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2011年12月21日(水)
「 精神力ーその偉大な力 ー 」 ダン・カスター著 * 取り越し苦労をやめるには 20歳代半ばまでは取り越し苦労をする方だったが、人生経験を重ねるに従い、「その時になれば、その時!」という 言葉が自然と出るようになった。事前に考え尽くし、最悪も想定して、その対処を列挙して対策を練った後は、その場に 実際に立って知恵をだすしかない。あんずるより産むがやすし、が現実である。 この本にも、そのことが書いてある。 人生は最善を尽くした後は、なるようにしかならないのである。未来を恐れない、後悔しないこと、最後は自分独りであること を充分自覚することである。 取り越し苦労で、多くは自滅をしてしまう。 ー まずは、その部分ー 【 仏教徒は、「感情の王国の二つの悪魔は、怒りと恐れである。怒りは燃える激情、恐れは凍る激情である。」と言う。 怒り、いきどおり、抵抗は、過去に起こったことへの非健康的な反応です。取り越し苦労は、将来起こうるだろうと思うものへの 恐れは陰惨な非健康的な反応です。起こってないが、起こるだろうと恐れることです。それは苦難を求めて手を差し出すことです。 その習性は繰り返すことで現実になることが多いのです。取り越し苦労が頭によぎったら「悪魔よ、我が後ろに下がれ」と言うがよい。 ・・・人間は推理しうる唯一の動物です。推理することは連想することです。取り越し苦労は、その推理をマイナスに使うことです。 】 ▼ 取り越し苦労も、必要な場合もある。しかし、やる前に、自滅して人生そのものを無為に過ごすほどの失敗はない。 どんな問題でも、その中心点を想定し、エネルギーを集中し続けていれば、いつの間にか、その問題は解決することが多い。 ーここで著者は次のように自己暗示の言葉を述べているー 《 私は健康で幸福で自由だ。私の知る最善の方法で、なすように計画されたことをしている。家族、友人、隣人、仕事仲間を愛している。 けんぜんで、そして完全な創造的な方法で大生命力を表現している。最善が私から出ていくので、最善が私に帰ってくる。 愛と善意が不断に私を通して流れ、接触するもの誰しもが私が身を置くあらゆるものを祝福する 》 何か、教会で牧師の説教を聞いているようだ。それでよい。取り越し苦労に身を焼いているよりは。 20歳代半ばに、不安の中、 誰知れず必死に読んだ本を40年過ぎた現在に読み返し、納得し、事前、事後を見つめるのも面白い。 信念、志は心の基礎である。 ・・・・・・・ 3557, 今までいきてきた中で一番幸せ 2010年12月21日(火) 1992年に岩崎恭子がバルセロナの平泳ぎ200Mで、よもやの金メダルをとった時の言葉「今までいきてきた中で一番幸せ」 を今も鮮明に憶えている。当時、14歳の中二の女の子が、その直後発した言葉で注目されたが、時間が経つにつれて、 その言葉に対する反発が声無き声?として世に広がっていった。そのためか本人はマスコミに出なくなってなってしまった。 世の大部分の人は、多くの苦労を背負い、日向に当たらず消え去っていく。ところが多くの幸運が重なって、あの若さで金メダル。 その一言で一生、その重さを背負うことになった。 この言葉は、苦労に苦労を重ねた末に発する言葉。 しかし人生を振り返ってみると、心の中で何度も呟いてきたことか。他人がどう思おうが、この言葉が芯から発することが出来れば、 それで良いのではないだろうか。14歳の女の子が、その時に、そう思ったのだから、世間様がとやかくいうことではない。 ところで、スポーツ選手が色いろの言葉を残している。長島茂雄は「失敗は成功のマザー」とか、 清原の「どん底に入る時は、底をもっと掘れ、そうすれば、そこはどん底でなくなる」とか。ことをなしたから、人も注目をするだけ。 ところで「今まで生きてきた中で一番幸せのことは、何?」とは、至高体験から発する言葉。感動、感激の極みである。 その経験なら数限りある。その一つを限定など出来はしない。これも受けとめ方の問題があるが。 逆に何気なく誰かが言っていた言葉、「これまでの人生で、あまり良いことが殆ど無かったな〜」を聞いたとき、エッと思った。 同じ体験をしても、感受性がないのである。言葉として、それをパック出来ないのではないか。「幸せを感じる力」が無いのである。 「感動、感激を求めて多く経験すれば、その積み重ねが、更に感動、感激を引き寄せる。それが、「今までで一番幸せ」を感じる経験を 多くもたらせてくれる。 手っ取り早く 「私は幸せ」を口癖にして、心の芯から言える訓練をすればよい。近くの山にでも早朝に登り、 日の出をみて、幸せ!と思えれば、数限りなく幸せと思えるのである。 傍から見たら御目出度いと見えても、 それで良いのではないか。要は、幸せ感は自分が作りあげていく心情でしかない。それにしても、最近、溜息が多い! 良いこと三つに、悪いこと一つは仕方ない! 半々? それは受けとめ方、次第。 ・・・・・・・ 3182, Twitter の意味すること! ー2 2009年12月21日(月) 私の、この随想日記の一行が大よそ50文字である。ということは、140文字といえば三行になる。 そうすると、「要するに」「つまり」の要点か、本音のツブヤキしかない。だから、面白いのである。 新聞は、500〜1000文字が、雑誌は、1000〜2000文字が記事としての目安。 相手に大よその情報を伝える場合は、200文字という。それを三分の一の140文字にするのは大変である。 だから「思考の断片」か「自然にでた本音」を書くしかない。「つぶやきしろう」とかいうのもいた。 小泉元首相が一言コメントで、国民の心を捉えたこともあったが、今からすれば、国民にたいするツブヤキでしかなかった。 ところで、著者はTwitterのマーケティング活用の可能性について言及。その目的を「情報発信・PR」「ユーザーサポート」 「ブランディング」の3点と整理。その上で、ユーザーから得られるものとして、「ダイレクトでリアルタイムな反応」 「ユーザーがどこでつまづいてるのか」といったサポート的な情報、「Twitter上でブームが起きる過程」が調べられるという 3点を挙げている。 またTwitterを「マーケティングには間違いなく使える」と断言。 取り組むべき最大のポイントとして、 ・コストが安いことを挙げた。無料でアカウントを開設でき、担当者が1人いれば情報発信できる。 ・さらにTwitterには「ゆるい雰囲気」があるので、企業もできる範囲で取り組む“ベストエフォート” が許される環境にあるという。 Twitterには面白い発言がフォローを集め、クチコミで広がるためサービス。 「社内で面白く、トラブルに対応できる人間にTwitterをやらせる」ことで色いろなノウハウが得られる、という。 グーグル社が「ユーチューブ」を1500億円で買収されたが、現在の米ツイッター社は900憶円の価値というから、 如何に数秒で発信できる、この手軽なミニブログの凄みの大きさに驚かされる。 「今の六本木の映像が見たい」と入れれば、六本木のあらゆる場所から、携帯電話の生映像が見ることが 出来るのも一年以内に可能ということになる。 まあ、面白い時代である。 ・・・・・・・・ 2817, ケインズの「相場は『美人投票』論」」 2008年12月21日(日) ケインズは以下のように、相場と『美人投票』の類似性と、相違から、相場の本質を述べている。 「玄人筋の投資は新聞紙上の美人コンテスト、参加者は100枚の写真の中から最も美しい顔かたちの六人を 選び出すことを要求され、参加者全員の平均的な選好に最も近い選択をした人に賞品が与えられるという 趣向のコンテストになぞらえてみることもできよう。 このようなコンテストでは、それぞれの参加者は自分が いちばん美しいと思う顔を選ぶのではなく、他の参加者の心を最も捉えそうだと思われる顔を選ばなければならない。 全員が問題を同じ観点から見ているのである。」と 述べている。 結果としてどうなるかというと、他の者は誰を選ぶか、 という観点から予想される者が選ばれることになる。 この点に関し、岩井克人東大教授は、「その結果選ばれる 『美人』とは、皆が美人として扱うから皆が美人として扱うという『自己循環論法』の産物にすぎない」という。 解りやすい例えである。ソローの論は、この辺もヒントになったのか?。新自由経済資本主義のフリードマン的な考え方には、 再び戻ることはないとしても、時間と共に再び規制が緩和され、同じような大規模な金融危機が発生する可能性もある。 それはさておいて、投資と、投機は違うもの、投機は美人投票論に近いだろう。 『儲かると信じて買い、結果として損をして売る』パターンが一般人の結果としてなる。上がり切ったところで、 逆張りをして反対の流れをつくって暴落させる、これもあるから、素人が儲かるわけがない。 「賭場の八百長ツボふり」と、同じである。 それもNTTの株売却時のように、国家単位で仕掛けてくる。 このケインズの美人投票理論を応用したものが、GoogleのPageRankだと言う。よく考えるものだ。 検索エンジンが、勝手に独自の評価項目を作り上げて選んだページではなく、Webページ同士のリンクという投票行動を、 ページのランキングスコアとして採用したのである。 これによって、検索が原始時代から抜け出すことができるように なった上に、広告効果が飛躍的に伸びたのである。持っているお金さえ、国家間では相場で決まることから考えても、 金を持つこと自体が投機行為である。その貨幣が現在、一番不安定ときているから・・・・ ・・・・・・・・・ 2007年12月21日(金) 2452, 居場所を見つけたときに人間は変わる −1 (。´_`)ノおはぁ。 人生の中で、しっかりした家庭で育った人は結局紆余曲折があっても元に戻るものだ。人間には何があっても、あなたを 受け入れてくれる家庭を必要とする。そこが本人にとっての居場所なのであろう。以下の短い文章の中に、家庭、夫婦、 人間に必要なことは何かを考えさせられた。 強い父、優しい母、そして喧嘩する兄弟が必要である。親、教育者、上司として、 考えさせられる示唆が多く含まれている。そういえば、ヘレンケラーの恩師のサリバン先生の指導に似ている。 そうこう考えると、人間には最低の教養と、暖かい家庭が必要ということだ。 ーーーーーーー 「存在の大地」高史明・芹沢俊介・上田紀行著 芹沢: いまの話にも関わってくるような象徴的な話を聞いたことがあります。それは、一人の青年の話なのですが、 物を盗んで仕方がない二十歳ぐらいの青年がいて、月に何回となく物を盗むのです。それで、何回となく捕まる。 ところが警察はちょっとした盗みぐらいでは刑務所へ送らない。裁判にまで持っていくことはないのです。 彼も「もう二度とやりません」と言っては、また盗みをやる。それでまた捕まるということを繰り返していた青年がいました。 この青年に対して、ある施設で、二つの対応策が出てきたのです。・一つは、警察や裁判所をうまく使って、彼を一度 きつい場面へ追い込もうと。強い規律と訓練と指導とがあるような場所を通過させて、その後に自分たちが引き受けようという 方策を提案した人がいました。ところがもう一人、その案に対して「ノー」と言った人がいるのです。 そして結局、その施設では後の人の案を採用して、青年に対応することになりました。 ・彼と対応したのは一人の女性だったのですが、その人が彼にどういう接し方をしていったかと言うと、 とにかく特別扱いをするということをしたのです。その青年は、いまの言葉で言えば非常にキレやすい人なので、 キレたときには、すぐ一対一になってとことん彼の言い分を聞くということがひとつ。 もうひとつ、その青年は人に殴りかかったりすることはないけれども、大声を出したり、 物を投げたり蹴飛ばしたりして人を威嚇することがあるのです。その場合は、とことんやりあう。 つまり、彼が大声を出せば、それに負けないぐらいの大声でどなり返す。 相手が物を蹴飛ばせば、自分も蹴っ飛ばす。要するに、喧嘩の相手をきちっとやる。その二つを徹底するのです。 ( 字数制限のためカット 2,010年12月21日) ・・・・・・・・・ 2006年12月21日(木) 2088, 14歳からの哲学−1 才八∋ウ_〆(∀`●) 「14歳からの哲学」 池田晶子著 − 読書日記 「知ることより考えること」と、「人生のほんとう」と、「41歳からの哲学」と、 この「14歳からの哲学」の中から、その都度目についたテーマを考えてみる。 人間として、社会人として、家庭人として、色いろな問題を地頭で考えているから、 そして子供向きに書いてあるから、解りやすく、深いところが考えやすい。 今回は、 ー「家族」ーである。 「家族」については、家庭崩壊が大問題になっている現在、その本質をつかまえておかなければおかなければなるまい。 家庭内離婚の含めたら半分は家庭崩壊というが、その中で一人一人が夫婦とは、親子とは何かをしっかりと把握しておかないと 両親の犠牲になったり、子供の犠牲になってしまうことになる。カナダでは親の責任は高校卒業するまでという。 卒業したら学費を夏休みと冬休みにアルバイトで稼ぎ出すのが常識になっている。観光地の若い従業員は殆どが大学生の学費稼ぎである。 首相の子供でも、大金持ちの子供でも、もし親が出しているということが知れると、一人立ちできない人間として軽蔑されるという。 ≪以下、字数制限のためカット、09年12月21日≫ ・・・・・・・・ 2005年12月21日(水) 1723, ベルグマンの法則 オハョョヨヨ∃"ヽ( ゚∀゚)ノ"ョョヨヨ∃ゥ!! 生物学上の法則に「ベルクマンの法則」がある。 哺乳動物の分布と体の大きさの関係を表した法則で「近縁のものが南北に渡って分布するときは、 寒い地域に生活するもののほうが、体が大きくなる。」というもの。 例えばクマでは (。'(ェ)'。)ノ♪北海道のヒグマと本州のツキノワグマではヒグマの方が体が大きい。 ホッキョクグマ 体長3.5m 体重400〜500kg ヒグマ 体長 2m 体重300kg ツキノワグマ 1.5m 体重60〜150kgと、極端に北にいくほど大きくなる。☆━━━…‥‥ソウカ〜('(ェ)'ヽ) その理由は、体重の大きなものは小さいものに比べて体表面積の割合が小さく、それだけ保温効果が大きいから。 もっっとわかりやすく言うと、大きな鍋と小さな鍋ではどっちがさめにくいか、考えてみるとよくわかる。 他にも「アレンの法則 」というのもある。 キツネやアメリカのウサギ類の耳のように m9(`ω゚) 「より寒冷地に行くに従って体の突出部が小さくなる傾向がある」というもの。 突出部が小さいと熱の放散量が多く、突出部が小さいと放散量が少ないためだ。 さらに「グログラーの法則」というものもある。哺乳動物の分布と体の色との関わりを表した法則。 「近縁のものが南北に渡って分布するときは、北に生活するものがほど体色が薄く白っぽくなる傾向にある」というもの。 人間もほ乳類だから、この原理は当てはまる。確かに北国の人は色が白い。中間のアジアは黄色で、南にいくほど黒くなる。 旅行してきて気がついたことは、カナダや北欧で黒人やインド人をほとんど見かけない。 体質的に合わないのだろう。 ・・・・・・・・・ 2004年12月21日(火) 1358, あなた、ここにお座りください 「あなた、ここにお座りください」夫に出て行けといわれた妻が、 「私の大切な物を一つ持って行きます」と風呂敷を広げた後にこう言ったそうです。 昨日の朝日新聞の一面広告の中の、思わず手帳にメモをしたくなる 「身近な人の名言・格言」と「手帳・日記・家計簿の商品企画」の大賞受賞作である。他にも幾つかあった。 ー字数の関係でカット(2008・12月21日) ・・・・・・・ 2003年12月21日(日) 991, 離婚事情ー2 2日前に長岡の大手通りの市役所サービスセンターに印鑑証明をとりにいった時、 隣りの市役所相談室という小さなコーナーに電話がかかってきた。老齢の相談員の話し声が聞こえてきた。 「ハイハイ、・・・・・、ところで貴女の年齢は幾つなんですか? エッ74歳!その歳で離婚ですか。 何をいっているのですか、いいを歳をして」その声を背にして帰ってきたが、何か切ない思いが残った。 数軒先の近所の人が最近60歳を過ぎて二組離婚をしたとかいう。以前も離婚について書いたことがあった。 家庭内離婚を含めて、5分5分とは恐ろしいことである。ということは、この文章を書かない方がよいのだが。 一番に身近にいる他人が連れ添いである。それが一つ屋根に住んで、舅姑などの圧縮された人間関係の中で 二人の権力闘争が絡んでくるから一層難しい問題になる。その人の全て圧縮されたのが夫婦問題といってよい。 一つ間違えばお互いの人生の破滅も待っている。以前、取引をしていたメーカーの社長は玄人向きの女好きだが、 その結果として奥さんに「?病」をうつしてしまった。離婚はしなかったが、酷いものだ。 この人の過去をみていると、一番世話になった人の裏切りの積み重ねであった。勤めていた会社の取引先や同僚を奪っていた。 「自分とは何かを考えるということは、他人とは何かを考えることである」その一番身近な他人が連れ添いになる。 ー字数の関係でカット(2011・12月21日) ・・・・・・・ 2002年12月21日(土) 617,パタゴニア旅行記(タンゴ)ー4 アルゼンチンタンゴがすばらしい!昔はブエノスアイリスは女性が少なく、その憂さを晴らすため船員同士が 女のふりをしてエロッチクな踊りをふざけて踊ったのが由来という。 それが波止場近くの娼婦の売り込みの踊りと変化していった。 そして、その踊りが西欧の人達に認められていった。従って内容はエロチックで情念丸出しのものであった。 ブエノスアイリスで一番の1400人収容の店で、ショーが2時間以上にわたって繰り広げられた。 全く期待をしていかなかったのが良かったのか、初めから終わりまで拍手喝さいのすばらしいショーであった。 お客の全員が感動に包まれ、アンコールの連続であった。今まで見たショーで一番の感動と言ってよい。 辛口のツアーの同行者もこれだけは絶賛をしていた。この旅を締めくくるに最高のイベントでもあった。 写真を見てもらえれば解るはずだ。よいのはダンサーが一番楽しんでいる事だ。 心に多くのものを残してくれた。 ・・・・・・・ 2001年12月21日(金) 276、べきことを、べき時に、べくすべき 昔からこの言葉が好きだった。「時節到来」ということか。その時その時の何かの時節がある。 それを見つけ、積極的に挑むということだ。 昨日書いた「後回し」の諌めでもある。 学生時代は勉強を、働く時期には働き、引退すべき時は引退をという事だ。 これがこのまま出来ないのが人生だ。あるいは社会だ、それだから面白いのだ。 その時のすべきことが見えなくなってしまうからだ。その意味で家族、親の果たすべき役割は大きい。 結局それを刷り込むのが親の教育だからだ。親として耳が痛いが。 その世界に埋没してしまうと、 べきことが見えなくなってしまうケースが多い。常に変化に対し、チャレンジと闘いをしつづけていく姿勢が必要だ。 その時々、基本としてウオームハートとクールヘッドが必要だ。いつもウオームヘッドとクールハートになっているからだ。
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