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2012年04月01日(日)
11年前に、千城台ビル内で創めたベーカリーについて書いていた。 ―まず、そのコピーからー ≪ [103] センチュリーベーカリー ー昭和50年3月〜8月31日ー (2001/08/09) 他人に話した事が殆んどないが、焼きたてベーカリを立ち上げた事がある。千葉千城台のビルと養老の滝1122号店を立上げ一年、 空きビルを埋めるべく何がいいか考えた時、当時団地では全くなっかった‘焼きたてのベーカリー’に目をつけた。 冷凍生地を主体とした焼き立てパン屋である。 商社の東レの子会社の蝶理という商社が、このフランチャイズをやるという 新聞記事をみて、ホテル・レストランショーで実際にみて、早速やることにした。東十条にある関連のベーカリーに朝4時に起きて通う。 そして二カ月後にオープン! 例のとうりパニックそしてーーー。 素人は初めは良いがある時期がくると、応用が利かない弱点が出る。 その時期に長岡の実家で問題が発生。 このタイミングを狙われたのである。 そこで第三者に経営委託をして急遽長岡へUターン。 恐らくあのままやっていたら数年で行き詰まったと思われるほど、実際は難しい商売。 振り返ってみると、‘開発型委託経営ビル’を 造った事になった。 考えてみれば、ジャスコ、いとはん(北陸ジャスコ)、ビル開発(飲食フランチャイズ+ベーカリー立上げ)、 実家の衣料デスカウント・ハウスと、12年近く、全く未経験の分野への自己配転をしていたことになる 。 ≫ ▼ このビルは、建設の7年後にテナントが埋まったこともあり総投資の二倍の一億で売却した。 当時、5つのテナント部分は、 養老の滝のオープン以来一年数ヶ月経っても空いたまま。養老の滝も、軌道に乗り、サブだった人に任せ、空きテナント部分で 新しい店を考えた。そこでホテル・レストランショーで見つけた、テイクオフのベーカリー。ジャスコでも、金沢の「いとはん」でも、 数ヶ月単位で担当売り場を変え責任を持たせる。キャリアを積ませるのである。配送サンター、寝具、靴売り場、子供服、日用品、 など次々に任される。品種変われど、商品管理の本筋は同じ。だから居酒屋も、ベーカリーもシステムを把握して全力で取り組めば、 何でも可能ということを知っていた。 そのため実家の仕事を引き継いでも、ビジネスホテルを立ち上げるにしても全然、抵抗感がない。 何事も、表面が違っても、本質は同じである。 ・・・・・・・ 3658, 価値とは思い込み 2011年04月01日(金)
価値観の価値は「思い込み」とすると、その意味がストレートに伝わってくる。 価値は意味に非常に近いと解釈をしていたが、「思い込み」とすると、より分かりやすい。
人間は、それぞれの思い込みの中で生きている。その思い込みは子供の頃からの周囲の刷り込みがベースになる。 その刷り込みから脱皮していく経験と知識の蓄積が教養になっていく。 大きな挫折をすると、思い込みが破壊される。
創造と破壊は裏腹であるが、思い込み(価値観)の破壊も重要である。それが節目の切欠になる。 「互いの価値観が違う」というが、「互いの思い込み違う」ことでしかないのが分かる。
まずは自分が何を思い込んでいるかを知ることが、第一歩。 それも、思い込みになるかもしれない。
価値、意味、思い込みを、絡めて一文をつくると 「価値、価値観と難しいそうにいうけど、そんなことは思い込みという意味でしかない」 ・・・・・・・ 2010年04月01日(木) 3293, 人みな骨になるならば ー9 * なぜ簡単に(エゴ)捨てられないのか 「なぜ簡単に人間はエゴを捨てられないのか」が、理路整然と書かれている。 ー まずは、その部分を抜粋して考えてみる ー 試みに、街を歩きながらエゴの武装解除をしていき、「すべてはブラフマンの現われである。あの広告塔も、 こなたの酔っ払いも、私と同根のものだと実感する修行を続けてみるがよい。 その結果、わかることは、 目の前にある山川草木、鳥獣虫魚はもちろんのこと広告塔や塵芥とさえ、つながっている感覚をわずかに持つことができる。 一番難しいのは、むしろ他の人間と通底しているという実感である。これは予想外のことだ。 人間は他の人間との差異に対して 最も敏感である。 もちろん修行などしなくても、抽象的な「人類」や「同国民」と連帯しているような感覚を持つことができる。 われわれはスローガンとしての連帯や仲間意識は大好きなのである。しかし、通底体験というのは、そうした観念上のものではなく、 目の前の太ったオバちゃん、向こうからやってくるダラシない若者との瞑想的な一体感なのである。 これが実は難しい。 このことは、おそらく自我の意識というものが、主として社会集団において自己と他の具体的な成員と 区別をするために発生したのではないかと疑わせる。人間らしさの殆んどの特質が、他の人間との生存競争を 通じて進化してきたと主張する学者が多い。 人の容姿はもとより言語や知略も、たぶんサーベルタイガーや マンモス相手に開発されたものではない。 異性や仲間との付き合い上、是非とも必要だったのだろう。 自我もまた水辺やサバンナでの生計とか氷河期の気候とかに適応するためでなく、狡猾な同族であるヒト相手の 社会生活を生き抜くために必要だったからだ。 ▼ 映画の「2012」でも、世界の滅亡に、世界各国が協力しあう場面が、これを読んで浮かんできた。 人の差異は、外敵に対してでなく、社会集団における自己と他者との生存競争を通じて進化してきた!というのが、 鋭い指摘である。 40年前の学生闘争の嵐の中で、田舎出の教条主義の「あれ等」は、同じ方向の分派達との 争いの方が、残酷な死闘になっていった。 殺人の過半数以上が家庭・親族という事実と同じである。 人間の遺伝子の性格は利己主義という。 それを抑えるのではなく、他者の迷惑にならないようにすることと、 社会の有益な何かに向けることが、人から人間になることだろうが、それは建前と割り切るのではなく、 エゴを野獣、いや野性と看做し、コントロールすることが教養か? 酒を飲むと、それがね〜 鵺? ・・・・・・・・ 2918,「無趣味のすすめ」という問題提起 ー1 2009年04月01日(水) 新聞広告のー「無趣味のすすめ」村上龍著ーの説明文である。 ーわたしは趣味を持っていない。小説はもちろん、映画製作も、キューバ音楽のプロデュースも、メールマガジンの編集発行も、 金銭のやりとりや契約や批判が発生する「仕事」だ。 趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような 出会いも発見もない。 心を震わせ、精神をエクスパンドするような、失望も歓喜も興奮もない。真の達成感や充実感は、多大な コストと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。それらは私たちの「仕事」の中にしかない。 ー 思い切った問題提起である。 「人生は仕事だけではない」ことは今さらだが、中途半端な仕事をしながら、趣味の世界に生きる人間に対する一撃。 しかし仕事一筋できた男が挫折した時に、趣味の世界を持っていたために救われることがある。 仕事のできる男ほど、それと同じぐらいの趣味の世界を持っていて それが仕事をプラスへ導く。 しかし、仕事を達成するには多大なコストと危険を伴い、常に失意や絶望という底知れない荒海が舟板一枚下にある。 趣味だ娯楽など、余所見をしている暇などないのも事実。 読書を趣味としてきたものにとって、いや酒が好きで 居酒屋通いをしてきたものとして、秘境・異郷ツアーが好きで世界中を巡ったものとして、そこには失望も歓喜も 興奮が満ちていた。 そこは熱帯雨林のように豊穣な世界が存在をしていた。 しかし、言われてみれば過去の事業を振り返れば、 その数倍の豊穣な世界があったことも事実である。 要は、「力、愛、知」の「力」の部分に力点を置くべし、ということだろう。 少し、趣味に力を入れすぎたか? そうでもないか? 新聞広告に列挙していた内容を次回に書き出してみる。 その一つが ー効率化とゆとりー 「農耕と国家が生まれてから、ゆとりを持って生きることができた人は全体の一%もいない。」 が、面白いが、そうでもないんじゃないかとも思われるが、如何だろうか? 身近では、一人も存在していないが、いや、ごく身近に一人居る? いや、そう見えているだけ? ・・・・・・・・・ 2554, 閑話小題 2008年04月01日(火) *予習と復習 人生の終盤に入ってくると、色いろとそれまで気がつかなかったことが、実感としてわかることが 多くなってくる。特に学習に対しての予習と復習の大切さを、あの時、気がつかなかったか悔やまれる。 そういえば、先生が予習復習を口すっぱく言っていたが・・こと、学業に関しては予習30、復習70?と目安だろう。 (字数制限のためカット 2012年4月01日) * 客引き・スカウト行為が今日より禁止 (字数制限のためカット 2012年4月01日) *ガソリン値下げ (字数制限のためカット 2012年4月01日) ....... 2007年04月01日(日) 2189, 「考える」とはどういうことか? おはよう!♪? ヽ(´π`)ノ ー 読書日記 「近代哲学再考」 竹田青嗣著 ー「ほんとう」とは何か 自由論ー 池田晶子の本の中で、「考える」を多く取り上げ、考察している。また読書日記でも取り上げた。 「思う」から「考える」へ、どのように変化するかというと、その対象をまず把握することから始まる。 我われが「悩む」というと、悩んでいる対象を把握していないことにある。その把握ー情報収集が考える第一歩が始まる。 把握のプロセスから、すでに考えることになる。「考える」をー検索すると、「問題の解決や,目標の実現や達成のために, いろいろな経験や知識を組みあわせながら,新たな構想をさぐっていく精神活動。 すなわち,思いをめぐらし(連想,想像,推理),考え(思考,工夫),そして決断する(判断)ということである」と定義している。 ひとことで言えば、「本質の洞察をするための精神活動」ということである。難しいことを解りやすく整理するのが、 私の考える切り口でもある。池田晶子が子供向きに哲学用語を一切使わない文章などは、一瞬で深い真理に導く。 ーこの著の以下の部分は「考えるとは何か?」を考える上で、なかなか解りやすい! ーー 「プラトン入門」という本で、わたしは哲学の方法原理をつぎのように整理しました。 *「物語」を使わずに抽象概念を使用する。 *「原理」を提示する。 *つねに「一から」(根底)から再始発する。 ーについて、宗教では世界説明をするのに「物語」を使います。そしてこの簡潔な「物語」を通して、世界はなぜ、 どのようにして存在したか、人間はどういう理由で存在するか、なぜ生きて苦しみ、またその生の意味は何か、 といった自己と世界の存在それ自身についての「問い=謎」に対する答えが、明快に与えられる。 これに対して「哲学」は、「万物」「原理」「水」といった抽象概念を用いて世界説明をおこないます。 ここで抽象概念とは、「一」「他」「同」「静」「変化」「不変」「多」「完全」「不完全」「永遠」・・等々の言葉。 「物語」を排し、「抽象概念」を使うことによって、哲学の世界説明が、特定の文化や民族や共同体の限界を越えて、 誰もがその思考に参加できるいわば開かれた言語ゲームとなった。 ??について、哲学は「概念」を論理的に使用しつつ「原理」を提出する、というルールで行われる世界説明 (人間とは何かを含む)の言語ゲームだ、といえます。そして、ここでの「原理」という言葉は、本来、根本的で究極的な 「真理」という考え方とは違ったものである。自然科学の、仮説と実験とを繰り返しつつ理論体系を徐々に整備していく、 という基本方法は、一見、哲学の思弁的方法と異質なものと思える。 しかし、少し注意すれば、科学もまた、「物語」を禁じ手にし、「抽象概念」を論理的に使用し、「原理」を提出し、 さらにすでに成立した世界説明を神聖化したり、固守したりせず、常に時代の要請に合わせた、できるだけ深い前提に 立ち戻ってもういちど理論を組み立て直す、という根本原理によって成立していることがわかる。 哲学は、ある多様な現象を、どのような「キーワード」(=原理)で呼べば、またそれをどう構成すれば、 より普遍的な(=広い共通了解を生むような)説明方式になるか、これが哲学どいう思索方法のもっとも革新的な 方法であり、自然科学はまさしくこの方法を「自然科学」の領域に当てはめ成立したものである。 ??について、哲学の重要な点がある。 (字数制限のためカット 2010年4月01日) ・・・・・・・・・ 2006年04月01日(土) 1824, あちら側の世界 ー5 ウェブ進化論ー5 ーオープンソース現象ー(2) ー「ウィキペディア」について この本で知ったのが百科事典の「ウィキペディア」である。まずは、この百科事典から調べてみた。 ー ウィキペディア (Wikipedia) はインターネット上で作成、公開されているオープンコンテント方式の多言語百科事典。 ウィキペディアはウィキメディア財団の展開する最初の多言語プロジェクトである。 執筆、編集は主に参加者の 共同作業によっておこなわれており、自由参加型である点にも特徴がある。 (字数の関係でカット2008年4月1日) ・・・・・・・・ 2005年04月01日(金) 1459, 遠くにありて日本人 ー2 この番組が面白いので見ていたら、先日で最終回になっていた。スペイン在住の日本人画家であったが、その中で 印象的な場面があった。大きなキャンパス全体に、斑模様の微妙な茶色を背景として塗りこんで、あとは数日間、 その画面を睨み続けて、何か閃きが来るのを待つ。そしてヨギッタ一瞬に、それをすくい取るという。 (字数制限のためカット 2012年4月01日) ーーー 2004/12/13 1350, 遠くにありて日本人 ー1 この番組み、度々見ているが、昨日のアメリカのロス近郊のバイク・ビルダー(手づくりバイク)の日本人がなかなか面白い。 (字数制限のためカット 2010年4月01日) ーーーーーーー 2004年04月01日(木) 1094, 『携帯電話不安症』症候群 先日、ニュースで携帯電話不安症について特集をしていた。メールが来ないと、不安になってしまい 精神のバランスを失ってしまい、不安と疎外感で一晩中泣いてしまうという。 手軽に自分の気持を携帯電話で誰にも伝えることができる反面、 孤独になる機会が少ない為に、チョッとしたことで精神のバランスを崩してしまうという。 常に誰かと繋がってないと息もできない感覚になるという。 いま一つの特徴としては、'周囲の人と同じような自分'でなければ不安でしかたがなくなる。 それは、今までにない異常な大ヒット現象を生み出す一方、いじめなどの社会不安の増加をもたらしている。 さらに彼らの、「カリスマを求めてしまう心」は、社会をファシズムに走らせる危険性もはらんでいる。 会社員の場合、会社の携帯電話を待たされていると、 ・いつも誰かに追われているような気がしてストレスを感じる。 ・携帯電話の電源をオフにする勇気がない。 ・呼び出し音がする度にドキッっとする。(心拍数の上昇) ・冷や汗が出る。 ・呼吸が苦しくなる。(過呼吸症候群) ・動悸・息切れがする。 ・お腹が痛くなる。(過敏性腸症候群) (字数制限のためカット 2010年4月01日) ・・・・・・・・・・ 2003年04月01日(火) 727, 「結婚スピーチ 」-読書日記 ー死ぬまで忘れられない話 ー この本がタイトルとは違って、斉藤茂太の人柄の為か面白いのだ。おそらく我々のスピーチの数十倍の機会が多いから、 色いろの逸話を集めたのだろう。考えてみれば、夫婦の何ともいえない機微を取り上げるのは結婚式が一番多い。 夫婦の関係ほど微妙で複雑で赤裸々で面白いものはない。 ー以下を抜粋してみたー私の感想を入れた。 ・ある人がアインシュタイン夫人に、「あなたは相対性理論をおわかりになるの?」と訊いた。 それに答えて「いいえ。でも,わたしはアインシュタインをよく理解していますよ」といった。 (感想)フォード1世に、ある記者が学歴がないことを知っていて、難しい質問をした。 フォードいわく「それは解りませんが、それが解る人間はすぐ呼べますよ」の逸話を思い出した。 ・結婚をしなかったわたしは、なんてバカだったんでしょう。 これまで見たものの中でいちばん美しかったのは、腕を組んで歩く老夫婦の姿でした。ーグレタ・ガルボ (感想)朝のモーニングショーで、離婚をしてよかったといっている中年女タレント数人に小沢昭一が、 「歳をとってね、ばあさんと一緒に飲むお茶の味はいいものだよ」といった。元気のよかったバカタレント何もいえなくなった。 ・作家の吉川英治は、亡くなる前に奥さんの手を取って、こういった。 「7たび生まれかわっても,7たびきみと結婚するよ」(感想)わたしの知人の奥さんが亡くなるとき 「またわたしを貰ってね!」といったそうだ。家内には「今度生まれてきたらあなたとは結婚はしないわ!といわれてしまった。 結婚生活のコツは「また生まれ変わったら、この人と結婚したいと思うように 互い努力することと聞いたことがある。 ・人間にとって昔から大事なことは、夜、家に帰ってこないとき、どこにいるのかと心配してくれる人がいるということだ。 ーマーガレット・ミード (感想)アメリカの地質学者の言葉だ。 やはり港があるから楽々遊べるのだ。 ・結婚は鳥篭のようなものだ。外にいる鳥は、入りたがり、なかの鳥はいたずらに出ようともがく。 ーモンテーニュ (感想)理想は開けっ放しの餌の充分ある篭がよい。 そうもいかないか?! 夫婦生活は最後は 明るく、暖かいことと、最後はお互いの品性である。 「結婚スピーチ 」ー死ぬまで忘れられない話 斉藤茂太著 文化創作出版 1996年出版 ・・・・・・・・・・ 2002年04月01日(月) 363,人に好かれる方法 * 聞き役 学生時代読んだ本に、カーネギーの「人を動かす」という本があった。 その中にあったデールの6原則があった。 1、名前を覚える 2、聞き手にまわる 3、誠実な関心を寄せる 4、相手の関心を把握する 5、笑顔で接する 6、褒める ーと記憶している。学生時代まだ田舎を出たばかりで、 人間関係の都会的感覚が身についてなかった。どうしたら人に好かれるか上手くやれるかに、悩んでいた時にこれを読んだ。 即実行、ものの半年もしないうち世界が一変した? もちろん男だが、友人が私の周りにオオバーに云えば屯したのである。 そうも上手くいくものかと自分で驚いたものだ。特に聞き役は大変だ。そこですぐ覚えたのは、聞いたフリをして他の事を 考える事である。と同時に関心の中心に、相手の話題を掘り下げてやる事である。あの頃は頭でっかちである。 誰かに知ったばかりの知識をヒケラカシタイ歳である。誰か聞いて欲しいのである。また孤独で自分を知って欲しいのだ。 そして2年続けていたら馬鹿馬鹿しくなった。「おれはカウンセラーじゃねえぞ!」「今度は逆をやってみよう!」 ヒステリック的に自分でハッタリをかましてみようと。その時読んだ本が「教祖の話術」?赤塚行雄ーであった。 聞き役の寡黙の男が、急にわめきだしたのだから周りは吃驚した。そしてその話にそのバックあるから、その効果があった。 行動科学のシュミレーションをしていたことになる。
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