目の前の処理案件を 淡々と一つずつこなしているのが見て取れる。 毎月、30年間、月次 決算に来ていた会計事務所の担当が、「楽しんでいるように見える。 不謹慎!」と、言われたが、この事態に現実感を持って動いては いられない。修羅場は修羅場で違う人格が現れ出る。ただ、後悔や、 逡巡はしていられない。身近がまず、手のひらを返すのは当然だが・・ あるのは、節目時の隠れた野生の感覚。 3月19日以降は、後日に 書き出すが、この内容、自分でも、面白いのだから、第三者は、 もっと面白い? 書き残す醍醐味か、変質者か? それでも大震災の ドサクサに、助けられた。 ・・・・・・ 2014/11/06 閑話小題 ー倒産は甘塩からい味がする
* 倒産経験もまた、価値ある人生体験と捉えると 『倒産は甘塩からい味がした!』をテーマとして書くと、こうなる。 ≪ 時どき『闘病と、倒産体験ほど貴重な人生体験は他に無いのでは?』 という考えが頭によぎる。 倒産体験をプラス面で光をあてると、具体的な要素は 幾らでもある。私のケースは、自分で立ち上げた会社を潰したため、起承転結の 「結」が、それ。元もとの立ち位置がアウトサイダーのスタンスもあるが、何事もなく 無事に後に継がせれば中途半端な起承転々。そのどちらが良いか悪いかは、 受け止め方次第である。 事業内容の悪化に比例して辛らつに変わる銀行と、 身近の人たち。予め分っていても不快だが、時間が経つにつれ、これが面白く 思えてくるから不思議。更に、あれだけ沈んでいた気持ちも、二年、三年と 過ぎると、時間薬効果で元に戻ってくる。 その直前・直後の一ヶ月間は、身体と 気持ちが宙に浮いてように動いて、それが意外と痛面白いとさえ感じていた。 30年来、月次決算に通っていた経理事務所の担当が、 『何か楽しんでいるようですが、自分の立場が分かってないようですね。』 と、言われてハッとしたが、実は、分かってないのは御当人。この感覚は当事者 しか知り得ないこと。何事でも、無我夢中に行動している時ほど面白いことはない。 実際、こんな貴重体験は滅多に経験出来きないし、一度は味わうのも良よい! とは、今でこそ言えること。一日一日を区切って、一期一会と割切って乗越える しかなかったが・・ 「この人、こう受け止めている」が、過って、様々なケースで 自分も受止めていたので、それが分かる。 ボケ役の落語家が震える声で 「バカ野郎〜、その程度か、御前さん!」と思っている自分が、そこにいる。 これも、万一のセフティネットがあったため言えることだが、敗者は敗者、 「日々、是、口実!」になる。「事前、事後とでは、これまでも違っていた」 というのが実感。「開き直り」か。 ≫ ▼ これを冷静に?読み返すと、こう思って日々を過ごさないと精神の安定を 保てなかったが、冷静な自分がいたことも確か。 それでも大波の中、思わず 水を飲んで、窒息しそうになっていた? 『何事も、最善と思えば最善に、 最悪と思えば最悪になるから、こう捉えていた方がよい』ということか。 これは、大病、大事故にも言換えが可能? 少し話が変わるが、実兄が7〜8年前に倒産した時のこと、居酒屋で、慰めで、 彼の親しい友人の実名をあげて『大病で死ぬわけでなし、決して最悪の事態では ないよ。Oさんは、無事に会社整理をしたが、実は末期肺ガンかもしれない。 これは最悪の事態でないよ!現に生きていられることに感謝をした方が良いよ』 と、慰めたが、その2年後に、本当にOさんが肺ガンになって入退院を繰返して いるという。この年齢になると、内なる黒鳥がいつ舞い降りてきても不思議でない。 まだまだ、当時の森の中での夢をみる。 ・・当然のことだが。 ・・・・・・ 4377, 「世間」の捨て方 ー1 2013年03月11日(月) ー「世間」の捨て方 ー ひろ さちや(著) 創業は、既存の業界を根底から否定し全く新たな形態をつくること。 起業だけでなく、何かをなすということは、社会、世間に距離が出来てしまう。 社会学を専攻した影響もあるが、内から目線(信念)と、自分を見つめる 上から目線が強くなる。この経済の大津波に押し流されても平然?として いられるのは長年かけて作ったバイアスがあるから。世間など、とうの昔に 捨て去ってきた。しかし世間にどっぷり浸かってきた人には、新鮮で奇異 だろう。 ーまずは、アマゾンの内容紹介ー 【 景気に振り回される生き方はやめよう。世間はいつも狂ったもの。 社会と距離をおき自分だけは愉快に楽しく暮らせばいい。 そのための考え方を 語り尽くす本。】 ーまえがきーより ≪ 「自己中心」の反対は何でしょうか? わたしは、それは「世間中心」だと 思います。普段、わたしたちは「世間中心」で生きています。無意識の うちに世間を気にしているのです。世間に気兼ねをしています。子どもの ころから、わたしたちは「そんなことをすると、世間の人から笑われますよ」 と言われ続けてきました。「世間の人から褒められる人間になりなさい」 「立派な人になりなさい」と教えられてきた。つまり、世間の「期待」 に応えることが求められていた。しんどい生き方ですね。 よく考えてみてください。世間の「期待」に応えるといっても、その「期待」 が何なのか、あなたに分かっていますか? 企業が「期待」する模範社員は、おとなしくて、あまり自分の意見を言わず、 仲間と協調する人間でしょうか? それとも、独断専行的ではあるが、行動力 のある人間でしょうか?場合によって違っています。とすると、あなたが企業の 「期待」に応えるためには、場合場合に応じて自分を変えねばなりません。 どう変えればよいのかさっぱり分からないままに、ともかく自分を相手に 合わさねばならないのです。疲れますよ。そんなことをしていると、人間失格 になってしまいます。だから、わたしたちは世間を捨ててしまいましょう。 世間の「期待」なんかに応えなくていいのです。だいたい優等生というのは、 相手の「期待」に応えようとして、うじうじ悩んでいる人間です。 いままでの時代は、そんな人間がある程度幅を利かせていたかもしれません。 でも、これからの時代、世の中がどう変わるか、誰も予測できません。 とすると、優等生的生き方をしていてはだめなんです。「世間中心」では なしに、もっと大胆不敵に「自己中心」でいきましょう。 ・・世間のほうがどうしてよいか分からず、われわれに気兼ねしているのです。 いまの時代をそのように読んでいます。本書において、わたしは自己流の時代 の読み方に従って、われわれの今後の生き方を考えてみました。これまで誰にも 言わなかったことですから、きっとあなたの生き方の指針になると思います。 ぜひお読みいただきたいと思います。 ≫ ▼ 学生時代の武澤ゼミでのケーススタディ。15人位で、会社内のトラブルの 現象の問題点と背景を捉え、原因と対策の意見を出し合い円座で議論する訓練。 プリントされた問題点には、多くの要素が隠されている。その答えは思いも よらない分析と回答が用意されている。ゼミの出した結論と、それを対比し、 更に議論する。よい経験をしたものである。そして社会に出てみると、それぞれ の具体的構造が、リアルに見え過ぎ戸惑うほど。事業の立上げには理想的経験。 で、最後は経済恐慌など三連発で、この様。でも、悔いもない。それを選択した のが、私なのだから。東北震災の被害者は、その世間を根こそぎ失ってみて、 絆の暖かさと、逆に無意味さを感じ取っているはず。世間消滅も善し悪し!
|
|
|